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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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guardians06
06

 翌日、一時間目の授業が始まるまでの休み時間。要が芥野や清水寺のいる教室に足を運んでみると、入り口付近の席で雑談している二人と茂森の姿を見つけた。
 なるほど。よく話すというのは本当だったらしい。
「あ、四条、おはよう」
 最初に要の姿に気づいたのは茂森で、連鎖するように芥野と清水寺が振り返った。「ウス」と頷いて輪に加わってみると、話題は今日から始まるグラウンド工事についてだという。
 大グラウンドの一つが今日から数週間、使用禁止となるらしいのだ。
「芝生グラウンドになる??」
「グラウンドキーパーも雇うって話だぜ」
 公式の試合で使われるグラウンドは芝生が多いが、桐嬰は面数だけは多いものの、土グラウンドばかりだった。
「すげえー、このガッコって金もちなんだな」
 と言いつつ、相変わらず要は無関心のような顔で腕を組んでいる。
「どっからそんな金がはいってくるんだ」
「国や県からじゃないかな」
 答えたのは茂森。
「国と県??」
 規模の大きな話をしているという感覚がないのか、茂森はいたって普通の顔で頷いた。
「文部科学省の「アスリート育成プロジェクト」って言って、運動部が好成績を残した学校や、優秀な選手を有するクラブチームに、成績に応じて支援金が出されるっていうやつだよ」
 アジア各国が、芸術やスポーツ分野において世界チャンピオンを育成する国をあげてのプロジェクトを立ち上げている中、日本でもそれをに倣って長期を見据えた育成支援が始まった。
 夏の県大会で優勝し、関東大会でベスト4、新聞社と放送局が主催した秋の大会でも好成績を残した桐嬰には、それ相応の支援がなされたに違いないというのだ。
「すげーな」
「俺達の成績がご褒美になって還元されるわけか」
「ご褒美だってんなら、美女コーチとか欲しいよなー」
 美人女子マネでもいいけど、という清水寺に芥野が全面的に賛同している。
「詳しいな、お前」
 要は純粋に思った事を口にした。サッカーが学校の部活動の範囲を越えない要にとって、国だの地域だのの都合や思惑は考えの範疇外だった。
「俺も、ちょっと新聞で見ただけ。あと、人から聞いた話とか」
 茂森はそう言うが、ナショナル選抜にまで声がかかる選手ともなると、やはり視野や聞こえてくる話の規模が違うのだろう。
 それに、恐らく今回の芝生グラウンドはほぼ茂森の功績が為しえた産物であろう事は、要にも推測できた。
 県大会で優勝した時、勝敗を分けたのはPKだった。0-0のまま延長戦も平衡状態。勝負の行方はPKにもつれ込んだ。茂森は相手チームのキックをことごとく防ぎ、桐嬰を優勝に導いた。結果的に、点を入れる事ができなかったFWやMF陣ではなく、守りきったDFと、最後の砦となった茂森が勝利の立役者であったのだ。
 あの決勝だけではない。DFやGKが守りきって相手のミスから打ち崩す、事実これは桐嬰の勝ちパターンだ。上級生やレギュラー陣に決定打を持つアタッカー人材が不足している事は、要にも感じられていた。鴨崎が成長を見せるまで、FW陣が連携でなんとか点をもぎ取っていた印象がある。
 全国大会に一歩手が届かなかった原因は、そこにあった。
(ま、俺もその原因の一つなんだけどさ)
 もやもやと考えが膨らんだ先に到達した結論に、要は内心で軽い溜息を洩らした。
「茂森くーん」
 教室の前方から響いてきた女子の声が、要の意識を引き戻した。
「なに?」
 名前を呼ばれて、茂森は四人の輪から一歩外れる。見ると、教室の前扉から同じクラスの女子生徒が「おきゃくさんだよ」と手招きしていた。
「あ~、また差し入れかな」
