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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT11-10
10

 イルトの焦りをそのまま伝えるかのように、レイブリック家の代表電話がけたたましく鳴った。
「少々お待ち下さいませ」
 と冷静な動きで執事が取り継ぎ、
「先ほどのお連れ様よりお電話でございます」
 と冷静な言葉と共にグレンに受話器が渡った。様子を見ているジョルジュ・レイブリックに、受話器の向こうから若い焦燥した声が、そして数度頷いていたグレンの顔色が良くない方向に変わっていくのが見られた。
「君は平気なのか。そうか…ではそれを持って、すぐにこちらに来なさい。部屋はちゃんと鍵をかけて。室内は極力いじらないように。ホテルの人にも知らせてはだめだ。いいね」
 グレンは「うん」「そうだ」を数度繰り返し、低く、緩やかな声を保つ事で電話の向こうにいる相手を落ち着かせようとしている。効果があったようで、受話器の向こうから漏れてくる声が小さくなっていた。
(相変わらず、目下の人間の扱い方が上手い奴だ)
 電話の対応を眺めてレイブリックは思う。口調が生意気な十代の青年が、受話器の向こうでしおらしく頷く様子が目に浮かぶようだ。
 最後に「気をつけるんだよ」と言ったグレンの口調は穏やかだったが、電話を切った時の面持ちには沈痛の色が浮かんでいた。
「どうしたのだ」
 とのレイブリックの問いに、グレンから即答は戻ってこなかった。少し躊躇うように間を空けて、彼は静かに答える。
「先ほどお話しした連れが……どうやら何者かに連れ去られたようなのです」
「何だって」
 流石に驚きを隠せず、老将は背もたれから体を離した。少し離れた場所にいる執事も、僅かにこちらを振り向く。
「犯行者の心当たりは?」
「ありません」
 短い即答が返る。
「原因の心当たりは?」
 この質問に、グレンは一呼吸を置いて答えた。
「……恐らく、植物園に行ったのだと思います、が」
「植物園か」
 そう相槌と共に深い溜息を洩らす老将の様子に、グレンは眉根を顰めた。
「さっき説明した部隊だが」
 レイブリックは席を立ち、文机上のブックエンドに無造作に挟まれていた書類を取り上げる。それをグレンと向かい合うテーブルの上に広げ、緑色の面積が広い部分を指差した。
「突入先はここだ」
 キルギストック国立第一植物園。
 地図にはそう書かれていた。
「植物園……」
 レイブリックの説明によると、植物園を管理する庁舎内に、裏ルートとの癒着疑惑のかかった人物の存在が明らかになったという。
「どうやら、巻き込んでしまった可能性があるようだな」
「…………」
 グレンは口元に手を当て、溜息を隠した。そして低く呟く。
「私も鈍ったものです……このところ、読みが外れてばかりだ…」
 グレンの言葉の後半は、独語となり空気に消えいった。
 俯き、肘をついた手を額に当てたグレンの面持ちには暗い影が落ちており、負けん気の強い子供がやるように、固く結んだ唇を噛んでいる。
(こういうところも、相変わらずだな)
 その様子を見て、レイブリックは内心で苦笑する。必要以上に責任を己に圧し掛からせる所も、昔から変わっていない。
「その行方不明となった連れについて、詳しい話を聞こう」
 言いながら、老将は立ち上がる。
「できるだけの協力はする。この町で起こった事は我が一族の責任でもあるからな」
「―っ」
 顔を上げたグレンの頭を、レイブリックは無造作にかき回した。
「教官…」
 前髪をくしゃくしゃにされたグレンは、心底驚いた様子で目を丸くして元上官を見上げる。誰かにこんな風にされたのは、暫く無かった。久々に見た部下時代と同じグレンの表情に、レイブリックが不敵ながら満足そうな笑みを浮かべる。
「『俺が間違ったんじゃない。世の中の方が間違ってるんだ』なんて都合のいい名言もあるのだぞ」
「それは……」
 グレンは思わず苦笑する。
 それは負けず嫌いな悪友、ライアン・グスタフがよく口にしていた言葉であった。


 路面電車が止まりきらない内に、イルトはタラップから飛び降りた。そのままレイブリック家屋敷に向けて走り出す。正午過ぎであるせいか、午前中よりも人波が濃くなっている。
 上着のポケットに突っ込んだ、ミソラの物と思われる千切られた袖と、二人分のルームキーを気にしながら、イルトは人込みの間を縫いながら早足で通り過ぎる。
(何でグレリオを出て早々、こんな事が起きるんだ…)
 考えても仕方の無い事がぐるぐると脳裏を高速巡回する。
(世の中ってこんなに物騒なのが普通なのか?)
