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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT12-4
04

 学匠の街、レクティカ。
 ジャスミンは、雑多な商店が並ぶ通りを、人の流れに逆らって颯爽と歩いていた。
 この街は商店街と言えど白色を基調とした建造物が多く、どこにでもありそうな平凡なベーカリーまでが高級店に見えてしまうから不思議だ。
 細い横道に入り、メインストリートから二本外れた通りに出る。看板の無いオフィスや、貸し倉庫、空き室の目立つ貸しビルなどが並んでいる。その一画に、目的の看板を見つけてジャスミンは店舗の扉を開いた。錆びた蝶番の音を背に、入ってすぐに地下へと続く細く急な階段が口を開いている。切れかけの電球が目障りに点滅していた。ジャスミンは何の躊躇いもなく階段を降りていく。
 入り口の印象とは異なり、階段を降りきった先の小部屋は小奇麗だ。電球の灯りも燦々としており、階段までは打ちっぱなしのコンクリートだった壁が、オフホワイトに塗られている。だが室内に家具は極端に少なく、広げた新聞紙ほどの大きさしかないカウンターが一つと、カウンターの奥に置かれた戸棚だけ。カウンターの向こうには、奥へと続くドアが一つある。
 室内には三人の先客がいた。一人は、一目でそれと分かる国軍の制服を身に着けており、一人は役所の事務員のようなスーツの男で、三人目は白いワイシャツに黒のパンツという、学生のような風情の青年。三人三様、それぞれ離れた場所に立っており、順番待ちをしているようだった。カウンターの向こうに人影はない。
「………お疲れ様です」
 静かな会釈と共にジャスミンは胸元のポケットから、半分だけプラスチック製のカードを覗かせた。それを一瞥した三人も同じように、胸元のポケットや上着の内ポケットなどからカードを僅かに覗かせ、そして小さく敬礼をし合う。
 皆、国軍人だ。制服を着用していない二人は、隠密任務を請け負った身なのだろう。
「お待ちどう」と声がして、奥の扉から人影が現れた。本屋か雑貨屋でも営んでいそうな小柄な初老の男で、両手にダンボールの箱を抱えている。それをカウンターの上にどっかと音を立てて置いた。先客の三名はその場を動かず、店主の様子を横目で見ている。
「ええと、最初にお待ちの方」
 と、店主は先客の一人をカウンターに呼んだ。事務員姿の男が「私かな」とカウンターの前に歩み寄る。頷いた店主が箱から取り出したのは、小ぶりな辞書程のサイズの箱。受け取った男は箱の蓋をマッチ箱のようにスライドさせた。中にはぎっしりと弾丸が詰め込まれている。指先で軽く弾いて数を確認してから、事務員姿の男はスーツの懐から一丁の銃を取り出した。軍の制式セミ・オートマチックの拳銃だ。ベーシックタイプのグリップ部分にカスタムが加えられている。
(見かけと違って、銃のカスタムは個性的なのね)
 変装の為、七三に分けられた髪型と地味なスーツと眼鏡のいでたちが、銃のカスタム具体と奇妙なギャップとなっていて、少し可笑しかった。男は弾丸を弾倉に詰め、残りを内ポケットに。そして最後に安全装置を留めた拳銃を反対側の内ポケットに仕舞いこんだ。
「武運を祈るよ」
 空箱を捻り潰しながら店主が口端で笑うと、事務員の男は片手を上げて踵を返し、無言で店を去っていった。
「………」
 地上へと昇っていく足音が遠ざかるのを、ジャスミンは階段方向を見つめて見送る。こんなアカデミックタウンにも、武器・弾薬の補充にやってくる軍人が絶えないのかと、少しの驚きと共に思う。同じように、二人目も呼ばれてカウンターに赴く。制服の男だ。こちらは弾薬の補充のほか、カスタム部品も受け取りその場で工具をいじっている。
 こうした場所は「サプライヤー」と呼ばれており、アリタス各所、国軍地方執政局の管轄内であれば、ほぼ全ての街に設けられている。各地域で任務にあたる国軍人が武器や弾薬、装備品の補充ができるのだ。
「お次、どうぞ」
「あ……はい」
