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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT12-11
11

「損な役回りをさせて済まないね」
 本気で「済まない」とは思っていない声に出迎えられる。
 植物園内。レイブリックがやってきたのは、最も人通りが多い広場の隅に置かれたベンチ。グレンはそこに座っていた。少しだけ離れた隣のベンチには、案内地図を広げて座るイルトの姿もある。レイブリックの姿を見止めて、グレンが座るベンチの方へと歩み寄ってきた。
「やらせてからそういう事を言うな」
「はは、ごめん」
 よく言われる、と笑ってグレンはレイブリックが背負うザックに目をやった。その視線に気がつき、レイブリックはちらりと肩の向こうを見やる。
「この格好は動きやすいんだが、収納に難があるからな」
 弾薬や武器を収納する内ポケットや付属ポーチの事を指す。彼が本気装備を持参してきたという事は―
「了承はとれたのかい?」
「ああ。納得させた」
 という事だ。
 必ずそうしてくれると信じていた。口には出さず、微笑み返す事でレイブリックを称えてグレンは立ち上がった。時計塔を見上げると、閉園時間まで一時間をきっている。後片付けのためか、少なくなりつつある客の姿に混じり、職員の制服も見られるようになってきた。
「隊長に、誰の差し金かと問われた」
「どう答えたんだい?」
「終わってから考える事だと」
「なるほど。終わるまでに言い訳を考えておかなければな」
 ベンチの前で立ち話をする二人を、イルトは一歩離れた距離から眺めていた。片やスーツの男に、片や黒のスウェットにカーゴパンツとブーツの男。そしてついでに、ベージュと白のシャツにカーキのクロップトパンツの自分。組み合わせはともかくとして、傍から見れば立ち話をしている民間人だ。まさかこれから数時間後にこの面々が、園内を戦場にするとは誰が想像するだろうか。
(まあ、俺もまだ全然実感というか、想像もつかないんだけどな)
 小さく息を吐いたところで、唐突に「ところで」とレイブリックの視がイルトを向いた。
「お前は、何なんだ」
「え」
「どこかで、会った事があるか?」
 イルトの全身を無遠慮に観察してから、レイブリックの両眼が僅かに細められた。
「ない、と思う」
 少なくとも、今の彼らは。
「彼は、イルト」
 答えたのはグレン。
「イルト・グレリオ・サイファ。私の護衛をしてくれている」
「護衛?」
 一度はグレンに戻した視線を再びイルトに向けて、またレイブリックは無遠慮にイルトを上から眺めた。
「護衛って、お前年齢は」
「…十八」
 躊躇いがちにイルトが答えると、案の定レイブリックの面持ちは一種の呆れ顔に変容した。
「武器は」
「ない。俺民間人だし」
「軍事訓練の経験は」
「ない。半年前に地元の学校卒業したけど」
「………」
 黙ってしまったレイブリックと、正直に質問に答えているのに何故か罪悪感を抱きつつあるイルトと。グレンは「何か問題でも?」とでも言い出しかねない平和な顔で、二人のやりとりを見ていた。
「そうか」
 しばしの無言の後の呟きと共に、レイブリックの右手が動いた。
 その瞬間に発せられる、黒い殺気。
「!」
 下からせり上がる鋭い風。異変を感知した瞬間、イルトの右手はその原因を捕らえるべく動いていた。
「っ!」
 筋肉と骨がぶつかる鈍い音。がくりと不自然にレイブリックとイルトの体が斜めに傾いだ。沸き起こった鎌鼬の名残尾がグレンの前髪を僅かに揺らして消えた。
「………」
 面持ちを変えないグレンの視界には、自分の喉元を狙ったレイブリックの手刀が間近にあった。その手首を掴む、もう一つの手。イルトの右手だった。突き上げようとするレイブリックの力と、下へと押さえつけるイルトの力が均衡し、両者とも微かに腕が震えていた。
