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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT12-1
廻る逢瀬III

01

 ACC国軍本部研究棟内事務局。
 アーサー・ノーブルは電話を切ると、一つ大きな息を吐いた。
「どうしたんですか?」
 近くにいた事務員の女が尋ねてくる。
「学生さんからの相談事ですか?ビミョーな年頃の子達と接する機会が多いって、大変ですよね」
 事務員は一人合点してアーサーに同情の笑みを向けると、「私は教師なんて絶対に無理だわ~」と呟きながらまた仕事に戻っていった。
「本当に大変ですよ」
 と返事をしつつ、アーサーは研究局の総務室から出た。しばらく人通りの多い廊下を緩慢とした速度と歩幅で進み、そこから人のいない道筋を選び、裏庭に出たところで走り出した。庭を突っ切り、研究棟から中央棟への最短距離を目的地まで進んだ。
「どちらへお繋ぎしましょうか?」
 本部中央棟。司令局の入り口受付に座る無機質な口調の士官が、少し息を切らせるアーサーを出迎える。胸元に付けた身分証明書を見せつつ、「司令部のグスタフ准将にお願いします」と取次ぎを願う。アーサーから会いに行く場合はこのように面倒な手続きが必要となるため、二人の友人が会う時はもっぱら顔パスがきくライアンがアーサーの元に出向く事の方が多かった。
「許可が下りました。どうぞ」
 内線で確認をとった受付係に促されるまでもなく、アーサーは「どうも」と言い残してライアンの執務室に向かった。観音開きの重厚なドアをノックすると、内側から開いて、二つの顔が出迎えた。司令部内でも有名な双子の護衛官、リディル中尉姉弟である。
「「どうぞ、お入り下さい」」
 よく見知ったアーサーの顔を見止め、双子は室内を示して会釈する。シンクロした対称の動きが、まるで遊園地等で見かける人形のようだ。これは、ライアンによる喩えで、これを聞いた双子はえらく憤慨したらしい。無理もなく、遊園地にある「おでむかえ人形」は、知恵足らずのように首をぶらぶら揺らしながらお辞儀を繰り返す、滑稽なものなのだから。ちなみに、ライアンに全く悪気は無い。「可愛らしい」という意味で使っていたようだ。
「どうした、久しぶりに昼メシでも食いにいくか」
 アリタス国軍司令部、ライアン・グスタフ准将は、ベッドほどはあろうかという巨大なデスクに腰掛けて書類を読んでいたところだった。
「これを見てくれ」
 ライアンが手にしている書類の上に、アーサーは電話口で書き取ったメモを置いた。
「…………」
 最初の数文字を見たところでライアンは目を見開き、上目でアーサーを見た。いつもは不精に伸ばした前髪に隠れているアーサーの青白い面持ちが、今日は僅かに紅潮している。本人は精一杯、内面を隠しているが、ライアンには分かった。
「三十分以内に、だ」
 メモには書かれていない条件をぽつりと口にしたアーサー。ライアンは口をあけて顔を上げた。
「おいおい、無茶苦茶だな。俺が不在だったらどうするつもりだったんだ」
「考えられる限りの手段を使って探して、呼びつけるさ」
「……まあな。お前ならそうしてくれるだろうよ」
 言い終わるが早いか、ライアンは書類をデスクに放り出し、メモだけを上着のポケットに突っ込んだ。壁にかかるコートを引っつかみ、戸惑う双子に「昼飯いってくる。お前らも行ってこい」と手を振った。将軍は、二人の返事を待たずにアーサーを連れて部屋を出て行く。
 人気が多い廊下を、ライアンはいつも通りの速度で大股に歩き抜ける。その一歩後ろを、アーサーがついて行く。廊下をすれ違う将官以下の士官達は、ライアンに道を譲り、敬礼で見送る。それが本部内での目上の者に対する軍規だ。
「近道しよう」
 渡り廊下手前を急に折れ曲がり、ライアンは裏庭へとアーサーを誘導した。近道も何も、このまま渡り廊下を抜ければ目的地なのだ。意図を汲み取り、何も言わずにアーサーは従う。建物が日陰となって花も育たないために、裏庭は中や表と異なり常に閑散としている。赤錆色の扉を後ろ手に閉めたライアンは、改めて上着のポケットからメモを取り出した。
「これ、いつどこから来たんだ」
「十分前。研究室の事務局の電話にだ」
 アーサーにメモを突きつけるライアンの口調は、興奮していた。
「あいつか、あいつ本人からか?」
「お前に会いたいと、言っていたよ」
「そうか…」
 脱力して、ライアンは赤錆の扉に背を預けた。「そうか、そうか」を何度か口の中で繰り返し、
「生きてたんだな……生きてたんだな?」
 と目の前の友人に問いかける語尾は、少し震えていた。
「あまり変わっていないみたいだった」
 アーサーの答えに安堵し、ライアンは手元のメモを改めて見つめた。
「キルギストックか……なんでこんなとこに。もしやレイブリック顧問の所にか?」