 酷い誤解だが、グレリオしか知らずに育った十代の若者にとって、故郷を出て早々この非常事態はあまりに突飛すぎた。
 ミソラは無事だろうか。結局たどり着くのはそこだ。
(まさかどっか遠い所に売り飛ばされたりしてないよな……)
 相も変わらず発想が貧困である自分に、イルトはまた辟易するのである。
「いてっ」
 角を曲がった所で、鳩尾に圧迫感がぶつかって来た。バランスを崩しそうになるのを堪えて前方を見ると、イルトの体にぶつかり跳ね返された小さな子供が、地面に尻餅をついていた。この道を真っ直ぐ行くと、じきにレイブリック家屋敷だ。
「悪い、大丈夫か?」
 屋敷が近づくにつれて、焦りの為に周囲が見えていなかったようだ。イルトは慌てて子供に手を伸ばす。よく見れば、幼い少女。ワンピースに、赤い靴を履いている。この辺の子だろうか。ぶつかった拍子に、甘い匂いが漂ってきた。
「………」
 少女は無言で首を横に振り、そそくさと立ち上がってそのままイルトの横をすり抜けていった。
「おーい、怪我は無……いみたいだな」
 走り去る少女は角を曲がってあっという間に姿を消した。傷を負った様子もなく、イルトは追随を諦めて屋敷に向かった。広い敷地を取り囲む塀が真っ直ぐ伸びる道は、幸い人通りが少ない。イルトは走る速度を上げて再び屋敷の正門にたどり着いた。
「?」
 来た時は固く閉じられていた門が、半分開いている。予め開扉しておいてくれたのだろうか。
「あの」
 と顔を覗かせると、門扉の裏に門衛の男の姿があった。
「あ、先ほどの」とイルトの姿を見止めて門衛は顔を上げる。再びレイブリックの書斎へ通して欲しい旨を伝えると、
「勿論ですよ」
 と愛想の良い頷きが戻ってきた。その手には、小さな花束が握られている。
「?」
 垣根を通り抜けて風がそよぎ、その瞬間、甘い微香が匂いたった。
「……それ、いつ届いたんですか?」
 頭で考える前に、言葉が口から出ていた。門衛が手にしている花束をイルトが指差すと「ああ、恐らくつまらん悪戯ですよ」と苦笑が戻ってきた。
「チャイムが鳴ったんで来てみたら、誰もいない代わりに門の前にこれが置かれていて」
「すみません、ちょっと貸して下さい」
 胸騒ぎがして、イルトは花束を受け取る。桃色の小ぶりな花々の根本が、白い布で結ばれている。リボンかと思ったそれは、白い布。嫌な予感がしてイルトはその布を解いた。
 広げてみると、それは千切られた長袖の片方だった。
「うわ、何ですかそれ」
 今度は門衛が驚いて尋ねる。
「こういう家ですから、悪趣味な悪戯を受ける事が無い事も無いのですけどね」
 一度は驚いたものの、すぐに諦観的な面持ちと共に門衛は肩を竦めた。
「いつ届いたんですか、これ?」
 同じ質問をもう一度言いながら、イルトは花束を顔に近づけた。
 甘い香り。
「ええ、お客様と入れ違いに…―」
 門衛の言葉が終わらぬうちに、イルトは踵を返して駆け出した。長い一本道を駆け抜けて、角を曲がる。
(畜生…!)