 いつもの事だ、と言うように清水寺が言う。
「差し入れ?」
「ほら、廊下見てみろよ」
 一人で訳の分からないという顔をする要に、芥野が教室の外を指差す。後方の扉から廊下に顔を覗かせると、小柄な女子が三人かたまって、茂森を待ち構えている。制服のリボンの色からすると、一年生たちだった。皆、小さな紙袋を持っている。廊下を行き交う通りすがり達は「またか」というような顔をしていた。
「おはよう。俺になにか?」
 律儀に挨拶して茂森が微笑むと、一年生達は「きゃーっ、おはようございますぅ!」と肩を寄せ合って黄色い声を上げる。
「うへ、なんだアレは」
 ダンゴのように三段重なって扉から首を出す要達。上から身長順に、清水寺、芥野、要だ。
「あの、これ、使ってください!」
「これ、召し上がってください!」
 と、三つの紙袋が同時に差し出される。ピンクの可愛い袋だったり、赤いリボンがついていたり、それぞれ趣向が凝らされていた。目の前に突きつけられたまばゆいばかりの色に少し驚くものの、直後にまた笑って茂森はそれらを受け取った。
「どうもありがとう」
 するとまた、黄色い声がこだまする。
「では、失礼します!」
「これからもがんばってください!」
 勢いよく同時にお辞儀をして、一年生三人娘は回れ右をして駆け出した。
「走っちゃ危ないぞ」
 その背中に茂森がやんわりと声をかけると、面白いぐらいに従順に、「はあーい」と声を揃え、三人は足を止めて歩き出した。
「すげぇ光景」
 要は口元を歪めるが、清水寺と芥野は平然としていた。
「まさかこれ、日常の光景なのか?」
「毎日ってわけじゃないけど」
「たまにあるよな」
「うちの運動部の自由見学が禁止されてるのは、ああいうのが多いからっていう理由もあるらしいよ」
 中、高、大学部通して、桐嬰には全国区の選手が数多い。特に高校、大学部のメジャージャンルのスポーツ選手となるとマスコミに取り上げられる機会も多く、学外にもファンができるのだとか。
「へえ……」
 要とて、差出人不明の差し入れをもらった事ぐらいはある。要自身が封を開ける前に、哉子が面白がって開けてしまったのだが。いずれにしろ要は見ず知らずの女子生徒になど興味はなく、プレゼントも受け取ったきり何も起こらないので、その後はどうしようもない。
「別にカナ兄のことが好きなわけじゃないのよ。そういう子たちって、そういう事をする行為そのものが楽しいんだもの。恋に恋するっていうの?「甘酸っぱい恋愛ごっこ」をしたいわけよ」
 現実的なところは性格的に似ている双子の妹、哉子の言葉が思い出された。
「つまり、カナ兄は「ごっこ」のエサなわけ。たまたまフォワードという目立つ
ポジションだから、ターゲットになっただけなの」
 明るい顔と声でずいぶんとえげつない事を言われ、さすがに要も多少はショックを受けたものだった。でも今となっては全くその通りだと思う。
 そんな事を考えているうちに、両手に袋を抱えた茂森が戻ってきた。
「すげーな。何もらったんだ?」
 出迎える要が、プレゼントの袋に視をやると、慣れているのか悟っているのか、茂森は手放しで喜んでいるような素振りを見せずに「何だろうね」と肩をすくめた。
「多分、こっちはお菓子で、こっちは……タオルとか、かな?」
 重さと手触りで分かるらしい。
「差出人不明のプレゼントとかもあんの?」
「ああ、うん、ときどき。ロッカーとか、机の中に入ってたりする」
「そういうプレゼントって、どうすんの?」
 そう要が尋ねた理由は、ほんの些細な興味から。ちなみに要の時はクッキーが入っていて、ほとんど哉子が食べてしまった。
「どうするって、ありがたく使わせてもらうけど」
 どうしてそんな質問をするのかと、不思議そうな顔で茂森は僅かに首をかしげた。
「不気味じゃねえ?どんな相手かもわからないのに」
「…………」
 茂森は、ぽかんと僅かに口を開けた顔。だが三秒後にはその顔に悪戯な笑みが乗る。
「四条も、もらったことがあるんだな?」
「な…!」
 何でそこで俺の話になるかな!
