このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
ACT11-8
08

「それはさておき」と言葉を挟みながらレイブリックは再びグレンに向き直る。
「現在の君の捜索担当者はシールズの筈だ。ジョシュ・シールズ。大佐だ」
 それを聞いてグレンは「ふむ」と小さく呟く。グレンが知る限り、前任者はいずれも中佐だった。新任者の位が上げられている事から、軍の焦りが見え隠れする。
「聞いた事のない名です」
「まだ若いからな。三十半ばといったところか」
 グレンが退役する間際にようやく士官学校を卒業した年齢だが、三十台で大佐の地位についたとあれば、中々の逸材だ。
「何でも奥方が社交界出身らしくてな。えらく美人らしい」
 やり手の実業家の婚約者から奪い取ったというシールズの愛妻に関する噂は、浅からず広まっているようだ。グレンも、似たような話をライアンから耳にした事があった気がしている。無論、レイブリックの言葉は単に他人の妻を誉めているのではなく、つまりシールズが妻を通じて軍部外にも顔が利くのだという事を示していた。
「それから、研究局にも顔が利くそうだ」
 続くレイブリックの言葉を受けたグレンは、目線だけで頷きを返した。精霊印関連案件を得意としているなら、厄介な相手であると同時に、使い勝手も良さそうだ。
「それで―」
 会話を遮り、部屋の入り口付近で電話が高らかに鳴った。ワインをグラスに注いでいた執事が手を止めて受話器を取る。
「セントラルの警察局薬物取締班地方管轄課からですが」
 長い部局名を難なく読み上げた執事が、受話器をレイブリックに手渡す。
「君が顧問の肩書きを蹴った気持ちが良く分かる。ロクに静かな隠居生活を送らせてもらえんのだ」
 低く呟きながらそれを受け取った老将は、抑揚の無い声で受話器の向こうに応えた。馴染みの相手であるようで、挨拶がなく直ぐに本題に入っている。
(薬物取締班……)
 二十年以上前、かつてグレンがこの町で一隊の指揮を執る事になった時にも関係した部局である。そこからレイブリックに連絡が入る理由は、深く考えなくても推測に容易だ。
「……イルト」
「ん?」
 グレンは傍らに立ったままのイルトを見上げた。振り向く彼に、ホテルの鍵を差し出す。
「先にホテルへ戻ってくれないか」
「今すぐ?」と応えながらイルトが鍵を受け取る。
「どうやら、治安が回復し切っているとは言えないようだ」
 ミソラが心配だ。
「―わかった」
 イルトもその意を汲み取り、電話中のレイブリックと執事に一礼して中庭へと続く扉から出て行った。
「サイファの倅はどうしたのだね」
 間もなく受話器を置いたレイブリックは、窓の外を一瞥する。イルトが中庭を抜けて門から出て行くところが、見えた。
「先に宿泊先に帰らせました。もう一人、別行動している連れがいるのです」
 というグレンの説明を聞いて頷く。
「そうだな。その方が良さそうだ」
「と申しますと?」
「倅の奴め。久しぶりの里帰りだというのに連絡の一つも寄越さん」
 口ぶりよりは腹を立てている様子はない。
「本日未明、ACCからストック局を経由してキルギストックに十二人編成部隊が派遣されたそうだ」
「ご子息がその中に?」
 グレンは「何故」と質問を続ける。
「サドバス家がまだ?」
 サドバス家は、大戦時前までストック地方でレイブリック家と肩を並べる程の実業家一族であった。軍需の波に乗り急激に台頭したいわゆる成り上がりで、違法取引など裏での顔も利かせていた。軍はレイブリック家の要人管轄のもとサドバス一派を泳がせていたが、取締り対象の劇薬取引の裏ルートに関わっていると情報を掴んだ時点で摘発を断行。それを皮切りに、芋づる式にサドバス一派が引いていた裏ルートが露見し、一族は次々と逮捕され事実上、解体状態となった。それが二十年近く前の話である。
「まさか。奴らの末路は君もよく知っての通りだった」
 答えるレイブリックの声には、保安管轄の一旦を担う身として、少々の意地が含まれているようだった。
「新手ですか」
 相槌を返してからグレンは、己の記憶を掘り起こす。先日、グレリオ庁舎で新聞の縮刷版に目を通した時には、思い当たる様な項目は無かったように思う。また、退役してからも時事情報には気をかけていたが、そこでも耳に入って来なかったはずだ。もっとも、主なマスメディアの発行物には軍の検閲が入る為、あてにはならないのだが。
「ストック一帯で他にサドバスと並ぶ程の一派なんて……」
 違法稼業、特に薬物に関わる裏事業には金がかかるものだ。それこそ、規模だけで見ればレイブリック家しか思いつかない。グレンの考えを暗黙に汲み取っていたレイブリックは無駄な会話を避けて言葉を続けた。
「終戦からしばらく経ってからだ。民間における押印の暴走による事故、事件の件数が急増した」
 続く「理由は分かるか」との問いに、グレンは軽く首を傾げる。可能性の示唆は可能だが、知ったかぶりは嫌いだった。
「クランテイジアという薬草があってな。これは二十年前に取締り対象になったものより格段に即効性と効用に優れる強い麻酔薬の原料になるらしい。これを元に作られた「ソラリス」という名の薬がある」
「ソラリス。女性の名ですね」
「「クランテイジア」の「クラン」も女の名だそうだがね」
「女は怖いな」とでも言いたげにレイブリックが肩を竦め、それに相槌を打つ形でグレンが小さく苦笑した。
 前者は薬品開発者である女医の名。後者は新種の開発、栽培に成功した古き時代の女医の名だと言われている。
「「ソラリス」の開発者は現役の軍医だ。名はソラリス・クリューガー。医学博士の称号を持っている。警察局の鑑識課と研究局を兼務しており、研究局では被押印者のケアとメンテナンスに携わっているそうだ」
「………」
 話がそれとなく読めてきたが、グレンは沈黙を保って元上官の話を聞いた。
 レイブリックの話によると、「ソラリス」は元々、軍部内で被押印者の苦痛を和らげる目的で作られた薬物、一種の麻酔であり、医局の管理の元、厳しく使用が制限されている。その薬物がどこからか外部に漏れ、民間の一部押印師の間に広まった事で、本来は被押印者に受け付けない強い印の押印が不用意に為されるようになった結果、暴走が続発するようになったという。
 被押印者用の麻酔は通常の医療麻酔と異なり、強い故に依存性がある為に取締り対象となっている。専門的な医療知識無しに使用されると、容易に廃人を生み出す、つまりは麻薬なのだ。
「その「ソラリス」が、キルギストックで取引されていると?」
 一通りレイブリックから説明を受け、グレンが確認の意味を込めて応える。
「ただ、サドバス事件とは違い、今回は裏市場の一端に過ぎない可能性も高いのだ」
 老将の眉間に刻まれた深い皺に、暗い影が落ちたのをグレンは見た。導き出されるであろう答えが、色の良いものではないという事だ。聞こえない溜息をゆっくりと吐いてから、グレンは示唆を言葉にした。
「つまり、元締めが不透明だという事なのですね」
「現段階ではな」
「では今回派遣された部隊の摘発対象は何なので……―あ」
 質問を口にしてから、グレンは言葉を止めてふいとレイブリックから視線を伏せた。
「申し訳ありません。出すぎた真似でした」
 気付かぬ内に、コンフィデンシャルな案件に土足で踏み込んでいる事に気がついたのだ。あくまでも現在のグレンは、民間人である。だが、ジョルジュ・レイブリックは、はたからそのつもりではなかった。
 グレンの言葉に「何をいまさら」と笑いつつ、彼は背後に控える執事へ肩越しに振り向く。小さな頷きの後、無言で執事は文机の引き出しから手帳を取り出し、主人に手渡した。
「編成された部隊の構成だがな」
 徐に老将は話し始める。背後に控える執事の目には、主人がどこか楽しげにも見えていた。
 
