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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT12-12
12

 長いこと、無言が続いていた。
 赤さびた鉄骨の骨子だけが残った、古びた建造物。白く真新しい設備の群れを遠目に、忘れ去られた廃屋の影に潜む、三つの人影。
 一人は鉄階段の中二階の踊り場にあたる位置で、鉄柱を背に腰を下ろしていた。視は白い建造物が立ち並ぶ方向を見据えている。沈みかけた夕日の赤色に照らされる考え込んだ横顔は、感慨に耽る画家か詩人のようにも見えた。
 その様子を見上げる二人目は三人の中で最も年若く、同じように鉄柱を背にして座っていた。居心地悪いのか、視線が落ち着き無く後方を気にして泳いでいる。
 その二人目と柱を挟んで背中合わせになる位置に座るのが、三人の中でも最も大柄な体躯を持ち、鋭い瞳と金髪が印象的な若者。時おり手元から金属音が漏れるのは、武器の調整を行っているからだ。
「―あの…」
 遠慮がちな「二人目」の声が呟かれる。返事は無い。
「レイブリック……中尉?」
「………なんだ」
 お前に位で呼ばれる覚えは無い、とでも言いたげな数秒の沈黙の後、名を呼ばれた「三人目」、ノア・ジェイス・レイブリックは低い声で答えた。問いかけをした「二人目」、イルトは体を捻って柱の向こうに座るレイブリックを見た。国軍の肩章がついた戦闘服を着込んだ広い背中が、武器と語り合っているように静かだ。
「信じる、のか?」
「何をだ」
 武器を触る手を止めず、レイブリックはイルトの質問に問い返した。
「その…、グレンの言う事を」
「………」
 金属音が止んだ。
「それはこれから証明される事だ」
 再び、音が再開する。
「それ」がこれから展開される戦略を指すのだと、イルトは気がついた。
「そっちじゃなくて」
「?」
 鋭い瞳が広い肩越しに振り向いてきた。光の加減で青にも緑にも見える不思議な色の瞳が珍しく、一瞬イルトの視線はその一点に奪われかけた。
「ああ、あいつの素性についてか」
 肩越しに振り返るレイブリックの視線が、中二階にいるグレンに向いた。こちらの会話が聞こえているのか、いないのか、彼の視線は前方を向いたまま微動だにしない。
「大戦の英雄がかつて父の部下であった事は、話に聞いたことがあった」
 そしてまた、視線は手元の武器に戻っていった。広い背中は何事もなかったかのように静かなままだ。
「でも、普通、ちょっとおかしいだろ?計算合わないし」
「計算?」
 予想外なレイブリックの反応に、イルトは思わず腰を浮かして鉄柱の向こう側を覗き込んだ。
「え、だって、グレンていくつに見える?」
「俺よりは上だろうが、まだ若いのだろうな」
「その「若い」奴が大戦ん時に何歳だったっていうんだよ」
「………ああ、そういえばそうだな」
「ええええええ~……」
「失念していた」と簡単に認めてしまったレイブリック。肩から力が抜けてイルトは危うくその場に崩れかけた。
「では逆に訊くが」
 揺れが全く窺えない声調が尋ねてくる。イルトは両腕で体勢を整えて顔を上げた。
「お前はその年齢で自称「民間人」ながら、何故あの男に付き従って護衛など?」
「うん…」
 イルトはこれという簡潔な答えが算出できず、間延びした相槌で考えた。
「色々、本当に色々あるんだけど…―」
「結局のところは理由なんて無い。そうなんだろう」
「…!」
 イルトの返答に、レイブリックの言葉が続く。
 経緯を語ればキリがない。だが、結論は彼の言う通りだ。
「俺とて同じ事だ」
 再び武器を触る手を動かし始めて、レイブリックは言葉を継いだ。
 父親の元部下である事、提示された戦略内容、一見控えめな外見ながら妙に図太い性格、命令慣れしている態度、等、様々な判断材料を脳裏に並べたが、結局最終判断を下したのは、己の「直感」。
「その直感を導いたのは、これだ」