「さあ。ただ、キルギストックには二日といないと言っていた」
「次の目的地は?」
「言わなかった」
 また「そうか」と数度呟いてから、ライアンは扉から背を離し、踵を返した。
「三十分以内だったよな」
 背中だけでアーサーに問う。「あと十五分強だな」という答えに、「充分だ」と返してライアンは勢いよく鉄錆びた扉を再び開けた。
 渡り廊下の先に、「管理局」と書かれたガイドプレートが見えてきた。入り口に受付が設けられている。管理局の一画では士官用の備品、武器、弾薬、装備品を保管しており、本部の執政区画や司令区画についでセキュリティーが堅強な場所の一つだ。だが受付係はライアンの姿を目視し会釈のみで、呼び止める事はしない。いわゆる「将軍職の特権」である顔パスだ。
 ライアンは真っ直ぐ「サプライヤーライセンス」とかかれたプレートの受付に向かう。先に何人か順番待ちをして並んでいたが、ライアンの「悪い、急ぎなんだ。いいかな」の言葉で一斉に列が空けられる。以前、「将官なんて肩書きは窮屈なだけだが、こういうところは便利でいいかもしれない」とライアンが言っていたのをアーサーは思い出した。
「悪いな、ごめんな」
 敬礼する面々に一言ずつ謝りながら、ライアンはデスクにメモを差し出した。アーサーが持ってきたメモそのままである。係員はメモを一瞥すると、心得たとばかりに小さく二度頷いた。
「承りました。ライセンス発行の手続きを行います」
「超絶に緊急なんだ。先方に電話でもして進めてくれないか」
「かしこまりました」
 微塵の疑問も持たず、係員はメモを見ながら、傍らの受話器を取り上げた。


 同時刻。同じくACC国軍本部、こちらは研究棟研究局。
 その一室で、珍しく溜息をついているソラリス医師がいた。
「どうしたんです、「医務官殿」」
 国軍研究局付押印師ラルフ・イレイズは、ACC国軍研究局ラボの一画でたそがれている女医務官に声をかけた。国軍研究局付の医務官、ソラリス・クリューガー(年齢不詳)である。
「ちょっと今日は医務局に居難くて。ここの方が静かで落ち着いて仕事が出来るの」
 今日は細く赤い縁の眼鏡を着用しているソラリスは、先日見た時よりも若く見えるから不思議だ。先日は高く上げていた髪の毛が、今日は低い位置で結ばれている。こうすると、学生の様にも見える。彼女の手元には、書類が規則正しく積み上げられていた。
「また、どうして?」
 ラルフは何の気なしにソラリスの向かいに腰掛ける。両名は、押印を施す者と、被押印者のメンテナンスを担う医師として業務における関係性が密接で、こうして共に時間を共有する事は自然な事だった。
「ソラリスが流出しているって話、知っているでしょ?」
「別にそれはソラリス医師の責任ではないじゃないですか」
 今更感もある。被押印者の苦痛を和らげる鎮痛薬「ソラリス」が民間に流出しているらしいとの事実が発覚したのは、もう何年も前の事だ。その情報を軍部にもたらしたのは、元民間押印師のラルフである。
「原料となる薬草の横流しをしているという容疑者が特定できたみたいで、どうやら今日明日にでもACCから派遣された部隊が現場に突入するらしいのよ」
 ようやく掴んだ尻尾とあって、医務局内でもその話題が流れていた。民間で薬物濫用した結果の暴走者頻出に、ソラリスも頭を痛めていた。それだけに、居た堪れなくなったのだ。
「私…「ソラリス」はそんなつもりで作ったんじゃなかったのに……」
 書類の上に肘をついて、力なく溜息を洩らすソラリス。ラルフはかける言葉を選びながら、頷き返す。
「分かってますよ、みんな」
「色々な事を棄ててまで作り上げてきたものだったのよ」
 普段は気の強い女性が見せる弱気な表情ほど、どきまぎさせられる物はない。
「大戦の時に、私は軍医の下で助手として従軍していたから…押印で苦しむ士官を大勢見てきた。でも彼らは印を使わざるを得なかったのよ、あの戦争では。自分や、仲間や、国を守るために」
 少しでも彼らの苦しみを和らげるために開発したのが「ソラリス」だった。鎮痛効果のみという点で、根本の解決にならない事は分かっていた。だからこそ、医務局で使用の徹底管理を呼びかけてきたのだ。
「濫用されたら…あれはただの悪魔の薬だわ」
「自分にとっては、天使の薬ですよ」
 ソラリスの語尾に被さった深い溜息に、ラルフの軽妙な言葉が重なった。
 肘をついた片手で目許を覆い隠していたソラリスは、顔を上げる。
「俺が駆け出しの違法押印師だった頃…」
 ラルフによる突然の昔話にソラリスはわずかに首を傾げる。
「何故、軍が「押印」を民間で禁止しているのか理解できていなかったんですよね。力の無い人間が、ほんの少し精霊から力を借りるだけで、不可能だった事が可能になる…そんな奇跡のような技術を軍が勝手に独占してるんだって思ってました」
「若いわね」
 ソラリスが僅かに微笑んだのを受けて、ラルフも笑った。
