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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT12-9
09

 植物園は広大な面積で、一般客に解放しているエリアはほんの一部に過ぎない。実際に歩いてみて、セイラはそう感じた。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた札がかかったチェーンを潜り抜け、研究所と繋がっている建物の間をすり抜けていく。
「思ったより、簡単に入れちゃうんだ」
 想定よりも職員の姿が少なく、温室の為にかボイラーの音が響くので、気配も消しやすい。しばらく歩いていると、スモークガラス張りの巨大な天窓を有する建物が見えてきた。
(温室…かしら。研究所?)
 または、近現代的調のコンサートホールにも見える佇まい。植物園の中にあって幾何学に従った造りは、言い知れぬ圧迫感を見るものに与えた。
「ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ?」
「!」
 背後からの声に、セイラは背筋を伸ばした。
振り向くと、庁舎職員の制服を身につけた女がいる。
「迷われたのですか?」
 若いセイラの事を学生だと思っているのだろうか、にこやかだが少し事務的な笑みで会釈をしてくる。
「あ、あの、申し訳ありません、私、怪しい者では」
 慌てて姿勢を正したセイラは敬礼する。その動きに、「あら」と女職員の口から軽い驚きが漏れる。
「もしや、国軍人様?任務でこちらへ?」
「は、はい。少々、調査をしているうち、迷ってしまい」
「ご調査、でございますか……」
 職員の女は僅かに首を傾げて相槌とする。
 このときのセイラは、自分が致命的な失言をしている事に気がついていなかった。
無理もない。OJTの雑用係として従隊している彼女には、作戦の全体情報を知らされておらず、だがレイブリックの騒ぎで聞かなくても良い事を耳にしていた。また経験の浅さから、現状理解がなく、咄嗟の事態への対応力も無かった。
「なるほど、分かりました。任務、ご苦労様です」
 にこやかに笑う女につられ、セイラは安堵の笑みを漏らす。だが気まずさは拭えず、セイラはとりあえずこの場から立ち去る事を考えた。
「勝手に立ち入って申し訳ありません、では、私はこれで…」
 頭を下げて回れ右をし、小走りに駆け出す。その背中に、
「あ、国軍人様、お待ちください」
 女から声がかかる。
「はい、何で……」
 振り向いたセイラの顔面に、
「詳しいお話、聞かせて頂けるかしら」
 銃が突きつけられた。
 女、メアリー・マクレガンは、事務的な微笑をたたえたまま、銃の安全装置をゆっくりと外した。


 植物園に到着したグレンが最初にした事は、入り口に設けられた案内板を眺める事だった。イルトも倣い、横に並んで地図を見上げる。さんざんレイブリック家で設計図まで見て来たが、グレンは数分の間身じろぎ一つせず案内板と向き合っていた。
 一般客用の地図は、植物園の敷地内を大きく三つのブロックに分けて書き表しており、南向きの最も大きなエリア一つが一般に開放しているのみで、残りの二つは研究機関向けとなっており、立ち入り禁止となっている事が記されていた。
(あ…この日付……)
 グレリオ・セントラルでのグレンの行動を思い出したイルトは、案内図の左端に小さく記されている年月日に気がついた。この案内板が改定された日付だ。今回も、これが何かのヒントになるのだろうか。動かないグレンの横顔を一瞥しつつ、イルトは考える。
(うーん。思い浮かばない)
 あっさりと諦めかけたところで、グレンが動いた。
「こっちの方から廻ってみよう」
「う、うん」
 イルトがすぐ斜め後ろから追随する。人波に溶け込み紛れながらも、迷い無く歩き進むスーツの背中。彼は今何を考え、計算しながら動いているのか、尋ねてみたい。
「想像力」
 歩きながらの背中が、ぽつりと呟いた。まるでイルトの心内を読んでいたかのようなタイミングだった。
「ん?」
