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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT12-6
06

 一人でいる時。
 特に、何もする事がなく、ただひたすら待っているだけの時。
 誰かの無事を祈る事しかできない時。
 こんな時は、頭の中にもう一人誰かが居るのも、悪くないのかもしれない。
 寮へと姿を消したエルリオを待っている間、ミリアムはそんな事を考えた。
「リューシェ?」
 いつもは勝手に現れては強引に人格を入れ替えられるが、今日はミリアムの方から内面へと問いかけてみる。だが、返事は無い。
「ジャスミンさん、どうするつもりなんでしょうね?」
 反応は無いが、かまわずにミリアムは内側への問いかけを続けた。
「ねえ、貴方も、感じた……でしょう?」
 スカートが汚れる事を厭わず、ミリアムはぺたんと地面に座って膝を抱えた。
『何を?』
「ふふ」
 内面から応えが返り、ついミリアムは笑みを零す。何故だか、嬉しかったのだ。だが、その笑みも波が引くように消えうせる。
「ライフェルさんが…その、亡くなった時……」
 折りたたんだ膝小僧に額をつけ、ミリアムは背を丸めて目を閉じる。心の中にライフェルが死んだ瞬間の記憶を浮かべて、小さな唇をきゅっと噛んだ。
「弾けた…あの瞬間に、頭の中に飛び込んできたの」
 ジャスミンが何かを叫び、彼の体が無残に弾け散った瞬間、焼き付けられるように鮮明な残像が一瞬、ほんの刹那、ミリアムの脳裏へ飛び込んできた。
 それは、太陽。亡くなる直前に彼が資料室で読んでいた本にも載っていた、あの「ヴェロニカの記憶」という名の紋章だ。砂の町、シュトル・セントラルの暴走者からも感じ取ることのできた、残像。
「ライフェルさんの体が爆発した原因、リオさんは「暴走」の可能性もあるのではないかと仰ってましたけど…私は別の原因があるのではと思うのです。そしてきっと、ジャスミンさんも」
 ジャスミンの心の中、太陽の紋章の下に隠されていた数々の血塗られた記憶。
 炎、銃声、怒号、死、叫び、熱、憎しみ、嘆き…―あらゆる「負」があそこに存在していた。ミリアムが見たものは断片的でしかなかったが、紋章に隠された記憶は根を生やし、凄まじいエネルギーと共にジャスミンの深奥で渦巻いている。ジャスミンの心を読んだ時、ミリアム一人の力では、そのまま引きずり込まれて帰って来られなかったかもしれない。それほどに、凄まじい記憶の激流だった。
(今にも爆発してしまいそうな……記憶の塊……)
 エルリオのように、上手に物事を言葉にする事ができない自分が歯痒い。ミリアムは少し強く唇を噛んだ。
(きっと、ライフェルさんも持っていたんだわ…この紋章を…)
 そしてあの瞬間、ライフェルの内面に封じられていたエネルギーの渦が、太陽の紋章を破って爆発した。理屈も仕組みも説明できないが、ミリアムにはそう感じられた。
(でも、心の中の記憶が体を傷つける。そんな事があるのかしら……確かに押印の暴走、の方が納得しやすいけど……)
「……という事は……まさか……?」
 恐ろしい考えに行き着いて、ミリアムは思わず独語を口外に洩らした。脳裏で思案が具体的になるにつれて、血の気が引くのを感じる。
「まさか、ジャスミンさんも、ああなってしまうかもしれないって事なの…?」
 己の体を両手でかき抱いて、もう一人の自分に問いかける。もし本当にミリアムの考えが当たっているのなら、ジャスミンはその事実を知っているはずだ。知っていて、ライフェルの死因を暴く手伝いをしようとしている。
『どうなのかしら』
 やっと、リューシェが答えてくれた。
 確かに一度ジャスミンは、事実の追究を否定していた。ローランド達の身の安全を理由にしていたが、彼女自身が決断に迷っていたようにも思える。そうでなければ、一度は否定したエルリオやローランドの言葉を、簡単に承諾してしまうはずがない。