 気がつくと、先客ニ名の姿は無かった。カウンターの隅で、制服の男が黙々と武器のメンテナンスを続けている。ジャスミンは懐からカードを取り出しカウンターに置いた。カードには、ジャスミンの顔写真、そして国軍人である事の証明文と、偽名が書かれている。
 当然、かつて自分が持っていた本物のカードを元に作った、偽造品だ。
「これをお願いします」
 カードと共に、メモも一枚カウンターに乗せる。主人はカウンターの向こう側に置いてある書類と、ジャスミンによる提示物を照合し「はいよ、確かに」と応えて奥の部屋へと消えていった。
 国軍人がサプライヤーで備品を補充する場合、国軍人身分証明書と「ライセンス」と呼ばれる許可が必要となる。ライセンス発行の手順には二通りあり、事前に国軍がライセンスを発行しサプライヤーへ連絡する方法と、備品が必要となる者が直接サプライヤーにライセンスを発行してもらい即時に供給を受ける場合。緊急事態の場合、後者の手段をとる場合が多いが、後日サプライヤーから直接「管理局」へ請求連絡が行くため、ジャスミンのような場合は前者の手を使う方が安全なのだ。
「ほい、お待たせよ」
 と、奥の扉から再び店主が現れる。両手に小ぶりの箱を持っていた。これは、ジャスミンが予めシュトル局勤務のラファルを通じてライセンスを発行してもらったもので、この場合は「管理局」を直に通さないために「安全」だ。よほどの事態でも無い限り、厳密に調査される事はない。
「持つべきものは国軍のコネ」と、裏界隈では言われているようだが、まさにそうだとジャスミンは実感する。
「しかしまあ、最近増えてきたな」
「?」
 受け取った弾薬を武器に装填するジャスミンに、店主が言葉を向けてくる。
「あんたみたいな、若いお姉ちゃんが単独任務を任される事がさ」
「確かに、そうかもね」
 ジャスミンが現役だった時分から、単独潜入や捜査を任される機会は多く、女性戦闘員の数も増えている。怪しまれにくいという点で、女性捜査官の方が重宝されるケースも多いのだ。
「どんな任務なんだい?」
「オトリ捜査ってとこかしら」
「危険な任務だな…ぐれぐれも気をつけておくれいよ」
 淡々と武器の調整を行うジャスミンの姿に、店主は太い眉をハの字に下げた。
「キレイな顔のお姉ちゃんや、あんたみたいな華奢な体のお姉ちゃんに風穴が空くとこなんざ、想像したくないからね」
「細いから、弾にも当たりにくいのよ」
 表情を変えぬまま冗談で応え、ジャスミンは武器の整備を終えた。最後に「ありがとう」と肩越しに微笑み、振り返る。店主が名残押しそうに見送っていた。黙々と武器を調整していた制服の男も顔をあげ、敬礼を向けてくる。それに同じように敬礼で応えて、ジャスミンは階段を駆け上がった。
 出口付近で、新たな制服の男とすれ違う。お互いに無言で敬礼を交わして、男は地下へ、ジャスミンは地上へと駆け出した。
 この「阿吽」のやりとりが、なんだか懐かしい。お互いに素性を知らなくとも、もう二度と見ない顔になるであろうとも、一本の糸で繋がっているような連帯感、そして親近感が根に生まれてくるものだった。
「ふう…」
 雑念を振り払うために、ジャスミンは一度立ち止まって息を吐いた。
「さて」と独り言を漏らして前を向き直る。
「あの子たちは…上手くやっているかしら」
 そして、別の場所で行動を起こしているであろう二人の少女達を、思いやった。


 この一時間程前。
 ジャスミンがサプライヤーに出向く事になった原因は、医務官の尋問後、ライフェルの死に、その友人であるローランドが疑問を抱いたのが始まりだ。

 友人ライフェルの自殺に納得がいかないと、ジャスミンの静止を振り切りローランドが踵を返した。
「待ちなさい!」とジャスミンが咄嗟に彼の腕を取る。
 そして……―
「寮棟の、あいつの部屋に行きます」
 そう言ったローランドは、腕を振り解こうと体を引いた。だが細腕の見かけに拠らないジャスミンの握力に、腕を払う事が出来ない。
「部屋?」
 あからさまに眉根を顰めたジャスミンにひるむ事なく、ローランドは主張を続ける。
「あいつが落ちた窓は、あいつの部屋だったんです。自殺、他殺いずれにしろ、何かしらの手がかりがあるはずですから」