「想像する事が大切だ」
 斜め後ろから視線をよこす事でイルトは相槌とした。
「ミソラという人物はどういう人間で、彼女が何をしていて、どう移動して、その結果何があったのか。対して犯人の行動が、どうミソラの行動とクロスし、どのような要因がそこで発生しうるのか」
 どれだけのパターンを即座に想像できるかで、作戦の成功率も決まる。
「想像……か」
「軍略に限った話ではない」
「え?」
 話を進めながらも、グレンの瞳は油断を許さない動きで園内を見渡している。
「学科の勉強でも、家事でも、オフィスワークでも。それから、コミュニケーションにおいても」
 全て、想像力が大切だと彼は言う。
「コミュニケーションに……想像力?」
「想像力」という単語にそこまでの応用力があるという事が、いまいちイルトの発想に及ばない部分もある。
「うん」とグレンが足を止め振り返る。
「どうすれば相手が喜ぶのか、何をすれば相手が苦しんでしまうのか。自分に置き換える想像力があれば、まず相手を傷つける事はしないだろ?」
「ああ、なるほど」
 対人術というビジネスライクな単語は知っていたが、言い方を変えれば新鮮に聞こえる。それが不思議だ。
「彼女の性格を考えると」
 話題を戻すと同時に、再びグレンは背中を向けて歩き出す。
「全ての展示物を系統立てて隅々まで観ようとしたはずだと思うのだが、どう思う?」
「あ、俺もそう思った。すごい几帳面だしな」
「だけど、自分の感情に素直で、それを貫くためにルールを破ることを厭わないところもある」
 薬草園に忍び込んだり、父親に反発したときの彼女が、それだ。そして、困っている人間を放っておけない。
「恐らくは、他人のために何か行動を起こそうとして……ルートを外れた」
 出店が連なる広場の手前で、グレンは足を止める。
「一方の「相手」は、何か見られては困る行動を起こしている最中だった」
 面持ちはそのままで、視線だけで静かに周囲を見渡した。
「それをわざわざこんな場所で行うとしたら、逆に人込みを利用して―」
 親子連れや社会見学の子供の姿が目に付く。
「子供を使っていたのかもしれないな」
「子供か……そういえば、あいつ子供にも慕われてたみたいだから、子供は好きなんじゃないかな」
 イルトは、グレンがミソラ宅に運び込まれた直後に、診療所を尋ねてきた少女を思い出す。それを知らなかったグレンは、イルトの情報に確信を抱く。
「こっちへ行ってみよう」
 人の流れの支流に入るように、グレンとイルトはごく自然な動きで広場から裏の小道へと入っていった。関係者立ち入り禁止区域から建物の裏を抜けていく先に、大きな温室を有する建物があるはず。地鳴りのように空気を振動し続けるボイラーの音に紛れながら、二人は奥へと進んだ。
「この辺りは新しいんだな……」
 前を進むグレンから、時おり独語が漏れてくる。
「脱出路の確保は……ん?」
 グレンの足が止まる。真新しい白いタンクやパイプが連なる中、左手奥に錆びて赤茶けた建造物が目に入る。壁がほとんど崩れ落ち、鉄筋や階段といったフレームのみが残っている状態だ。二階建てのようで、屋上だったと思われる場所には貯水タンクらしき残骸も乗っかっている。
「………」
 ふらりと、グレンの足がそちらに向かう。他の方向に気を取られたイルトは、少し遅れて後に続いた。
 鉄筋の柱だけで支えられている状態の入り口に足を踏み入れた瞬間、「それ」が姿を現した。
「!」
 突如、柱の影から飛び出した人影がグレンに襲い掛かったのを、イルトは見た。
「っな…!」
 グレンは咄嗟に身をかわそうとして身を逃がすが、巧みに片足を掛けられて重心を崩す。懐から銃を出そうとした手を捕まれ、そのまま背中から地に落ちた。相手の顔を確かめる間もなく、首下に硬い物を押し付けられ、
「ぐっ…」
 呼吸が詰まる。
「やめ…」
「動くな!」
 前方に動きかけたイルトを、鋭い声が制した。反射的に足が止まる。
 威嚇するイルトの目に、金色がよぎった。稲穂色の髪の男が、地面に引き倒したグレンの体に馬乗りになり、少し長めの銃身を使って押さえつけていた。突き刺すような鋭い視線が、イルトを向く。
(レイブリック……!)
