このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
ACT11-9
09

 イルトがホテルに戻る、約一時間程前、ミソラは混濁した意識の中にいた。
 赤ん坊の頃の記憶なんて無いけれど、例えて言うならこれは「ゆりかご」だろうか。体が一定の刻みで上下左右に緩やかに揺れる。
「………」
 時おり、それが変則的なリズムとなって、その不快感がミソラの意識を緩慢に浮上させた。
(痛い……)
 だが目を覚ましてみると現状は「ゆりかご」どころではなく、ミソラは男の肩に麦袋のような状態で担がれていた。腹部が圧迫されて、少し痛い。薄目を開けてみると、石畳と男の足が見える。地下室なのだろうか、足の動きにあわせて音が反響する。
(そうか…私……)
 まだ薬が残っているのか、痛みは無いが、頭の奥が重い。
「どうするんだ、この『荷物』」
 ミソラを担ぐ男の声。「荷物」とは自分の事らしい。意識の無い振りをして、さらに少しずつ薄目を開けた。
「まだ分からない。だけど、どうやら旅行者のようだし、使い勝手は良さそうだ」
 すぐ隣から、若い女の声。庁舎職員の女だ。この男女の足音のほかに、もう一つ別の軽い足音も混在している。先ほどの女がいるという事は、この足跡は花売りの少女のだろうか。気付かれてしまう為に顔が上げられず、音だけを頼りにミソラは現状を把握しようと試みる。
「使い勝手か」
 男が肩を竦めたらしく、担がれたミソラは腹部に圧迫感を感じた。前で縛られた状態の両手がぶらりと揺れる。
「この子をどうするかは、数日間は時間があるでしょうから、それまでに決断してもらえばいい」
 決断。
 自分を生かすか殺すかを示しているのだろうと、男の肩に揺られながらミソラは思った。
「そんなに余裕があるか?」
「行方不明者が出たとあれば、まず同行者は庁舎に届けるでしょうね。ここには警察支局がないから、そこしか連絡するアテが無い。地元の人間なら直接、レイブリック家に直訴…という事も考え付くかもしれないけど、旅行者がそんな事情を知るはずもないでしょう」
「なるほどな」
「改革云々いっても、地方はまだまだ「お役所」なものよ。連絡の手渡しに次ぐ手渡しの連続で、結局一つの案件が肝心なところの届くまでに数日かかるんだから。呑気なもの」
 女の言葉が終わるとほぼ同時に、足音が止まった。すぐ頭上で間髪置かずに金属の蝶番が軋む音がしたが、顔が上げられないために確認できない。
「レイカ」
 女に呼ばれて、「…うん」と短い声がした。まだ幼い少女の声だ。ミソラの視界に、赤い靴が入ってきた。植物園でみた少女が身につけていた物と同じ。
「えっと…、10時46分よ」
 と、時計を確認した女が言うと、
「5557」
 ほぼ間髪いれずに少女の声が答えた。それに続いてカタカタと、金属が擦れるような音。そして、大きな錠前が開く重たい音が最後に響いた。最初に聞いた音よりも大きな蝶番の音と共に扉が開き、また男はミソラを担いだまま歩き出す。くぐもっていたボイラーの音が間近で聞こえ始めた。
「とりあえず、適当なパイプに繋いでおいて」
「あいよ」
 そんな会話が聞こえてきて、ミソラは咄嗟に目を閉じた。何故だかここは、気を失った振りをした方がいいような気がしたのだ。妙な浮遊感と共に体が揺らぎ、床に寝転がらされた。ロープの端をパイプに繋いでいるらしい音が耳元で聞こえたが、ミソラは懸命に息を潜めて寝た振りを続けた。
「行くわよ」
「おう」
 女の声と共に男が立ち上がり、二人の気配が出口へと向かう。
「レイカはその子を見張っていて」
 最後にそういい残して、女は扉を閉めた。また、鍵がかかる音が響く。ミソラが薄目を開けると、分厚そうな扉の前に立つ少女の後姿があった。二人の足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなると、赤い靴が突然ミソラを振り返る。ミソラは咄嗟に瞳を閉じた。
「……」
 一歩、二歩と緩慢な足取りで赤い靴が近づいてくる。ミソラの顔の目の前で止まり、しゃがみ込んだ。
「こちょこちょ」
「ぁはあははははは」
 脇をくすぐられて思わず声が出てしまい、観念してミソラは目を開けた。