 言い終わるや否や、一瞬ゆるんだジャスミンの手を振り解こうと試みる。
「これだから学者肌の人って……っ」
 苛立たしげな小さい舌打ちと共に、ジャスミンは空いた片手を振り上げた。
 乾いた音が高らかに響き、「あちゃあ」「いたた…」と目を瞑って肩を竦める少女達の呟きが尾を引く。クラースも丸眼鏡の向こうで両目を細めていた。
 軽く叩いたつもりが、ローランドの体が少なくとも二メートルほど飛んでいた。
「だ、だ、いじょうぶですか、君」
 慌ててクラースが駆け寄る。
「はっ……ご、ごめんなさい、つい」
 赤くなった手の平の痛みで我に返ったジャスミンも、ローランドの傍らに膝をつく。それ以上に赤く色づき、腫れかかっている頬を押さえ、ローランドはクラースの手を借りてやっと起き上がった。
「…………」
 頬を手の平に包んだまま俯く年下の学生の様子に、さすがに心配になってジャスミンが顔を覗きこむ。
「俺……将来は科学捜査官を目指しているんです」
 ぽつりと、ローランドが呟く。口の中が切れたのか、舌が回りきっていなかった。
 科学捜査官は、理学や医学等を学んだ学生が志望する業職の一つだ。警察局に敷かれた部の一つで、科学的立証の元に案件捜査を行う。鑑識の仕事のみならず、その知識は幅広い現場で要求され、要所で重要な役割を担う。
「ライフェルの死は、不可解です。矛盾しています。納得できる結果ではない」
「あなたが納得するか、しないか。そういう話ではないわ」
 あえて冷たく言い放つジャスミンへ、「でも!」とローランドは喰らいつく。再び殴られるのでは、という恐怖は持ち合わせていないようだ。
「あなたも警察局に所属していた経験がおありなら、俺の気持ちが分かるはずです!違いますか?」
「………」
 肯定とも否定ともとれる無言が挟まる。
(気持ち……?)
 エルリオはジャスミンの横顔を見つめる。警察局にいたからこそ分かる、ローランドの気持ち。それがどういう物なのか、具体的に知りたいと思った。頭の中で様々を示唆しているうちに、ジャスミンが小さく首を横に振る。
「それで、納得しないあなたは何をするつもり?」
「何って…、あいつが死ななければならなかった理由を突き止めます」
「つきとめてどうするの。それに、その前にあなたが死ぬことになるかもしれない」
「な……」
 厳しいジャスミンの言葉に、ローランドは言葉を失くし、エルリオは目を丸くした。クラースとミリアムは、実感が沸かないようで子供のようにぽかんとしている。
「遺体はロクに検分される事なく片付けられ、事故か自殺という診断書が作られる。そしてもし、あなたの死因に疑問を抱いた家族か友人がいたとすれば……似たような運命をたどることになるのでしょうね」
「それはもしや…?」
 ローランドは、それが暗にライフェルと自分の事を示していると気が付く。
「敵は一人ではないのは明らか。しかも司法手続きを操作できる様子。一介の学生であるあなたなど片付けるに容易い存在よ。科学捜査官志望なら想像つくでしょう?」
「………」
 よく理解しているだけに言い返す言葉を失ったローランドは、座り込んだ地面を見つめて俯く。
「お友達には本当に気の毒だけど……あなたの将来の夢と家族や友人を危険に晒したくないのなら」
「あきらめなさい」と静かに忠告し、ジャスミンは立ち上がる。ローランドは項垂れたまま、動かなかった。
 それをきっかけに、会話が切断されて沈黙が漂う。貯水池にかかる枝垂れ樹の狭間から漏れ出す鳥の声だけが、軽快なリズムを響かせていた。
 沈黙が空気を支配する中で、
「でも私、この人の気持ち、わかる気がする」
 エルリオは思案を声に出していた。
 面々がエルリオを振り向き、最後に顔を上げたローランドと視が合う。ジャスミンの忠告を受けて失望する彼の姿が、いつかのエルリオ自身と重なる。熱風を浴びながら燃え盛るアパートメントを見上げていた時が、それだ。父親の遺体が、崩壊していく建物と共に焼け落ちていく様を見ているしかできない。手を伸ばそうとも届かない、見えない運命の壁を前にした時の焦燥と絶望感。だけれど、どうしても諦め切る事のできない足掻きが怒りとなって体の芯から湧き上がってくる時の、苛立ちと熱。