 首筋に押し当てられた銃で呼吸を奪われ、喘ぐような呼吸をしながらも、グレンは自分の上に跨る人影を見た。
「あんた……レイブリック家の……」
 イルトもその正体に気がついた。その男は、つい先ほどレイブリック家の書斎で見た、写真の男。ジョルジュ・ジェイス・レイブリックの末息子、ノア・ジェイス・レイブリック。
「………」
 名前を呼ばれ、レイブリックの表情が変わる。片方の手で素早く腰から拳銃を取り出し、それをグレンのこめかみに突きつけた。国軍の、制式拳銃だ。
「お前達は誰だ。ここで何をしていた」
 地の底から這うような、低い声。
「……っ」
 さらに強く首を押さえつけられ、グレンが小さく呻く。言葉を発せられる状態ではない。
「その人は……」
 無闇に体を動かしては発砲されるかもしれない。その危機感から、イルトは目と顎先だけでグレンを示した。
「あんたの父親の」
「なに?」
 父親の話を持ち出され、レイブリックが目端を細める。
「………」
 厳しい警戒の色を宿したまま、レイブリックは苛立つほど緩慢な動きで銃を持った手をグレンのこめかみから離した。銃口が床を向いたその瞬間、
「っ!」
 イルトは前方に地を蹴った。
 一瞬のうちに間合いを縮められたレイブリックは、体当たりをかわして体を翻す。不自然な姿勢で三歩下がり、グレンの体を乗り越えたイルトに向けて、下がりざまに銃を向けた。
「!!」
 指先がトリガーを押し込む直前、レイブリックとイルトの間に不可視の壁が音を立てて張り巡らされた。
「この気配……精霊印か……」
 危うく引きかけたトリガーから指を外す。レイブリックは鋭さと驚動の混在した視を、二人に向けた。片膝を立てて両手を広げる青年、そしてその後ろで若い男が咳き込みながら体を起こそうとしている。気配はこの両者から感じられた。
「大丈夫か」
 イルトが背後を気にする。深い咳の後に頷いて、グレンはようやく上半身を起こすことが出来た。胸元から銃を取り出し、それを地面に放る。
「制式銃……?」
 足下付近に転がってきた銃を見下ろし、レイブリックが呟く。
「驚かせて、悪かった」
 謝罪の言葉と共に、グレンは立ち上がった。両手の平を見せて、自分に敵意がないことを示す。
「私達は、君の邪魔をしに来たのではない。レイブリック中尉」
「………何故その名を」
 しらばっくれるのは無意味だとして、レイブリックは己の名を認めた。
「私の名はグレン。君のお父上レイブリック准将の、元部下だ」
「部下……国軍人なのか?」
「今はもう、退役している」
 イルトより前方に足を一歩踏み出すグレンを、レイブリックは油断を緩めない視で見据える。
「民間人か。それがこんな場所で何をしていた。父の命なのか?」
「敵側に人質が取られた可能性があるという事を、君も知っているだろう」
 直接は答えず、僅かに顔を上げることでレイブリックは肯定の意を示した。
「人質は、私達の連れだ」
「………」
「脅迫状めいた物も送られてきた」
 そうグレンが付け加えると、レイブリックが「やはり」と呟く。
「父の情報は正しかったわけだな」
 自分の意見に全く取り合わなかった隊長を思い浮かべ、口端を噛み締めた。
「レイブリック中尉、君の協力が欲しい」
「!」
 グレンの申し出に、レイブリックの瞳が僅かに見開かれる。
「何がしたい」
 レイブリックの低声が、敢えて漠然とした詰問をする。それは暗に、この人数で何をしようというのだ、という問いでもあった。
「課題は三つ」
 面持ちを変えず、グレンは答えた。
「一つは敵の威力偵察および人質の所在確認。二つ目は人質の救出」
 そして最後、
「三つ目は、主犯の身柄確保」
「生け捕りだと?」
 レイブリックの隊に用意されていた作戦では、主犯格の射殺は止むを得ないと記されていた。それをこの男は否定している。殲滅作戦より、生け捕りは数倍難しいのだ。
「それだけのこと……この人数で何をしようというんだ」
 思わず、レイブリックの口から問いの核心が漏れる。
(ごもっともだよなあ)