 レイブリック家を出てから十数分後、イルトはホテルに到着していた。交通手段を使う以外はほぼ全速力で駆け抜けた為、往路の半分の時間で辿り付いていた。
 焦る気持ちと共に部屋のノブに手を置くと、扉は鍵を開ける事なく容易に開いた。
「ミソラ、戻ってるのか?」
 切れ切れとなった息を整えつつ、中に足を踏み入れイルトは室内に声をかける。返事はない。入り口廊下に面したバスルームから音は聞こえてこない。
「………」
 不用意に声を発するのを止めて、逃走路を確保するためにドアを開け放したまま部屋の奥へと足を忍ばせて進む。そう広くは無い室内、他に人の気配はない。
 短い廊下の向こうに並んだベッドとソファ、広い文机が見える。部屋を出た時と同様、整然と片付いていた。物盗りが入った様子はないようだ。
「?」
 二度ほど室内を見渡したところで、イルトの目に違和感が止まった。窓際に置かれた小さなサイドテーブルの上に、小さな白い物が置いてある。近寄って見ると、それは幾重かに折りたたまれた白い布の束だった。
(……こんな物あったっけ?)
 摘み上げると、折りたたまれていた布が解れ、中に包んであった何かが床に落ちた。帯状の長方形の白布に見えたそれは、
「これ……!」
 白い洋服の片袖。そして床に落ちた物は、イルトが持っている物と同じ、この部屋の鍵だった。
「まさか…ミソラ……っ」
 急激に背中から血の気が引いていく気がした。頭を振る事で、一瞬真っ白になった思考を奮い立たせ、イルトは部屋に設置された電話の受話器を掴み取った。





ACT11-9⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。