 上半身を起こし改めて周囲を見渡すと、そこはむき出しのパイプや配線が四方を取り囲む小部屋で、天井には裸電球が釣り下がっていた。部屋の奥には巨大なパネルがあり、恐らくボイラーか何かを調節するものだろうと思われる。床はむき出しのコンクリートで、冷たかった。
 轟々と、荒い流れの川のような音が飛び交っている。
「なんで、きたの?」
 間延びした少女の声。見た目は十歳ほどだが、だいぶ幼い口調のように思える。
「何でって……」
 男と共に物陰に消えていく少女の後を追った事を思い出し、ミソラは「ああ、あの時ね」と頷いた。
「あなたが変なことされそうだと思ったからです」
「ヘンなこと?」
「まあ、その、つまり…ですね、とにかく、危ないこと」
「アブないこと?」
「………」
 この場合の「危ない」の意味を上手く説明する自信がないので、ミソラはとりあえず頷いた。
「そう、アブないことです」
「ふーん」
 少女はその場から立ち上がり、部屋の隅においてある机の引き出しを探り始める。「あった」と呟き振り向いたその手には、一本のナイフが握られていた。
「それ、ちょうだい」
 言いながら少女は鞘から刃を抜いた。
「え……何…を」
 刃がむき出しのナイフを手に、近づく少女。ミソラは体を捩じらせて後ずさりするが、パイプに背中をぶつけ、動きを止めた。
「やっ…」
 何も考えられずにただ、体を強張らせて固く目を瞑っていると、耳元で布が引き裂かれる音がした。それと共に、袖を引っ張られる感触。恐る恐る目を開くと、白いブラウスの両袖が肩口から引き裂かれていた。
「あー!」
 呆然とするミソラが眺める中、少女は黙々とミソラのブラウスの袖をナイフで引き裂き、結局両袖とも無惨な姿で切り取られてしまった。
「それ、どうするつもりですか?!」
 気に入っていたブラウスだったのに。抗議するミソラを尻目に、少女は両手に持った切り裂かれた長袖を振り回している。何が楽しいのか、空虚を見つめたまま少女はただひたすら、長袖を振り回したり、引っ張ったりを繰り返した。
(………この子……)
 知能障害でもあるのだろうか。言動が、外見よりも著しく幼稚だ。まるで赤ん坊を相手にしているような気分で様子を見ていると、突然、少女は袖を弄んでいた手を止めた。それをワンピースのポケットに押し込んで隠し、床に無造作に投げ捨ててあったミソラの茶色いコートを掴むと、ミソラの頭に被せてきた。
「!?ちょっと、なに」
 声をあげるも、被せたコートの上から圧し掛かられ、そのまま床に倒れこむ。起き上がってコートを振り払おうとしたが、小さな両手で上から押さえつけられて動けない。思ったよりも、力があった。
(何なのこの子??)
 もがく事を諦めると、間もなく扉の向こうから気配が近づいて来るのが感じられた。ボイラーの低音の中でも、確かに聞こえてくる靴の音。
「レイカ、私よ」
 先ほどの女の声だ。
「11時7分ね」
「2327」
 また、女が時刻を言い、少女が謎の数字を口にするというやり取りが為されて扉が開けられた。
(何の暗号だろう)
 床に転がり、コートを頭と上半身に被せられた状態のまま、ミソラはふと考える。
「どう、その子」
「おねんね」
「そう。強い薬だったから仕方ないわね」
 気を失った振りを続け、ミソラは耳を澄ます。
「水と食べ物を置いておくわね」
 ステンレスの食器だろうか、軽い金属同士が擦れる音がした。
「外に遊びに行きたいよ」
 間延びした声で、少女がねだる。
「もうちょっと待っていて」
 希望を否定されたが、少女はさほど愚図る様子を見せずに「うん…」と大人しく頷いた。女はまた踵を返し、ヒール音を響かせながら部屋を出て行った。また、ボイラーの低音に紛れて足音が遠ざかっていく。程なく、ミソラの上に圧し掛かっていた体重が消えた。
「………ねえ」
 上半身を起こしてコートを振り払い、ミソラは少女に問いかける。
「貴方達は、何なのですか?何故あんな…人を殺したりしたのですか?」
 そして、自分が連れ去られた理由を知りたい。
 だが少女は、一つ一つの質問に対して、首振り人形のようにゆらりと首を傾げるだけで、ミソラが満足する答えを出してはくれなかった。
「分からないのですね」
 質問を諦めて、ミソラは溜息を零す。傍らを見やると、机の上にステンレスのトレイが置いてあり、水が入ったグラスとパンが置かれていた。
「じゃあ、これは答えられる?あの扉の仕組み」