「これ」のところでレイブリックは前方に投げ出した己の長い足、その膝上辺りに手を添えた。そこに、彼の「印」がある。レイブリック家の当主に受け継がれた、「狼の印」。
「俺は、この印によって生かされてる」
「え…」
 どきりとした。かつて、誰かが同じような言葉を口にしてはいなかっただろうか。イルトは身を乗り出すような姿勢のまま、レイブリックの言葉を聞いた。
「数多くの現場を、任務を、この印のお陰で駆け抜る事ができた。これがなければ、俺はとっくに死んでいた」
 それを彼は「生かされている」と表現した。印の表出には、必ず意図が存在する。そうとなえる人は多い。それは決して、神の気まぐれ故ではありえないのだと。全てが摂理という裏づけに沿った一本の琴線につながり、共鳴しあっている。
「言うなればこれは俺の命そのもの。それが、奴やお前を目にした時に何かを俺に訴えかけてきた」
「何か?」
「それが何かは、まだ分からない。それに、重要なのは、俺がこなすべき課題を如何に良い形でクリアできるか、だ。奴が本当に大戦の英雄なのかどうかなんて、今は関係のない話だ」
「そういうもんか」と呟き、イルトは座る位置をずらしてレイブリックに一歩近寄る。レイブリックも視線を武器に、だが意識はイルトに向けていた。
「その中で重要なのは、お前だ」
「俺?」
 突然自分について話を振られて、イルトは目を丸くする。
「指揮系統がつぶされては戦力が半減する。どんな小さな組織でも、同じだ」
 どこかで聞いた話だ。そう、あれは確か、グレリオ・セントラルで押印持ちの子供たちやラースルと対峙した時。
「奴は、頭は切れるようだが身体的戦闘能力が無い」
 レイブリックが出会い頭にグレンを組み敷いた時に、大方の身体能力は見て取れた。
「俺程度の腕力があれば、片手で殺せる。そうでなくとも、流れ弾の一発でも当たればおしまいだ」
「………」
 イルトの脳裏に、ラースルの姿が浮かんだ。「命が失われる」という事を初めて目の当たりにした瞬間。当たり前だが、人は死ぬ時は死ぬのだ。その瞬間は、思い描いていたよりもあっけなく淡白に訪れ、そして過ぎていく。父のライズだってそうだった。
「護衛官という職種は、戦闘職士官の中でも特に秀でた人間が就く」
 いわゆる「エリートだな」と、レイブリックの言葉が続いた。
 通常は然るべき訓練修了、数年の実務経験を経て更に特別訓練を受けなければならないのだという。
「それだけ組織における『指揮官』の存在は重い。二人以上で組んだその瞬間からそれは「組織」だ」
 お前の役割の重大さが分かるか、とレイブリックは締めくくり、調整の終えた銃を握って空に構えた。

―私の右腕は生半可なポジションではないぞ

 イルトが大きな決断をした日に、グレンから送られた言葉を思い出す。
(同じなんだ)
 イルトは思う。表現方法は異なるが、彼もグレンに可能性を賭けている。指揮官という立場の人間は、配下の人間から可能性を託されるのだ。そして、その可能性を守るのが護衛官という人間。今は三人だが、これが何十、何百何千という規模になれば、護衛官は指揮官と共にその重さを背負う事となるのだろう。
「…………」
 イルトは再び鉄柱に背をつけて、紅に染まり始めた空を見上げた。
 若い二人の青年の思いを他所に、当のグレンは沈み行く陽光の行方を見据えたまま、相変わらず微動だに動かないのだった。


 肩が熱い。鉄の床に転がされ、頬に当たる冷たい感触がやけに心地よく感じた。
「…………」
 すぐ耳元で轟音をたてるボイラーの音を遠くに聞きながら、セイラは重たい瞼を恐る恐る開いた。さっきとは違う部屋。ミソラの姿も、レイカの姿も、首謀者の女の姿も無い。コールタールのような黒色の金属の床の部屋に、セイラは一人寝かされていた。
「私…また失敗しちゃったんだ…」
 感覚が麻痺し痛みにも慣れ、少しずつ思考する力が戻りつつある。冷たい床に背中を預けたまま、セイラはパイプが這う天井を見上げて呟いた。