「え、そうだったのか!」
「知らなかったぞコノヤロー!」
 不覚ながら、口ごもる要。その様子に目ざとく反応した芥野や清水寺は、両側から要の頭を乱暴にかき回した。
「いだだだだっ!二~三回だけだっつーの!しかもどれも誰だかわかんねぇから気持ち悪いだけだし、興味ねーよ!」
「二~三回「だけ」って嫌味かテメーはっ!」
「「興味ねーよ」って言ってみたいぞコノヤロー」
「んなのは言葉のあやだっっ」
 なんでこんなに必死に言い訳してるんだ、俺は。
 そう思いながら、要は頭を振って二人の腕から逃れた。
 三人のやりとりを見て笑っていた茂森は、ふと視線を手元に落とす。
「確かに、相手が誰だか分からない時は、ちょっと残念だね」
 手にした三つの紙袋を見おろす茂森の口元には、静かな笑みが宿っていた。
「でも、自分のためにわざわざこれを用意してくれた気持ちは、同じだと思うんだ」
 だから、どのプレゼントもありがたく使わせてもらう。
 茂森はそういう奴なのだ。
「ファンも冥利に尽きるなあ」
 妙に素直で物分りの良い性格をしている清水寺は、感心して大きく頷いていた。
「そういえばこの間使ってたイルカ柄のペットボトルホルダーって?」
「うん、もらった物」
「……」
 三人の会話を聞いていて、何かが閃いた。要の脳裏に浮かんできたのは、昨晩のシャワー室での光景。茂森が使っていたタオルの柄だ。
「……昨日使ってたバスタオルもか?」
 寝ている仔虎や仔ライオン、仔アザラシや仔猫のプリントされた濃紺地のバスタオル。
「うん、もらった物」
「じゃあまさか練習中に使ってたなんかよくわからないキャラクターのフェイスタオルもか?」
「うん、もらった物」
 道理で趣味の傾向が支離滅裂なはずだ。
「お前なあ、勘違いされねえの?」
「勘違い?」
 本当に分かっていないようで、茂森は目を丸くして首を傾げる。要としては、この顔をされると無性に頭をひっぱたいてやりたくなるのだ。
「プレゼントした物を堂々と使ってくれてるって事は、向こうも自分が好きなんじゃ、っていうさ」
 要の推測に、清水寺と芥野が「こえー」「ありそうありそう」と無責任に喜んだリアクションをする。
「でも……使わないままでいるのはもったいないし…せっかくもらったのに」
 肩を下げて視線を下げて、茂森は独語のように呟く。
(イ ラ つ く)
 ハリセンがほしい。要は心からそう思った。
「そうやって使ってくれるからプレゼントし甲斐があるってんで、差し入れする奴が絶えないんだなきっと」
「まあでも、一応、そういう奴もいるかもしれないって事は覚えといたらいいんじゃね?」
 被差し入れ経験者同士が二人で顔を見合わせる。
「俺らも一度ぐらいはもらってみてーよな」
「芝生グラウンドより嬉しいかも」
と無害な笑いを浮かべていた。
 そうしているうちに、授業開始五分前を知らせる予鈴のチャイムが高らかに鳴り響いた。プレゼントの話は適当に打ち切って、昼休みの約束をしてから要も教室に戻る。
「あ、いたいた、四条」
 要が戻るなり、待ち構えていたように同級生でサッカー部の男マネ倉本が駆け寄ってきた。喘息持ちのために激しい運動が出来ないがスポーツ観戦が好きで、生徒会書記も任される管理能力をかわれてサッカー部のマネージャーをやっている。
「ごめん、昨日言い忘れたんだけど、今度の見学会のこと」
「見学会?」
 まったく記憶に無い話だ。要の反応に倉本は呆れ顔で口を開けた。
「関東リトルリーグが見学に来るって話だよ」
「ああ、そうなんだ?」
「しっかりしろよー、副キャプテン」