「―よく止めたな」
 尚も右手に力を込めるレイブリック。
「二回目だしな…父子そろって物騒だぞ」
 掴んだレイブリックの手首を懸命に押し戻そうとするイルト。余裕が窺えるレイブリックとは逆に、口をかみ締めていた。
「父が同じ事を?」
 不本意そうに眉を顰めてレイブリックは不意に右手の力を抜いた。
「ぅわわ」
 バランスを崩しかけたイルトの体が大きく傾ぐ。レイブリックは下に押さえつけられていた手首を解いて逆に上へ回し、イルトの手首を取った。そのまま捻り上げる。
「っい…」
 骨と筋肉を引き裂かれるような痛みにイルトが顔をしかめた瞬間、
「!?」
 その右手の平が輝いた。
「待て!」
 グレンの声。
「!」
「!」
 同極の磁石が弾かれあうように二人が体を離した。イルトの右手から光は消え、レイブリックから放たれていた殺気も、消失している。
 側を通りかかる人波の内から数人分の目が、何事かとこちらを気にしているのが感じられた。目立っては困る。それとなくイルトとレイブリックは居住まいを正した。
「…なるほど。お前の武器は「それ」か」
 刀から水を払うように、右手を一度強く振ってから、レイブリックはその手を無造作に組んだ。声も態度も変わらず平静さを保ち、目はイルトの右手を見ている。レイブリックの言う「それ」は「精霊の印」を表していた。
(それを確かめるためにいちいち…?)
 捻られた右手首を左手で撫でながら、イルトはレイブリックを見据えた。
「大丈夫か?」
 後ろから、肩にグレンの手が置かれる。
「あ、うん…痛くはないけど」
 手首の痛みは既に消えているが、そう言うものの動悸がなかなか治まらない。ジョルジュ・レイブリックの時より更に一回りも鋭い殺気にあてられてか、イルトは体内に火照りを感じていた。あの凶器のごとき右手がグレンの喉を抉る、そんな光景が一瞬脳裏に思い浮かんで、胸郭の奥から吐き気に似た嫌悪感が込み上げる。
「ふっ」
 刻一刻と自分を見据えるイルトの眼光が鋭くなるのを見て、レイブリックは僅かに口角を上げた。赤い痕がついた自分の手首を一瞥する。イルトがつけた痕は、レイブリックの手首の骨に沿って痣となっていた。
(あのタイミングと速度から、確実に俺の手を固定して止めた)
 イルトの動きは、体術のセオリーに沿ったもの。
「確かに、良いボディーガードのようだな」
 最後にレイブリックは、低く笑った。


 会話がなくなり、狭い室内は低いボイラー音に支配されていた。ミソラの隣で、セイラは何か深く考え込んでいるように視線を床に向けたまま無言だった。
「?」
 そのうち、低音に混じって小さな寝息が聞こえ始めた。振り向くと、部屋の隅に背を預けて座っていたレイカが、抱えた膝に頬をあてた状態で眠っているのが見えた。
「セイラさん…」
 今だとばかりにミソラは声を潜めてセイラに話しかける。
「私、あの扉の鍵の開け方を知ってるんです」
「え?」
 顔を上げたセイラも小声で応えて来る。二人は肩が触れるほどの距離に顔を寄せ合った。
「それと、これも」
 上着の下に隠していたナイフを見せる。これで、いつでも腕を拘束するロープは切れる。セイラの両手も、ミソラと同じように前で縛られていた。
「逃げ出す条件は、揃ってますね」と頷きながら、セイラが小さく呟いた。
「でも、私ここまで運ばれてくる間はずっと眠ってたから…道が分からないのが問題なんです」
 ここがもし植物園内だとするなら、そう広大な建造物ではないと祈りたいところだ。
「道は、なんとかわかります」
 とセイラ。「え!」とミソラは思わず声を上げた。
「担がれていたので詳しく周囲は見えませんでしたが、大方の道筋と方向は記憶しています」
「さすがですね」