 女が時刻を口にして、少女が数字を答える。恐らく、鍵が時刻に連動していて、何かしらの関係性のある数字を入力することにより開錠するのであろうが、ミソラには、どういった技術が使われているのか皆目検討がつかない。
「?」
 その質問にも、少女は首を傾げた。
「質問の仕方を変えましょうか。今は…11時9分ですけど、答えは?」
「2275」
 今度は何の躊躇いもなく答えが戻った。
(………)
 ふと、ミソラは脳裏に引っかかりを覚える。一度目に聞いた数字、二度目に聞いた数字、そして今の数字には共通点がある。
「……1桁の素数の組み合わせ……なのかしら?」
「そすう?」
 ミソラの独り言に、少女が反応を示す。時刻や数字に対しては、反応が良い。
「えっと、つまり、1とその数以外では割り切れない数字のこと」
「……?」
 また少女が首を傾げる。
「うーん…と、同じ数の組み合わせで、その数字を分けようとすると、数字が余っちゃう…ってこんな説明じゃ余計わからないですよね……」
「2と3と5と7をとるの」
 やはり一桁の素数である。だが、時刻との関連性が分からない。
「どこから取るの?」
「1より小さい数から4つとるの」
 小数、という事だろう。
(うーん……)
 両手が自由ならば、頭を掻き毟りたい気分だ。だが、更に他例を聞けば法則性が見えてくるかもしれない。
「じゃあ、夜中の0時ちょうどはどうなるのです?」
「開かないの」
「開かない?」
 ミソラの鸚鵡返しに少女は頷く。
 ここがどのような施設か分からないが、単に夜中で営業時間外だから、という理由でだろうか。
「いつから開くんです?」
「0時1分」
「???」
「営業時間」から現在地のヒントが聞ければ、というつもりで尋ねたが、意外な答えが戻って来る。
「他に、開かない時間は?」
 この少女に直接的な思考で挑んではダメだ。
 ミソラはそう直感して、発想を転換させた問いを考える。
「いっぱいあるよ」
「いいから、教えてください」
「11時11分、12時21分、1時31分、2時41分、3時51分、夜の9時12分、10時22分、11時32分…―」
「……1111、1221、1331、1441、1551……」
 二十四時間時計で時刻を読んだとき、鏡のように最初の二桁と後の二桁が背中合わせになる四桁の数字、という法則が見出せた。
「1111だと答えが出なくて、0001だと答えが出る……って??」
 縛られたままの両手に額を当てて懸命に考えるが、あと一歩、閃く何かが思い浮かんでこない。「あのね」と少女は、唸るミソラの前に膝を抱えて座った。
「1111と1111だと、1111になるから、2と3と5と7がないの」
「まあ、そうですよね」
 11時9分、つまり1109でも一桁の素数など存在しないのだが、この場合は答えが「2275」と出ていた。
「2222と2222だと、2222になるから、2と3と5と7がいないの」
「………」
 鏡あわせの数字、小数点以下の素数、答えが出ない時間、それはつまり、何かしらの計算をした結果、小数点以下の数字が発生しない「割り切れる」数字。
「分かってきた気がする…」
 だがこの少女は、女から提示された時刻に間髪入れずに答えを引き出していた。十歳前後の子供が暗算可能な四桁の計算で成し得る計算式になる必要がある。
「足し算…引き算……?」
 だが解せないのが、「2222と2222だと、2222になる」という少女の言い草だ。2222に2222を足し算したところで、当然2222にはなりえない。割り算の場合は確かに割り切れるが、答えは「1」であり、「2222になる」という少女の言葉が当てはまらない。
「あの…、0時1分だと、どうなるの?」
「2277」
 また、まるで機械のように謎の数字が少女の口から出る。この答えは常に四桁のようだ。
「そうじゃなくて、えっと、0001と…」
「1と1000だと、1000になるから、2277なの」
「1と1000?」
 つまり、0001と1000だ。
「鏡あわせ……なるほど」
 喜んだのもつかの間。そのからくりは分かったが、何故1000から2277という数字が出るのか見当がつかない。
「1000がどうなると2277なの?」
「1000は622776601683792になるでしょ?」
「は?」