 その先に見えるのは人気の無い閑静な住宅地の光景だけで、少女の姿はもうどこにもなかった。


「グレン!」
 騒々しい足音と共に、書斎へと焦燥した息遣いが駆け込んできた。
「これを見てくれ」
 室内にいた二人が何かを言う前に、示すが早いとイルトは二つの白い長袖、そして花束をテーブル上に突き出した。
「これは……」
 眉根をしかめるグレンの呟き。問いかけに答える前に、イルトは右側の袖に上に、ホテルの鍵を置く。自分が持っていた鍵は「これが、グレンから渡されて俺が持っていったキーだ」とテーブルの隅に置いた。そして右の袖を指差す。
「ホテルに戻ったら、部屋の鍵が開けられていた。室内にこれが、置いてあったんだ。キーは、ミソラが持っていたはずだった」
「それから」と今度は左側を指す。
「こっちは、たったさっき、俺と入れ違うタイミングでこの屋敷に届いた花束と片袖だ」
「この屋敷にだと?」
 と、レイブリック。
「門衛の人が見つけたんだ。後で確認してもらってもいい」
 イルトの説明に、老将は「ふむ」と頷く。グレンが両方の袖を手に取り、眺める。付けられているボタンや、袖に施された小さな刺繍が左右同じもので、位置が対象となっていた。
「ミソラのものだな」
「俺、届けに来た奴とぶつかったのに、気付かずに見過ごした………」
「どんな人物だった?」
「女の子だ。小さな。十歳……ぐらいだと思う。その花束と同じ匂いがした」
「匂い?」
 言われてようやく、グレンは花束を手にとり、鼻先に近づけた。人工甘味料のような、胸に重い匂いだ。レイブリックも顔を近づけ、香りを確かめる。
「植物園で売られている花だな」
 そう呟いた老将は、眉間に更に深い皺を刻んだ。ゴムバンドで結ばれている花束の根本を指差す。よく見ると、バンドに「植物園」の文字が見える。その上に、ミソラの袖がリボンのように結ばれていたわけだ。
「やはり植物園で連れ去られたという事でしょうか」
 グレンがレイブリックに視を向ける。
「だがあからさま過ぎる。犯人の意図がよくわからんな」
「ええ。罠であるにしろ、不自然です」
「今件とは無関係の輩によるものかもしれんな……」
 元軍人両名の間で交わされる会話に疑問を覚えて、イルトは強引に割り込んだ。
「何にしろ、なんで要求が無いんだ?普通、誘拐なら金とか要求してくるもんだろ?それに、ホテルならともかく、何でこの屋敷にもこれが届くんだ?」
 この問いに、グレンとレイブリックが顔を見合わせた。何か阿吽のやりとりがその一瞬で為されたようで、再び顔をイルトに向けたグレンが、諭すようにに口を開く。
「イルト。本日未明の事だ。この町に、ACCから一小隊が極秘に派遣された」
 突然何の話だと戸惑いながらもイルトはグレンの言葉に、耳を傾ける。
「隊の任務は、薬物取締法違反者らの摘発。突入先はここ、公立植物園だ」
「ここ」と指差しながら、グレンは地図をイルトに示した。ミソラが持っていた街の案内地図と同じ、広い面積の緑色が目立つ。
「ちょ、ちょっと待て」
 地図を凝視したまま、イルトは混乱しそうな頭で懸命に情報を組み立て直していた。
「ミソラを誘拐した犯人が、その摘発する奴らだって事なのか?」
「その可能性は考えられる」
「人質って事か?何でミソラを?」
「偶然、だろうな」
 手にしていた白い袖を静かにテーブルにおいて、グレンは地図を畳んだ。イルトはレイブリックに向き直る。
「偶然て……巻き込まれたのか…?それに、ミソラが人質だっていうなら、軍の動きが筒抜けだったって事じゃないか」
 現役の軍事顧問を前にして、イルトの言葉は大胆な発言と言える。だがレイブリックは面持ちを動じさせなかった。
「今回の作戦が漏れているとは考え辛い。だが日頃より摘発を危惧し、警察局の動きを探って懸念しているのは確かな筈だ」
 内部に密通者がいる可能性があるとすれば、当然の事だ。
「……つまり?」
 考えが纏まりきれなくなり、イルトは小さく唸る。
「相手にとってミソラは、想定外―そうだな、つまり、人質にせざるを得なかった状況だったかもしれないという事だ」
「……あいつ確かに余計な事に首つっこみそうだしな…」
 言われてイルトはまた唸った。
「時間が無いな。すぐに派遣されている隊に警察局を通じて連絡をしよう」
 少々早口に言い流し、レイブリックは踵を返してり口付近に立つ執事を呼ぶ。
「時間が無いってどういう事なんだ?」
 イルトは傍らのグレンに尋ねる。
「こういう場合、時間が経過する程、相手に最悪の選択肢を与えてしまう可能性が高まる」
「最悪」という言葉にイルトは眉を顰めた。理屈はともかく、それが何を意味するのか想像に容易だ。
「脅かすなよ…」
「この「脅迫状」の意図が不透明だが……可能性が捨てきれないのは事実だ。奴らがミソラを連れ去った理由が、見るべき、聞くべきではないものを見た、聞いた結果だというなら、最終的に生きて帰れない確率が高い」
 だから「時間が無い」のだ。グレンは低く、そう答えた。





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