 素直に感心したミソラが笑みを見せると、セイラは苦笑して頷いた。こんな状況に陥っている時点で「さすが」でも何でもないのだから。
「問題は、どのタイミングで行くか…やっぱり夜中かしら」
「あ、それなんですけど…」
 ミソラは鍵の仕組みについて説明する。0時がタイムリミットである事、ある程度時間を狙って計画を立てる必要がある事など、制約が生じる事を伝えた。
「……」
 それを聞いて数秒ほど考えこんだセイラの口から、
「ならば、目には目を…ですね」
 ぽつりと結論が落ちる。
「目には目を、ですか?」
「こちらも人質をとるのです」
「人質!」
 柔軟にタイミングはかれないなら、切り札を用意して堂々と逃げる方法をとる、とういわけだ。
「人質って…じゃあ?」
 ミソラは恐る恐る肩越しに背後を振り返る。そこには、壁際で眠っているレイカ。この娘を使うという事だろうか。だが、セイラは首を振る。
「この子は、私達の監視役という事ですよね?それぐらいの立場の人では、人質として効力が弱いと思うんです」
「………」
(そっか、セイラさんは知らないんだっけ)
 この幼い少女が、大の男一人を殺害したり、とてつもない計算能力を備えた天才だという事を。
「あの、セイラさ…」
 説明しようとミソラが口を開きかけると同時に、扉の向こうに再び人の気配が近づいてきた。セイラもそれに勘付き、厳しい視で振り返る。部屋の隅で、冬眠から醒めたようにレイカも顔を上げた。いつものやりとりの後、扉が開かれる。姿を表したのはメアリーだった。手にしたトレイには、二人分の軽食。
(もう、夕方なのかな…)
 最初に出された食事から、すでに数時間が経っている。ミソラは最初の食事に手をつけていなかったが、空腹感はあまり無い。
「大人しくしているようね」
 メアリーは部屋に足を踏み入れると、壁際の机にトレイを置く。新しい水と食べ物を机に置き、手をつけていない最初の食事をトレイに載せる。その、ミソラとセイラに背中を向けた僅かな間、セイラは上着で隠したミソラの手からナイフを奪うと手首のロープを千切った。
「!」
 ミソラが驚く間もなく、両手が自由になったセイラはナイフを片手にメアリーの背中に跳びかかった。
「なっ!」
 ステンレスのトレイが耳障りな音をたて、ガラスのコップが落ちて盛大に割れる音を響かせる。もみ合う二人の女、その様子をミソラは呆然と見守るしかない。部屋の隅のレイカも、表情をかえずにぼんやりと目の前の光景を眺めていた。
「くっ!」
 セイラがメアリーの腕をとり、後ろに捻り上げる。巧みに関節に入ったようで、メアリーは苦痛を面持ちに浮かべて身を捩った。ナイフを持ったセイラのもう片方の手が、メアリーの首筋を捕らえた。最終的に、後ろから羽交い絞めにして首元にナイフをあてた形となる。
「動かないで!動脈を切りますよ!」
「っ……」
 メアリーの端整な面持ちが舌打ちをするように歪んだ。
「武器を捨てなさい」
 上着の内ポケットに拳銃を隠しているはず。セイラの言葉通り、おずおずと動いたメアリーの手元が制服の胸元に差し込まれ、出されたのは黒い拳銃だった。セイラの指示に従い、床にそれを放り投げる。
「ミソラさん、それを拾ってください」
「あ、はいっ」
 慌ててミソラはセイラの言葉に従い、縛られたままの両手を銃に伸ばす。
「残念ね」
「―え」
 呟かれたメアリーの低い声。ミソラが顔を上げるのと、セイラが眉を顰めるのは同時だった。直後、不自然な発光が小さな爆発を起こした。
「きゃあ!」
 悲鳴。
「!」
 それがセイラのものであると気がつくまでに、一秒とかからなかった。気がつくと、背中からメアリーを捕らえていたセイラの体が弾かれて、壁際のボイラー管に激突していた。
「っセイラさん!?」
「ぅ……」
 慌ててセイラの元に駆け寄る。肩を庇うように体を丸める彼女の様子に、ミソラは眉を顰めた。
(どこかケガを?)