 全面的にイルトはレイブリックに同感だった。グレンがどう答えるのか。二歩下がった後方から様子を窺う。
 当のグレンは静かに笑うと共に、「まさか」と首を横に振った。
「私が借りたいのは、君の能力と、そして立場だ」
「立場?」
「ただ殲滅するだけであればこのメンバーで成せるのだが、さすがに人質救出に伴う犯人捕獲となると難しい。そこで重要になるのが、君の「立場」だ」
「………」
 野生動物のようなレイブリックの両眼が僅かに歪み、それが「呆れ」を現しているのだとイルトの目に映る。グレンの言葉の前半、さりげなく無茶苦茶な事を言ってのけている事に、さすがのイルトも気がついていた。
「待て貴様…自分が何を言っているのか分かっているのか」
「ああ」
「俺に簡単に組み敷かれているようでは、とても戦力になるとは思えんがな」
 レイブリックの静かな皮肉に、グレンは「確かに」と笑って自分の首筋に指を当てた。赤い痕が残っている。その指を徐にレイブリックに向けた。
「動くのは君だ」
 そして再び指を自分に向ける。
「そして動かすのが私だ」
「何?」
 反論しかけたレイブリックを制してグレンは、「元より君は」と言葉を継ぎ一歩足を踏み出した。
「状況次第では単独で乗り込む気でいたのだろう?君にはその実力と自信があるはずだ」
 何せこの若者は、あのレイブリックの血と印を引き継いだ者なのだから。遠い過去に部下が引き起こした様々を思い起こしながら、それを口にせずグレンは静かに微笑んだ。
「だがどうせなら、次に繋がる最も良い形で終わらせたいじゃないか」
 人質救出、及び犯人の身柄確保。
「お前、指揮官職か………できるのか?最良の終わり方を」
 しばらく足下に転がった制式拳銃を眺めていたレイブリックが、顔を上げた。頑なに敵愾心をむき出しにしていた表情が、僅かに雪解けを見せているように、イルトは思う。かつての自分のように。
「できるよ」
 グレンの返しは即答だった。
「君が私を信じてくれたら」
 そしてまた、笑った。
「…………」
 レイブリックは、返すべき言葉を選んでいるようだ。イルトも同じだったから、彼の考えている事がよく分かる。無茶苦茶な事でもこう淀み無く断言されると、信憑しても良いのではという錯覚に襲われる。
「隊の作戦書を読ませてもらった」
 先に無言を打ち消したのはグレンだった。
「作戦決行日は明後日。出入り口を予め封鎖し、隊が展開しやすい場所に獲物を追い込む、セオリー通りの陽動作戦。だから君は、我慢ならなかった」
最後に「そうだろう?」と付け加えられた言葉に、レイブリックは無言を保った。だが真っ直ぐで鋭い視線は雄弁だ。
「君の上官は、この作戦内容を変更する様子は無いのだね?」
「………ああ、そうだ」
 吐き捨てるようなレイブリックの返答。「人質」というたった一つの追加要素が、従来の任務を何倍も困難なものにしている。応用を利かせるには、あの年若い隊長では経験も技量も不足していた。
「ならば、作戦の内容を変える必要はない」
「何?」
(?)
 レイブリックが目を細めると同時に、イルトも面持ちに不可思議な色を乗せていた。現行の作戦のままでは、ミソラの命を脅かすと言っていたはずではないのか。両者の反応に対し、グレンは表情を変えなかった。
「作戦内容を変えず、ただ決行日時を本日の夜半に変更するだけでいい」
 声調も、一定を保っている。
「同じ内容で、今夜?」
「そうだ。ただ時間を一日半ずらすだけだ。それぐらいなら出来ると、君からその上官に言わせてほしい」
「………」
 借りたいのは、レイブリックの「力」と「立場」。
「お前が借りたい俺の「立場」が、これという訳か」
 一度は動揺に似た色を表していたレイブリックだが、合点が行ったという様子で再び鋭い視に戻っていた。グレンは一度頷き、そしてレイブリックの視線に応えるようにまっすぐ前方を見つめて言葉を続けた。
「地点AとNの交点を地点Pとし、地点Pと中央事務所の中間地点をQとする。私達のスタート地点は、そこだ」
(……?)