「だけど、ある時「ソラリス」が裏で出回るようになってから、押印する方もされる方もどこかタガが外れてしまった。惨い死に方をする人が増えたり…子供から親を奪ったり、時には幼い子供さえ、まともな死に方をしない…そんな事が頻発するようになって」
 凄惨な光景を思い出しているのだろう、ラルフは数度首を横に振った。
「色々みてきて、俺は民間から足を洗おうと思った。結局人間は、あるがままの運命を受け入れて、自然のままに生きて老いて行く事が大切なのだと思うようになったんですよ」
「それで、軍に出頭したってわけ?」
 ラルフが元民間の押印師で、軍でも裁判を受けた過去のある前科者である事は研究局内でも有名だった。数年の受刑期間を経た後、現在は軍属の押印師としてACCに留まっている。民間の情報に精通しているとして重宝されていた。
「俺にそう思わせてくれた「ソラリス」は奇跡の薬なんです」
「上手い事言うじゃない」
 肘をテーブルから離したソラリスは姿勢を正した。背骨を真っ直ぐと伸ばした姿、それがいつものソラリス医務官だ。
「ありがとう、少し元気になったわ」
 そう言って、ソラリスは対面に座る「戦友」に微笑んだ。
「少しだけですか?」
 呼応して笑い、ラルフは手にしていたペンを手の中で一回転させた。
「女の悩みは色々あるのよ。男と違って」
 いつもの皮肉を転がしつつ、「来てくれてちょうど良かったわ」とソラリスが机に置いてあった書類の一つを手に取る。
「この間のグレリオセントラルの件、それの血液データの照合を進めているのだけどね」
「ああ、田舎町殺人事件ですか。自分の方も検体の写真が来たんで、調査しているところなんですけど」
 精霊印に関わる事件の捜査係。これも両者が受け持つ共通業務の一つだ。キール大佐が担当するグレリオ・セントラルでの退役軍人殺人事件。ソラリスは現場から採取された血液と、軍部内で保持している血液データの照合を。ラルフは遺体に残された「印」と思わしき模様の調査を任されていた。
 ソラリスは周囲を二度ほど見渡し、近くに人気が無い事を確認した。そして対面に座るラルフに顔を近づけ、小声で語りかける。
「一人、血液データがサンプルの片方と合致したのよ」
 今回、ソラリスが調査している証拠物件の血液サンプルは二つ。
「すごい。読みが当たったわけですか」
 あわせてラルフも小声で感心する。
「グレリオ出身軍人の血液情報の中から…ね」
「誰なんです?」
 その問いに、ソラリスは手にした書類を指差した。
「ライズ・グレリオ・サイファ。十数年前に退役しているわ。退役時、准将」
「将官殿ですか。随分なお偉い様ですね」
 ソラリスが指差す書類には、退役軍人と思わしき人物の名前が一覧になっていた。その中に、赤いマーカーで二重丸がされている名がある。
「この人、とっくに死んでいるのよ」
「…え?」
 ラルフは顔を上げた。危うくソラリスに頭突きしそうな距離だった。
「ライズ・グレリオ・サイファは大戦中に戦死している。戦死当時、中佐」
 ソラリスの声が更に小さくなる。
「ああ、殉職で二階級特進、て訳ですか」
 一つ疑問が解決して頷いて、直後にラルフは最も重要な疑問に立ち戻る。
「でも何で…故人の血液が先日起きた殺人事件で検出されるんですか」
「わからないわよ」
 ソラリスは即答した。
「間違いないんですか?」
「間違いないわ」
 また即答。ここで一度言葉を止めて、ソラリスは机の上に重ねられた書類から、また新たな一枚を取り出す。
「水や泥やら混在物が多いから難しかったけど、かなりの確率で本人と言えるデータが出たわ」
「血縁者とかでは?」
「兄弟、親子は確かに類似する。でもそんな次元じゃないの」
 血液の鑑識に詳しくないため、それ以上の示唆を行う事がラルフには不可能だった。「うーん」と一つ呟いてから、ごく一般的な問いを口にする。
「本当にその人は死んでいるんですか?」
 軍の書類上だけの「死亡」、つまり情報詐称が行われている人物の可能性はないのか。常識的に、それしか考え付かない。医師として、それを最も理解しているのがソラリスのはずだ。
「彼は絶対に死んでいるの」
 自分でもそれがよく分かっているようで、ソラリスは断言する言葉と裏腹に、状況を納得しきれていない当惑を双眸に浮かべていた。
「何故言い切れるんですか」
「だって私がこの目で見たのだもの」
「見た…?」
「大戦当時、私はまだ新米の医務官で、軍医である上司の助手をしていたわ。その時、私は「ライズ・グレリオ・サイファ」の遺体収容に立ち会って、死亡報告書を書いた」
「……」
 思わずラルフは沈黙した。
「確かに、書いたの」
 己を再確認するように、ソラリスは右手に持っていたペン先で机を小突いた。




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