 ミソラの疑問は驚きに変わる。
 先ほどまでメアリーの首筋に突きつけられていたナイフが、何故かセイラの肩に突き立っているのだ。しかも、刃先が酷く変形している。
「ナイフの刃が……」
 まるで蹄鉄のようにU字に変形したナイフの刃先が、セイラを襲ったのだ。
「度胸とアイディアは認めてあげるわ」
 新米といえど、軍人なのね。メアリーは低く呟くと、落とした銃を拾い上げた。表情には勝ち誇った様子もなく、冷たい仮面は変わらない。
「これは一体……っ」
 倒れたセイラを庇うようにミソラが前に出る。
「私に「こんなモノ」がなければ、成功していたのに、ね」
 懐に銃を仕舞い、メアリーは足下に落ちているトレイを拾い上げた。それを片手に持ち、徐にミソラの方へかざす。訝しがるミソラの目の前で、金属の円形トレイが三叉に裂けた。
「!!?」
 口を開けて驚くミソラの目の前に、メアリーは「元トレイ」だった物体を放る。金属の床に当たって硬い音を立てて、元トレイは不規則にはねて転がった。
「………金属を変質させる印……?」
 自分につきたてられていたナイフを変形させ、セイラを襲わせたのだ。こんな芸当を可能にするならば、その正体は「精霊の印」しかありえない。それが押印なのか、そうでないかの判断はできないが。
「まったく。下手に変な知識があるからやっかいね」
 倒れているセイラに歩み寄り、メアリーはその場にしゃがみ込む。肩に刺さっている変形したナイフの柄を握り、力任せに引き抜く。セイラからくぐもった悲鳴が上がった。
「酷い事をしないでくださいっ!」
 思わず飛び出しかけて、管に縛り付けてあるロープに引っ張られてミソラはバランスを崩す。
「……仕方ないわね。レイカ」
 ミソラの存在を無視し、メアリーは部屋の隅で動きを見せないままのレイカを呼び寄せた。
「ダグを呼んで来て」
 だんまりのまま頷いて、レイカは部屋を出て行った。「ダグ」とはあのミソラやセイラを運んできた男の事か。
「どうするんですか、怪我人なんですよ!」
「場所を移すだけよ」
 熱がこもるミソラと逆に、メアリーは呆れた風に言い捨てる。
「これ以上この子にヘンな事を企まれたら、あなた達二人とも命を縮める事になるわよ」
「………」
 何故だろう。メアリーの言葉と声、そして視線の中に不可思議な柔らかさを感じてミソラは口を開きかけたまま、動きを止めた。その答えが出せない内に、大柄な男が姿を現す。肩を抑えてうずくまるセイラを見やり「とんだお転婆拾ってきたもんだな」と、溜息と苦笑を同時に漏らした。
「よっと…」
 そして徐にセイラに歩み寄り、来た時と同じように肩へ担ごうとセイラの腕を取った。セイラの呻き声が漏れる。
「ま、待ってくださいっ、そんな持ち上げ方したら傷が…」
 ミソラがダグに体を向ける。
「………こうか?」
 寸時、動きを止めてからダグはセイラの腕から手を離し、背中の後ろに手を回して抱きかかえる形で持ち上げた。そのまま部屋を出て行こうとする背中に、再びミソラは体を乗り出して訴える。
「あの、お願いします、絶対に酷いことしないでください、怪我の手当てもしてあげてください」
 共に出て行こうとするメアリーも足を止め、ミソラを見やる。「いちいち煩い子ね」と呟いて再び背中を向けて、扉を閉めた。
「お願いします!」
 厚い扉の向こうへ遠ざかる足音に、ミソラは叫んだ。
 返事は無かったが、きっと聞き入れてくれるだろう、何故かそんな確信が持てた。





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