 そんな事を言われても、恐らくその話が出たのは要が副キャプテンになる前の事であろうし。そう思ったが言い訳が面倒だったので、要は生返事で受け流した。
 前述したが、関東圏内のジュニアチームの中には、桐嬰への入学希望者が多い。そうした入学志願者や、既に合格を決めている次期新入生達のための見学会が時おり開かれるのだ。ちなみに要の場合もこの見学会に参加した事があるクチだ。関東の親戚宅に遊びに来ていた時、同じくサッカーをしていた従兄弟につれられて来たのだ。
「それで?」
「で、その時にミニ紅白戦をやるらしいから、そのチーム分け案を明日までに提出してくれって」
見学会の内容は様々で、普段どおりの練習風景を見せる場合と、今回のように紅白戦や他校との練習試合を行ったりと、イベントめいた形式をとる場合とある。
(んなもん、茂森がいるチームが勝つにきまってんだろ)
 と思ったが、顔には出さなかった。
「って、ミニって?」
「見学会の前半は通常の練習で、後半に紅白戦っていうメニューらしいよ。前半二十五分、後半二十五分」
「ふーん。ずいぶんと今回は念入りなんだな」
 前回の見学会は、夏だったと要は記憶している。大会直前という事もあり、イベントめいたことはせずに通常の練習を行っている様子を見てもらっていただけだったはずだ。今はオフシーズンという事もあり、監督達にも余裕があるようだ。
「というわけで、キャプテンにも伝えといてくれないかな」
「へ?」
「二人で相談して案をまとめて来なさいってさ」
「明日までにか」
「だって見学会、明後日だし」
 土曜日だ。
「きいてねーよ」
「二週間ぐらい前に監督からお知らせがあっただろ」
 まさしく「(話していたけど)聞いていなかった」。言い訳のしようがなくなったので、要は大人しく監督命令を受け取ったのであった。

 健康管理のために、運動部の生徒は学食で昼食をとることが勧められている。学食には通常メニューのほか、運動部用に栄養バランスを考えた特別メニューが数種類揃っており、学校ぐるみでアスリート育成に力を入れているのがよく分かる。
「俺、大抵は弁当持参なんだ」
 昼休みに紅白戦のオーダーを決めてしまおうと要が茂森を昼食に誘うと、戻ってきた返事はそれだった。なるほど。二年近く同じ部活動のチームメイトでありながら、食堂で彼の姿を見かけた覚えがあまり無いのはそういう理由だったのか。
「しゃーねえ。じゃあ購買で適当に何か買ってくるかな。打ち合わせはここでやろうぜ」
 学食に人が流れるために、昼休みの教室は空く。適当に空いている席から椅子を失敬してこようと思っていた。
「分かった。待ってる」という茂森に見送られて教室を出ると、清水寺と芥野に出くわした。いつもならば、彼らと学食で落ち合うのが常だ。
「悪い、今日は茂森と打ち合わせがあるから教室で食う」
「そっか。何の打ち合わせだ?」
「見学会の時にやる紅白戦のオーダー案をキャプテンと考えてこいだと」
「あ~、明後日だもんな、そういえば」
 知らなかったのは俺だけか。少々バツが悪くなりつつ要は二人と別れて購買へと急いだ。
「ん?」
 混雑する購買内、レジに並ぶ列に見知った人影を見つけた。要はパンとオニギリと飲み物を適当にひっつかみ、その人影に近づいた。
「カナ、これも頼む」
 双子の妹、哉子だった。ちょうどレジの順番が来たところへ、要は要領良く自分の買い物を哉子の買い物に付け足した。
「何よー、学食じゃないの?」
と頬を膨らませつつも、「あ、袋わけてくださーい」とレジ係にきっちり指示を出してくれている。代金を精算しながら二人で購買を出ると、入り口で哉子を待つ女子生徒がいた。
