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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT2-6
06

 空気の壁を突き破ったウェーバーの手がエルリオを襲う。まるで上空から急降下した猛禽の鍵爪だ。本能のままにエルリオは体を後ろに倒してそれをかわすが、尻餅をついて地面に転がる。
「いたっぃ…」
「それを渡してもらおうか」
 冷淡な声と共に襟首を掴まれた。
「キュー、捕まって!」
 引きずられた状態でエルリオは右手を己の肩口に当てる。手の平が火を吹くように光を発した。少女の言葉に従い白い小動物らしき物体が、彼女の体に飛び乗る。
 その動きにウェーバーが一瞬、気を取られた時だった。
 ウェーバーの目の前に、羽ばたき音を立てて白い幕が引かれた。それが白翼だと気付いた時には、襟首を掴んで引き留めていた少女の体が空中にあった。
「なっ…」
 咄嗟に胸元に押し当てた押印に呼応し、精霊がエルリオの背から翼となって姿を現したのだ。
 遠ざかる地面を見下ろせば、兵達が次々と銃を引き抜くのが見えた。白翼は尚いっそう強く羽ばたき、一人と一匹の体を中空へと誘う。弓なりの市場通り、驚く市場の人々、怒号を上げる軍の兵達、そして倒れた銀髪の男、すべてが小さく、遠ざかっていった。
「………」
 男に託された「何か」を強く左手で握りこんで、エルリオは「ごめんなさい」を心中で繰り返した。
「だめだ、当たらない…」
 瞬く間に陽光の中へと姿を溶かした少女。兵達は数発の銃弾を空に向けて放ったが、掠る様子もない。ウェーバーを始めとする軍人達は勿論だが、市場の人間も含めてその場にいるすべての人間は、しばし空を見上げた状態で呆然とする。
 始めに口を開いたのはウェーバーだった。
「一体あの娘はいくつ印を保持しているのだ……」
「あの娘、押印師のようでしたね」
「しかし押印師は他人に印を施す技術者であって、自身に複数の押印を施し使いこなす者は…聞いたことがないが…」
「ええ…」
 少なくともウェーバーがこれまでに目にした軍所属の押印師の中には、例が無かった。
「あの娘の顔は覚えたな」
 エルリオが飛び去った方向から体を百八十度翻し、ウェーバーは部下達に向き直った。
「はっ」
「すぐに手配書を用意し、検問所の数も増やすよう上部に報告と申請を。ここら一帯の目撃者に聞き込みをし、娘について知る者がいたら情報を聞き出せ」
「はっ!」
「それと……」
 空に向かって呆けていた部下達がウェーバーの命令に呼応する。
 動き出した部下達を見とめてから、ウェーバーは石畳の上に倒れた銀髪の男のもとに歩み寄る。格子模様を描くブロックの罫線を伝って、男の血液が赤黒い模様を描いていた。
「念のために、鑑識課へ輸送しろ」
 男の体は、既に呼吸をしていなかった。
「その後は、丁重に葬れ」
「了解致しました」
「以上だ」

 エルリオがJN通り付近に戻る事が出来た時には、既に二回日付が変わり、三回目の朝日が昇り始めた時刻であった。
 建物の影を選んで着陸し、変化の印を用いて姿を変えて、いくつもの検問所をやり過ごし、数度TPOに併せて姿を変えながら軍の巡回兵をやり過ごしつつ、なんとかJN通りまであと二キロほどの地点にまでたどり着いた。
「とんでもなく長い買い物だったね、エル」
 今のエルリオは、宿無し男の姿に変化していた。キューはコートのポケットに収まっている。
「軍の包囲網の緻密なこと……恐れ入るわよね~」
 声は変化効果により野太いのだが、語り口は少女のそれ。
 一応、周囲に人気がない事は確認済みだが、キューはいい心地がしない。
「もうすぐ着く。急ごう」
 自宅が近づくにつれて、焦る気持ちが高まってくる。石畳を踏み進める音が速くなった。コートの右ポケットにはキューがいる。そして、左のポケットには、あの硬い感触。今も左手でそれを握りこんでいる。
 男から渡された「何か」は、銀でできたピルケースのような小さな容器だった。ロケット仕様になっていて、鎖が付けられるようになっている。蓋の接面は溶接されており、素手で開く事はできない。自宅に帰れば、ドライバーや鑢を使って壊せるだろう。
 中身を、早く確認したかった。
 歩を進めるにつれ、自宅が目視できるようになってくる。入り組んだ路地や、乱雑に建てられた雑居ビルの合間に、見慣れた崩壊寸前のアパートメントの裏にある、螺旋階段が見えてきた。
「ん……?」
 エルリオの足が、突然止まった。
「どうした?」
「しっ……動かないでね、キュー」
 折り重なって視界を邪魔する塀や壁の向こうに、人影が見えたからだ。
 エルリオのアパートの裏に立ち、動かない灰色の影。
「………あれは……」
 三日前に市場に出向く途中に見かけた、灰色の小柄な影。線も細い。あの時と同様、頭からすっぽりと灰色の布を被って全身を隠していた。
 じっと、エルリオのアパートの裏で、上階を見上げている。明らかに浮浪者の行動ではない。誰かを待っているのだ。
(お父さんの客かしら………でも連絡は来ていない…)
 流れの押印師は、市井の人間と直接にコンタクトを取る事が滅多になかった。ワイヴァンの場合も、エージェントと付き合いがあり、そこを通じて紹介状を持った人間のみがワイヴァンを訪れてくるという仕組みになっていた。近々に訪れる客がいるという話は聞いていない。
 どうここを聞きつけたか、飛び込みでやってくる依頼者もいるのだが、エルリオは基本的にそうした客は断る事にしている。
(お父さんへの飛び込み客だったら、面倒だな……)
 さて、どうして部屋に戻るか。
 エルリオはしばし、その場で立ち尽くした。


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