 ますます分からなくなってきた。紙と鉛筆が欲しかったが、縛られて繋がれている状態ではそれも望めない。
「もう一回」
「1000は622776601683792になるの」
 懸命に途方もない桁数を暗記するべく、ミソラは口の中で何度も少女の言葉を繰り返した。すると、位の高い順に現れる素数を上位四つ拾っているのだと、分かる。だが、先ほどの少女の言葉によれば、素数は小数点以下から拾っているはず。つまり、その長い桁数は小数点以下の数字で、1000という数字に何かしらの計算を施した結果、割り切れない回答となった、という事なのだろう。
「ちょっと待って……」
(じゃあこの子は一体………)
 瞬時のうちに、小数点以下を十桁以上までも暗算する事ができる、という事なのか。
 聞いた事がある。世の中には、何か一つの物事に対して極端に秀でた能力を持つ人間が生まれてくる場合が稀にあると。数百年前までのカレンダーを完璧に覚える子や、一冊数百ページある全百巻の辞書の内容を一言一句間違えずに覚える子や、天文学的な計算式を一瞬で答える子や。
 それらは「天才」と呼ばれる人々だ。
「うーんと……三つのリンゴを七人で食べる時って、何個ずつになります?」
「0.428571428……」
「もういいです、ありがとう」
 途中で少女の言葉を遮って、ミソラも脳裏で懸命に暗算した。小数点以下を数桁下がったところで諦めたが、ミソラが暗算しうる範囲で出た答えと、少女が出した答えは一致していた。
「1234個の飴が入った袋が5678個あったら、飴は全部で何個?」
「7006652個」
「……」
 人差し指で空気に計算式を書いて、ミソラが懸命に計算する。数分要して、少女の答えが正しい事が分かった。
「987654321の中に、123456789はいくつありますか?」
「8.000000072….」
「もういいです、ありがとう」
 暗算して確認するのも億劫になってきた。
(考えを元に戻そう)
 どこまで考えたのか忘れかけていたが、二十四時間時計を四桁の数字にしたものと、それと逆の数字をどうにかする必要がある、というところまで分かったはずだ。
「1111+1111…1111-1111……1111×1111……」
 1111と1111だと、1111になる―という少女の言葉を再度思い出す。
「また元に戻る……1111に1111を足して1111を引くと、また1111……でもそれだと、鍵が開く時刻じゃ説明できない……」
「ちがうよ」
 また、少女がミソラの独り言に反応する。
「1111と1111で1234321だけど、1111になるでしょ?」
「………1111×1111ってこと……?でまた1111に戻るには1111で割る……?」
 頭の中でパズルのピースが一つはまった音がした。ミソラは縛られた手のまま、指先を床に這わせて計算する。確かに1111×1111は1234321だ。別の言い方をすれば、1111の二乗。逆から言えば、1234321の平方根が、1111。
(平方根……?まさか、それを暗算で??)
「0時1分…0001×1000は1000で…………えっと……」
「31.622776601683792だよ」
「………」
 ミソラは絶句した。
 つまりこの鍵を開けるには、一分以内に4桁の掛け算を行い、更に平方根を小数点以下、少なくとも十桁近くまで求める必要があるという事なのだ。
「でも明日は0時1分が開かない日なの」
「―え?」
「明後日は開くよ。昨日は開かい日なの」
「……」
 カレンダー要素により、計算方法か何かが変わるようになっているのだろうか。ミソラは内心で盛大な溜息をつく。目の前に膝を抱えて座る少女は、この状況を楽しんでいるようで、無垢だった面持ちに若干、陽の表情が現れていた。次の問題は何?とでも言いたげだ。無邪気さが、空恐ろしく感じる。
「そうだ」
 ミソラは縛られた腕に巻かれたままの腕時計を見る。
 少なくとも、今日一日の計算式ルールは把握できた。となれば、予め計算しておいてから、その時間を狙って逃げる事が可能ではないか。
 傍らには、落ちたままのナイフ。少女が袖を切り取った際に使ったものだ。ミソラは膝立ちで起き上がると、縛られた両手をナイフに伸ばした。




ACT11-10⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。