「ユリちゃんお待たせー」
 ユリちゃん、と哉子に呼ばれた女子生徒は、要の姿に気がついて会釈を向けてきた。黒い瞳を丸くして若干の驚きを見せているのは、要が哉子と同じ顔をしているからだろう。
「ユリちゃん、これがうちの兄さん。これでもサッカー部の副キャプテンなんだってさ」
哉子の紹介に「うるせーな」とケチをつけた後、「どうも」と要は「ユリちゃん」に会釈を返す。
「カナ兄、こちら弓道部副主将のユリちゃん」
「神田百合です。哉子さんにはお世話になってます」
 丁寧な動きで改めて深々とお辞儀をしてくる。肩まで切りそろえた黒髪が日本人形のようで、袴と弓が似合いそうだと要は思った。
「お前の相棒ってわけか」
 隣に立つ哉子に視線を向けると、満足そうな顔で「そうよー」と返って来た。
「入部した時からずっと一緒だったの」
哉子が両手で百合の首に手を回し、人形を抱くように引き寄せると「か、カナちゃん…」と少し焦った声が漏れてくる。白い顔を赤くして、百合はされるがままになっていた。
(茂森に差し入れにきていた一年生といい、女ってのはどうしてこう一緒にくっ付きたがるんだ)
 自分と同じ顔が女子生徒とひっつきあっているのを見るのは、なんとも複雑な気持ちだ。もちろん、相手が男子なら尚更である。
「よろしくやってろよ」
 長時間の鑑賞に耐えず、要は「じゃあな」と言い残して立ち去ろうとする。その横顔へ、
「そっちの相棒とはどうなのよ?」
哉子から問いがかかった。
 思わず足を止めてしまい、要は「しまった」と思う。
「サッカー部のキャプテン、茂森君だっけ、ずいぶん凄い人みたいじゃない?カナ兄で釣り合いとれるの~?」
「何で知ってんだよ」
 名前まで話した覚えはなかった。
「だって有名だもの。よくうちのクラスの女子も噂してるし。野球部エースの杉本君、バレー部の竹岡君、バスケ部の伊中君、サッカー部の茂森君といえば、桐嬰四天王って言われてて」
「何の四天王だ。漫画かそりゃ」
 要は呆れて肩を竦め、教室に戻ろうと今度こそ踵を返しかけた。
「四大賞金王とも言うらしいけどね」
「…え?」
 言葉の意味を汲み取れず、要は再び足を止めた。大げさに振り返ってしまい、逆に哉子が目を丸くする。
「カナちゃん」
 哉子に抱えられた腕の中で、百合が眉を下げて困った顔をしている。それが彼女なりの怒り顔なのだろう、哉子はそれに気がついて「ごめんごめん」と体を離した。
「そうじゃなくて、カナちゃん…」
 抱きつかれていた事を嗜めたのではなく、もっと別の事。それを伝えようと百合は精一杯の真摯な目で哉子を見上げる。
「ああ…うん、あんまり良い話じゃないね、ごめん」
 百合の意図に気がついたらしい哉子は、素直に反省を面持ちに見せた。
「話がよく見えないんだけど」
 取り残されたような気分の要は目を細める。不本意ながら、拗ねたような声調になってしまった。
「もうっ。普段から新聞くらいよみなさい!」
 哉子から細い指を顔面に突きつけられる。
「今度説明してあげる。じゃあ、私達打ち合わせがあるから行くね」
 そう言って哉子は百合を伴い、隣の校舎へと去っていった。
最後に百合が体半分だけ振り返り、要に会釈を残していった。
「何なんだ一体」
 残された要は、口元で独語を零す。ふと校舎の大時計が目に入り、無駄に時間を浪費しつつある事に気がつく。
 とりあえず目下は、片付けなければならない課題がある。
 要は哉子の言葉を頭の隅に追いやって、教室に向かった。
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