 突然、様々な記号が会話の中に現れてイルトは一瞬気後れしかけるが、それがレイブリック家で見た作戦資料内で使われていたものだと気づいた。レイブリックの様子を見ると、彼は最初から理解しているようで、先より更に鋭い光を瞳に宿してグレンの話を聞いている。
「最初の課題は序盤の三十分以内に解決できる。A及びDグループが五分以内に中央事務所に侵入できれば、必ず地点TまたはUに向かって敵の動きがあるはずだ。それを見計らい、君はQから同方向に移動する」
「地点TやUの手前に地点Rの待機班がいるが?」
「AかDが移動すればそれも動かざるを得ないから、クロスする心配はない」
 盤と駒を使わない暗記チェスを行っているかのように、グレンとレイブリックは記号だけで早口に会話を進めていく。途中まで把握を試みていたイルトだが、専門用語が増えるにつれて脱落することになる。だが、従来の作戦を軸にグレンの指示とレイブリックの動きを加える事で、応用を利かせたまるで別の作戦内容へと変貌する、そのロジックのフレームはおぼろげに見えた気がした。
「まったくもって理想論だな」
 しばらく会話を続けた後、レイブリックは短い溜息を吐いた。歯車同士が噛み合うように完全な論理は、今のレイブリックの立場から見れば奇麗事に見えてしまう。
「指揮官という人間は常に最良を想定する生き物なんだ」
 皮肉を全く気にしていない様子で、グレンはそれを受け止める。
「そして同時に、最悪も」
 想像力の幅。グレンの話から、イルトは先ほどの話を思い浮かべる。
 レイブリックも危惧している、隊長ロイスらの優柔不断さ、迷いが生む致命的なミス。それが生み出すであろう、最悪の事態。
「もちろん、カンフル剤は用意する」
「…………」
「愚図った子供の尻を叩くのは、得意なんだ」
「…………」
 微笑を絶やさぬグレンを前に、レイブリックは無言だった。相槌となる言葉を捜しているのではなく、自問自答を繰り返しているのだ。鋭い野生動物のような視が、グレンを向いたり離れたりするのを、イルトは斜め対面から眺めていた。
 己の考えを上回る、納得の行く命令にしか従わない。それがレイブリックの信条、全ての行動の指針だった。目の前の人物から提示された言葉はまさしくその物である。己の力量で実現させてやろうと、闘争心と挑戦欲が沸きあがりかけたのが、その証だ。
 何より、神経のレベルで感じる、精霊印の気配。張り巡らされた一本の糸の上で繋がっている感覚。
それを信じて良いのか、迷っていた。
「お前、名を「グレン」と言ったな」
 長い沈黙の後、レイブリックは静かに問うた。
何を愚図愚図と迷っているのか。ロイスと同じ事をしていると気がついて己を恥じる。拒絶か肯定か。選択肢は二つしかない。
「そうだよ」
 意を決したレイブリックの問いへ、一呼吸置いたリズムで答えが戻る。
「姓名と、退役前の役職を答えろ」
 父親の部下だと言うのなら、相応を名乗るだろう。証拠は実施で示してもらう。偽りならばそれでも良い。一人で補ってやる自信が、無いわけではない。そう計る意図でレイブリックは最後の質問をグレンに突きつけた。
 そして出される答えは、
「イーザー」
 予測を超えたものとなる。
「…………何…?」
「…………」
 絶句したレイブリックの斜め向かいで、イルトも黒目がちな瞳を丸くしていた。
「私の名はグレン・イーザー。退役時の位は中将、役職は防衛総司令官、及び高等軍略顧問…―だった」
「もう十三年も前の話だが」と最後に付け加えられた声が、レイブリックには遠い音に感じられた。
「っは……、それを信じろと?」
 不適な、油断を許さない笑みを口元に浮かべ、レイブリックはようやく言葉を吐き出した。
「信じさせてみせよう」
 だから、協力しろ。
 目の前の男は暗に、そう「命令」している。
「…………」
 一息の呼吸のあと、レイブリックは最後の選択を口にした。







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