「………」
 そこでミリアムは思考を止めて頭を振った。
 何が理由であれ、ジャスミンの目的が何であれ、ミリアムがそれを止める理由は無い。
「……あの記憶の中にはグレンがいたの……」
 熱と死が渦巻くジャスミンの記憶の中で、確かにミリアムは三年間焦がれ続けた声を聞いた。そして彼は、太陽の紋章の鍵を身につけていた。その事から太陽の紋章が、「ヴェロニカ」という言葉がグレンに繋がる微かな糸口である事は紛れも無く、それがどんな遠回りでも、ゼロではないのだから。
「そう、ですよね?あの声は、間違いないですよね…?」
 心の中に問いかけるか、リューシェから応えは無かった。
「もう、何で黙ってしまうのですか!」
「いつもはおしゃべりなくせに」とミリアムは小さな拳を握り締めて抗議するが、それきり内面からの声は聞こえなくなった。


 足音は更に近づいて来る。
「…………」
 慌ててはいけない。自分にそう言い聞かせ、エルリオは息を潜めた。
 足音はエルリオから向かって左側奥から近づいている。右が外へと続く階段。つまり、今近づいて来る足音は外から来た人間ではないという事だ。ここで生活している学生が通り過ぎていくだけかもしれない。
(通り過ぎろ、通り過ぎろ!)
 何度も内心で繰り返す。
 だがその願いは裏切られ、窓を背にしたエルリオの前で、部屋の扉が静かに開けられた。
「……あ」
 中にいた青い作業服姿の男-エルリオの事だが-を見て先に声を出したのは、部屋に入ってきた人物だった。ローランドやライフェルと同じ背格好の、一目で学生とわかる青年だ。この部屋の、もう一人の住人だろう。
「悪いね、邪魔してるよ。管理人には許可とってるから」
 動揺を完全に押さえ込んで、エルリオは少し面倒くさそうな声調を作ってそう言った。
「………そう、ですか」
 まだ多少の猜疑色が残った口調で、学生は低く答える。
(うーん、怪しまれてる……?)
 だがエルリオは表情を変えず、安全牌を出す。
「ヴェイニス医務官のツカいなんだ」
 その名を出したのはてきめんだったようで、学生の表情から若干だが猜疑心が解ける。
「じゃあ、ちょうど良かった。これ、ヴェイニスさんに持って行ってもらえませんか?」
 彼は自分のクローゼットを開けて、中から紙袋を取り出した。動揺を悟られないよう、エルリオはそれを受け取った。
「けっこう重いな」と呟く事でエルリオは暗に「これは何だ」と問う。
「ヴェイニスさんに頼まれていた、ライフェルの遺品です」
 袋の中身は、本やノートが数冊ずつ。この学生がライフェルの机や引き出しから持ち出した物のようだ。
(何でこの人が遺品を?)
 疑問と不審に思いながら、
「確かに。渡しておくよ」
 とエルリオは口調を崩さないように応えた。
「それから、カーテンですけど」
「!」
 学生の言葉に、袋の中を見ていたエルリオは思わず勢い良く顔を上げた。
「言われた通り、焼却炉に突っ込んできましたから。もう今頃、灰になってますよ」
「あ、ああ、わかった」
(カーテンに痕跡があったんだ…!)
 心の揺れを覚られないよう、エルリオは学生の様子を観察した。焦げ茶の頭髪に、白いワイシャツ、首からネクタイが少しだらしなく結われており、そんな所もまったく普通の学生だ。面持ちも悪事を働くような人相には決して見えず、大人しくて真面目そうなのに。
 そんな彼の左手首、白い包帯が巻かれているのに気がつく。
「痛むのか?それ」
 ボカした表現でエルリオは、その怪我らしき痕跡について尋ねる。
「え?あ、これ…そんなでもないんです」
 右手で包帯を撫でながら答える学生の目は、どこか虚ろだった。重たい疲労感に圧し掛かれているような、そんな気だるさだ。
「あいつ、往生際の悪い奴で」
(な…!)