 幼い頃に誘拐犯から助けてくれた国軍人に憧れて、自分も人の命を救う仕事をしたいと、両親の反対を押し切って士官学校へ進学した。だけど現場は、憧れだけでやっていける世界ではなかったのだと、セイラに容赦ない現実を突きつけた。失敗が重なりに重なって、今や生命の危機にまで状況は悪化している。
 精霊の印もなく、押印の適応力もなく、運動能力に秀でているでもない自分は、両親の言う通り、経済を学んで大人しく父親の事業を手伝っていれば良かったのだろうか。
 このままここで、十数人の隊員の命まで危機に晒し、足を引っ張ったまま自分も殺されるのだろうか。
「ごめんなさい………」
 自然と口から謝罪が零れた。隊の皆や両親の顔が次々と脳裏に思い浮かぶ。肩を抑えて体を丸め、痛みと寂しさをやり過ごした。
「………」
 一通り涙を流し、呼吸も整ってくると、妙に頭が冴えて来た。遠い雷鳴のように思えたボイラーの音が、明瞭に耳に入ってくるようになる。
「…よい、しょ…」
 傷を負った肩の負担にならないように体を起こす。
 何を差し置いてもまず最初にやらなければならない事。
「現状認識、現場確認…」
 鼻をすすりながら、まず自分の体を見渡した。肩に負った傷には、簡易的に布が硬く巻きつけられている。出血は止まっているようだ。目を閉じて、痛みの度合いを測る。痛いことは痛い。だが皮膚を走る、表面的な痛みだ。神経や骨はやられてはいない。
 次に、周囲三百六十度を見渡した。ボイラー管が入り組んだところは先ほどの部屋と似ている。ただ違うのは、少し部屋に奥行きがあるところ。
「…!」
 膝立ちで移動しようとすると、柱に繋がれたロープの端に引っ張られる。
「くっ…」
 振動が肩に伝わり、痛みが広がった。きつく目を閉じて耐えて、呼吸を整える。
「ここで…ここで役立たずのまま死んだら……私は何のために…」
 両手首を縛るロープを柱の角に擦りつける。摩擦で引きちぎれるまでに、そう絶望的な時間は要しないはず。手錠でなかったのが幸いだ。筋肉に力が入る度に肩がじんわりと痛むが、無視して手首を上下に動かし続ける。
(それにしても……)
 手を動かしながら、セイラは室内を再び見渡す。
(何故こんなにボイラーがたくさんあるのかしら)
 しかも、狭い範囲内に集中している。園内に大規模な温室は他にも多くあるというのに。作戦会議中に横から詳細な図面を覗き見した時には、確かに今セイラがいる場所周辺以外に、ここまで大規模なボイラー設備は他に据えられていなかったはず。
「『動力源の把握』」
 ライトが灯るように唐突に、学校で習った単語が思い浮かんだ。現場にてまず行うべき事は、現状認識、現場の把握、そこから更に確認事項は細かく枝分かれしていく。例えば地形の把握、高低差がある場合その次は高地の確保、といった風に。現場が人工的建造物内の場合は「動力源の把握と確保」もその一つだ。
「ボイラーや電力の動力源…これだけ大規模な施設だもの、中央制御装置が必ずあるはずだわ」
 人質を残し単独で逃走する事は、セイラにとって許しがたい事だ。一方で、ただここでこうして捕らわれたままの身でいる事も。それならば、隊の皆に少しでも報いる方法を考えたい。
 動力を止めてしまえば敵に損害を与える事ができ、または場所を先に把握しておけば、隊が突入する際の手助けになるかもしれない。それに、停電させる事ができれば、騒ぎに乗じてミソラを助ける事が可能かもしれない。
 全て「かもしれない」論を出ないが、少なくとも今のままではマイナスだ。
(現状は把握した。次は『機動力の確保』)
 自分の身を自由にするために、セイラは一心不乱にロープに摩擦を与え続けた。同時に、ミソラから聞いた扉を開ける番号パターンを計算し始める。
「何のことはないわ……できるだけ多くの計算をすればいいんだから…」
 五分おきでも一時間に十二パターン。日付が変わるまで七時間。これからの一時間を計算の時間に使っても残り六時間。たった七十二通りだ。暗算や暗記、瞬間記憶の訓練は受けた。得意科目だった。