「知りたいのに、知る事ができないって、すごく辛い」
 想いが的確な言葉とならない歯がゆさが、エルリオの首筋にちくりと刺さる。
「原因を知って、それからどうするかなんて、知ってみないと分からないよ」
「………」
 ジャスミンは、じっとエルリオの言葉を聞いている。黒曜の瞳をまっすぐエルリオに向けて、
「事実はいつも、真っ直ぐとは限らないの」
 そう低く、静かに言葉を向けた。
「どういう、こと…?」
 首を捻るエルリオの隣で、ミリアムも柔らかい前髪の下で眉を顰めさせる。そんな少女二人と変わらない不安げな面持ちで、ローランドもジャスミンを見つめていた。
「さっき、彼が言ったわね。「警察局にいたなら、自分の気持ちが分かるはずだ」って」
 エルリオは強く首を縦に振った。
「どういう事か、教えてあげるわ」とジャスミンは、少し伏せ目がちな視線を上げた。
「警察局は「法の防人」と呼ばれている。国が定めた法に沿った「正義」を立証させるために、存在するの」
 法を元に「正」か「悪」かを立証させるために動く二種類の人間が、警察局内には存在する。一つは「捜査官」。科学調査、鑑識、時に強行手段として武力行使等、あらゆる捜査手段を駆使して「事実」を追究する人々。
「私はこの、「捜査官」側の人間だった。主な役割は武力行使の部分だけれどね」
 そこでジャスミンの視線は、ローランドを一瞥した。ローランドがジャスミンに訴えようとしていたのは、「事実追究」を行う側にいた彼女のプロ意識。それを問おうとしていたのだ。
「そしてもう一種類の人間。捜査官からもたらされる情報を元に、誤り、不正の有無を追究するいわゆる「検察官」と呼ばれる人々がいる」
 ローランドに向けられたジャスミンの瞳に、厳しい光が宿る。
「ここで常に必ず、パラドックスが生じるの」
「パラドックス?」とジャスミンの言葉を繰り返したのは、ミリアム。
「矛盾、という事ですよ」
 そう補足したのはクラースだ。それに頷き返してジャスミンは言葉を継ぐ。
「私達が突き止めた「事実」がもたらす結果は、必ずしも「法」が定める是非に則すとは限らない。これがどういう事か、分かる?」
「法律は、よく分からないや……」
 少し迷ってから、エルリオは首を傾げた。押印師として法をかいくぐるための知識は身につけてきたつもりが、国の法曹構造自体はさほど詳しくなかった。
「この国にとって何が正しいか、悪いのか、決めるのは「事実」そのものじゃない。法律なの。法律はこの国を護るための防具。私達が突き詰めた事実がこの国にとって都合の悪いものである場合、それは法の防人達によって潰される」
 この国にとって法律とはそういう物だ。ジャスミンの言葉に、三歩離れた場所に立つクラースは否定を示さなかった。
「……そんな、納得いかない事ばかりで良いのですか?」
 そう疑問を口にしたのは、ローランドだった。徐々に、ジャスミンの謂わんとしている事が分かってき始めているようだ。エルリオは肩越しに彼を一瞥して、またジャスミンに向き直る。
「私は、仕事の為に命をかけてきたわ。隠すために、暴く。非とする為に是を求める。だから、パラドックスなの。科学捜査官を目指すなら、心得ておいた方がいいかもしれない」
 当然の事ながら警察局の人間は、全て国軍人で構成されている。国軍人とは、国を護るために命を捧げ、その見返りに自身及び家族の生活と、地位が保障される人種だ。納得するもしないも、彼らの全ての行動はこの国の為にある。そう、自らに植え付けているのだ。
「脱線したけど…「事実」の追究は「事実」にたどり着くとは限らない、それに、そこに辿り付くまでに多く物を失う可能性もあるって事を言いたかったの。そして例え、真実にたどり着いたとしても、それが昇華される確証は保証できない」
 特に今回のように、組織がかった影の存在が感じられる場合は。
 ジャスミンはそう付け加えて、唇を閉じる。彼女の背中には、子供である自分達では計り知ることのできない過去の影が聳えている、エルリオにはそう感じられた。