 彼が、殺したのだろうか。その傷は、ライフェルと争った時につけられた抵抗の痕だという事なのか。この青年の体格を考えると、単独行動ではなかったのだろう。それこそ、共犯者はこの作業服の男だったのかもしれない。それとも、他の学生が?
「………」
 言葉を継ぐ事ができなくなったエルリオは、間を誤魔化すために渡された遺品の一つのノートをおざなりに捲り始めた。目は内容を映していても、頭に入ってこない。学生はその様子を眺めながら、苦々しく目を歪めていた。
「あいつが、余計な疑問を持たなければ、こんな面倒な事しなくても……」
 語尾の「済んだのに」が掠れた。
(え……?)
 異変に気がついて、エルリオはノートを捲る手を止めて前を見る。眉間に深い皺を作って面持ちを歪める学生の目から、大粒の涙が零れ落ちていた。
「………な、何で…」
 思わず、エルリオは問いを口にしていた。
(あんたが殺したんじゃないの?何で泣くの?)
 エルリオが混乱する以上に、学生の方も取りとめが無くなっているようで、
「な、え、いや、その」
 と意味を成さない言葉をいくつも漏らしながら、袖で乱暴に顔を拭いていた。
「これは…違うんです。あいつに同情してる、とかじゃなくて……」
「………」
 エルリオの沈黙を「問い詰め」と受け取ったか、学生は変に慌てていた。
「さすがに俺、初めてだったから……人が死ぬとこ見るの…だから…」
「仕方ない、さ」
 やっと、そんな応えを口にして、エルリオは手にしていた遺品を紙袋に戻した。
「じゃあ、僕、これから講義なのでこれで……」
 泣き顔を隠すように学生はエルリオから顔を背け、自分のベッド脇に置いてあった鞄を掴み、部屋から出て行ってしまった。
「………」
 乾いた足音が今度は右へと遠ざかっていき、階下へと降りていった。
「はあ………」
 緊張のために強張っていた肩を落としながら、エルリオは冷や汗を拭った。紙袋を持つ手が、今になって震え始める。嘘をつくのが上手くなったとはいえ、こんな場面は慣れるものではない。
「…早く戻ろう」
 もうこの部屋に用はない。二つの紙袋をしっかり抱え、エルリオは廊下に出た。廊下の向こうに、階段の踊り場から漏れてくる外光が見える。鍵を取り出そうとポケットに入れたと同時に、背中へ、何か硬いものが当たった。
(?)
 確認しようと首を動かす前に、
「それを渡してもらおうか」
 すぐ背後から、低い声がした。
(ちょっと嘘でしょー……)
 いつの間に現われたか、人間の気配が真後ろにある。だが首が動かせない。背中にあてがわれているのは、よく考えなくても武器だろう。しかも、銃。
「なんのことだ?」
 できるだけ平静に、エルリオは答えた。
「その紙袋だ」
「二つあるんだが」
「さっきの学生から受け取った方だ」
 少し挑戦的な言葉にも、男は冷静だった。そんな事より、いつの間に見られていたというのだろう。
「………」
 手元を確認する振りをして、エルリオは右手を左手の甲に重ねた。そして呟く。
「守檻」
「!?」
 凄まじい硬音と共に、エルリオの体の周囲に透明な防壁が現われ、背後の男を弾き飛ばした。
「くっ…!」
 向かいのドアへ背中からぶつかりかけるところで、男は巧みに受身を取った。鍵をまだかけていなかったのが幸いで、エルリオはライフェルの部屋に飛び込む。走りながら今度は右手の甲に別の印を描いた。防壁を張り巡らせたままエルリオは窓を突き破る。
「ひえっ」
 目の前に、寮の玄関と広場を一望できる景色が広がった。ここは六階なのだ。
「何だと!?」
 背後から追いすがる男の声が遠ざかる。中空に体を躍らせたエルリオは、右手に描いた印を発動させた。背に光が宿り、粒子が集まって羽を象る。重力に逆らった動きでエルリオの体が浮き上がり、叩きつけられる事なく緩慢とした速度で着地した。
「はあ…っ」
 急に息苦しくなり、エルリオはその場で足を止めて深い息を吐いた。変化の印を使っていた事に重なり、同時に守檻の印と飛翔の印を使った事で急激に疲労がピークに達しかけていた。
(変化が解けちゃう!)