 初めから冷静に、己にできる事をまず考えて行動を起こすべきだったのだ。すなわち先ほどは、「現状把握」を怠っていたために失敗した。
「……2235……2535…」
 無心に手首を動かしながら、セイラは口の中で数字を呟き続けた。

 別室に連れ去られたセイラは、今どうしているのだろうか。
 床に残った、セイラのものと思わしき血痕を見つけてミソラは眉をひそめた。酷い扱いをしないと、メアリーは約束してくれた。だが、ここで十分な外科治療をしてもらえるとは思えない。傷が痛むであろう事は変わらないだろう。
「レイカ」
 相変わらず人形のように部屋の隅で膝をかかえる少女。ミソラの呼びかけに視線だけが反応した。
「レイカ、お願いがあるんです」
 縛られた両手でミソラは襟元に手を入れる。鎖で首からさげた、少し大きめのロケットがついたペンダントを取り出した。いつも身につけているもので、体の一部のようなものだ。均等な十字を象ったロケットを開けると、中に小瓶が入っている。小瓶の中には、白く小さな錠剤が詰め込まれていた。
「これを、セイラさんに持って行って下さい」
 その小瓶を、少女に差し出した。
「………」
 首を傾げて小瓶を見おろす少女。
「お薬です。鎮痛…えっと、痛みが少なくなるお薬」
「オクスリ……?」
「そう。セイラさんは今、怪我をして「イタイ」んです。それを、失くすお薬です」
「イタイ……」
 少女は受け取った小瓶を顔に近づけて、しげしげと覗き込んでいる。振ると錠剤がぶつかりあって小気味良い音を立てた。
「お願い、届けてあげて下さい」
「『イタイ』を治すお薬?」
 ミソラは頷く。この薬は、外で怪我か病気でもした万が一の時に使うようにと、父親に渡されていたものだ。幸いな事に、これまでミソラはこれを一度しか使ったことがない。今回で、二回目となる。
 ちなみに一度目は、数年前のグレリオ・セントラルの学校で。相手はグレリオ村長の孫息子だった。
(思い出に浸ってる場合じゃないですって)
 脳裏に思い出しかけた光景を振り払い、ミソラは再びレイカに詰め寄る。
「そう、『イタイ』のを治すお薬なんです」
「………メアリー…」
 小瓶を見つめていたレイカが、無表情で呟いた。
「メアリーも……イタイの。これで治るの?」
「え?」
 セイラと取っ組み合いになった際に、どこか怪我をしたのだろうか。ミソラには覚えが無かったが、
「治ります。メアリー…さんにもあげても良いですから、まずセイラさんに」
 とにかくレイカを動く気にさせなければと、頷いた。
「分かった」
 短く答えて、レイカは立ち上がる。瓶を握り締め、扉の鍵を作動させて外へと駆け出した。ボイラー音に混在して軽い足音が遠ざかる。再び室内に静寂が戻った。
「……どうしたらいいんだろう」
 ミソラは盛大な溜息を漏らす。セイラから話を聞く限り、事態が良好とは言えない事がよく分かった。明後日には突入するという、その部隊の到着を待つべきなのか。その騒ぎに乗じて逃げる事は可能なのか。その前に「処分」される運命にあるのか…―。セイラの話をもっと聞きたかった。あそこで、ナイフや鍵の話をするべきではなかった。
「やっぱり、自力で逃げる方法を考えなきゃ」
 セイラならばそうするだろう。ミソラは思う。接したのは短い時間だが、彼女の性格はわかりやすかった。素直で、一途で、真っ直ぐなのだ。そして考えを行動に現さないと気が済まない。
(誰かに似ている?)
 思い浮かんだのは、イルトだった。
「ふふ……」
 一度そう思うと、可笑しくて仕方が無くなる。やる事なす事が唐突である点も、似てはいないだろうか。
(セイラさんがあの薬を飲んで…体が動くようになったらきっと行動を起こす)
 もしそうなったとしたら、自分はどう動くべきなのか。
 ミソラは考えた。




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