「私は、それでも……それでもやっぱり知りたいって思う」
 重量を増していく空気を押し上げるように、エルリオは両手を強く握り締めた。失う物はもう、何も無いのだから。唯一の家族である父親は死んで、ACCの家も捨てて来た。何も恐れることはない。
 だが、ローランドは違う。
「………」
 ジャスミンの言葉を受けたローランドは、静かだった。友人ライフェルの死に加え、目指していた科学捜査官の「現実」を突きつけられたのだ。軽度の自失状態になっているのだろう。
(やっぱり、似てる…あの時の私と)
 座り込んだままの彼を見て、エルリオは額に刹那の熱を感じた。熱風と共に飛んできた火の粉が、額や頬にぶつかっていった夜を思い出す。
「私達で、何か探れないかな」
 エルリオの口から出たのは、そんな思いつきだった。思いつきというよりは、素直に口から出た本心だ。
「え…?」
 目を丸くして、ローランドが顔を上げた。ジャスミンは存外、冷静にエルリオの言葉を聞いていた。ミリアムも、じっと表情を変えずに様子を見つめている。この顔をしている時のミリアムは、内面でリューシェと何かを語り合っている。
「ごめん、そうは言ったけど、ローランドさんのためだけじゃないんだ。実はどうしても気になる事があって…それをほうっておくのは気持ち悪かったから」
「いいんです。俺もですから」
 エルリオの言葉を継いで、ローランドの声。声調が戻っている。殴られた頬から手を離して立ち上がり、自分の胸元に手を当てた。
「ライフェルが死んだ理由には勿論、納得がいきません。ですが「死に方」はそれ以上におかしい。皆さんも見たはずです、あいつ…体の内側から…砕け散ったようにしか見えなかった……」
 思い出す事が辛く、ローランドの語尾は消えうせそうに萎む。
「私も、見た。あんなの、普通はありえないよね?」
 隣でエルリオも、声を張る。その側から、
「あの…私も見ました……」
「私も……です」
 と遠慮がちにミリアムとクラースも続く。
「でも、「押印」の世界ではありえる話なんだよ」
 そう続けるエルリオに、皆が一斉に振り返った。
「精霊の暴走にはいろいろ形があるけど…、「爆発」する場合もあるんだ。押印した箇所が、印ごと破裂して体を傷つけちゃう。実際に見たことないけど事例はある。お父さんの資料で、見た」
 捜査セオリーの一つ、「ありえない出来事の裏に精霊印の存在をまず疑え」は正しかったようだ。
「だから……今回の件も気になるの…」
「………」
 エルリオを含む、縋るような四つの視に見つめられ、ジャスミンは長く深い溜息をついた。二呼吸分の沈黙の後、
「……だから見るな、って言ったのよ…」
 低く呟いて、ジャスミンは長いポニーテールをおざなりに手の甲で跳ね上げた。黒く艶やかな尻尾が、生き物のように揺れる。
「何か、知ってるの?ジャスミンさん」
 とエルリオが問う。ジャスミンは確かに「見ちゃダメ」と皆に向かって叫び、ローランドをライフェルの体から引き剥がした。彼女はあらかじめ、ああなる事を知っていたのだ。
 ジャスミンの黒い瞳が、エルリオの茶色い瞳を見やった。薄い唇を結んで真っ直ぐに真理を問い詰めてくるこの時のエルリオを、ジャスミンは「幼い少女」とは認識していない。軍役時代の無能な上官より、よほど頭が良く、時にあどけないだけに油断ならない存在だ。
「久々に」
 ポニーテールの揺れが止まる頃、ジャスミンは改めてエルリオと、そしてミリアムへ順番に視を向けた。
「命をかけてみようかしら」
 言いながらジャスミンは胸元からカードを取り出し、表面を一瞥してまた仕舞い込んだ。
 こういう気持ちにさせられた人間は、ヴィル以来だ。血の気が多い自分は、やはりこういうのが向いている。ジャスミンは口の中で小さく笑った。
「い、命を?」
 勢いに任せてみたものの、エルリオはジャスミンの言葉に目を丸くする。
 命をかける。
 それを口にした時、常は平静な彼女の黒曜の瞳の奥で、紅が灯ったように見えた。





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