 青い作業服の全身に、淡い白光が纏わりついている事に気がつく。印の効力が薄れている証拠だった。
「くっ…」
 急いで両手の印を消して負担を軽減しようとするが止まらず、作業服の男だったエルリオの姿は、元の少女に戻ってしまった。
(もう、誰なの!?)
 焦りと共に見上げると、窓から下を覗く男と目が合った。
 男は白いワイシャツに茶ジャケットとスラックスの組み合わせと紺ネクタイという、一見すると学校職員かという出で立ち。左手に銃を持ったまま、狙撃する事を忘れて驚愕の眼をエルリオに向けて立ち尽くしている。
(今のうちに!)
 二つの紙袋を胸に抱いて、エルリオは寮敷地外を目指して走り出した。
「っは…」
 男は我に返り、階下へ降りるべく廊下に向けて踵をかえしかけ、思いとどまって再び窓の方に向き直った。
「こっちの方が速いな」と呟きながら、男は懐から取り出した鈎付きワイヤーを、エルリオによって破れた窓枠に投げつけた。鈎が枠に絡みついたのを確認し、ワイヤーの端を手にして窓を飛び越える。
「げげっ!」
 軽い身のこなしで、ワイヤーと建造物の突出部分を利用しながら確実に階下へと降りてくる男の姿に、エルリオは行儀の悪い声を洩らした。
「スゴいけど反則でしょそれ!」
 あの男は特殊な訓練でも受けているのだろうか。驚いている暇はない。ガラスが割れた音に気がついて、玄関から人影が疎らに出てき始めた。二階の雨避けまで降りてきた男は、ワイヤーを手早く胸元に押し込み、地上に飛び降りた。
「!」
 深く膝を曲げて着地し、衝撃で舞い上がった砂の円陣の中心から一気にバネのようにエルリオに向かって走り出す。エルリオも再び走り出した。門を出たところで困惑顔のミリアムとぶつかりかけ、
「だ、大丈夫ですか!?」
「走って!」
 ミリアムの腕をとって、鋭角に右に曲がる。背後から迫る足音を耳にしながら、エルリオは咄嗟に左手に印を浮かび上がらせた。
「待…」
 追いつきかけた男の声を遮断するように、エルリオは押印を施した右手を振り払った。爆音と共に石畳の地面が瓦解し、破片となったブロックが浮き上がった。不自然な動きと共に瓦礫は三叉に分かれ、エルリオの手の動きに従って男に襲い掛かる。
「なっ!」
 スーツ姿の男は咄嗟に一撃目をかわし、後方に数歩退く。エルリオは間髪入れずに再び右手を振った。
「待て!話を……」
 という男の言葉を再び遮り、瓦礫が一斉に弾け散った。
「!」
 細かい砂嵐が辺りを覆い尽くし、男の視界を奪う。
「行こう、走って!」
 すかさずミリアムの腕をとってエルリオは逆方向へ走った。
「おい!」
 後を追おうと、遠ざかる足音を頼りに男も砂嵐の中を一歩踏み出すが、瓦礫となった地に足を取られる。
「ちっ……」
 追随を諦めた男は砂嵐を避けて逆方向へ踵を返す。今の騒ぎで寮の敷地内外から人が集まりつつあった。手にしていた銃を懐に仕舞い、衣服や頭にかかった砂を払いながら男は人気の無い場所へ身を隠す。
「あの娘は何なんだ」
 人目に触れて違和感の無い出で立ちに戻るべく、着衣の乱れを直し、髪を指で梳く。ざらりとした砂の感触が残るが、我慢するしかない。口内に入った砂を唾と共に吐き捨て、一つ深呼吸を挟む。
「さて…」と独語を呟きながら、男は両目を閉じた。右手の先を額に当てて、精神を統一させる。しばらく、男の静かな呼吸音だけがその場を支配した。
 野次馬の喧騒を遠くに聞きながら、男は徐に目を開く。
 そして再び、動き出した。




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