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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT11-7
07

 爆ぜる音。
「わあ…」
 ミソラは思わず瞑りかけた目を懸命に開いた。まるで間近から頬を叩かれたような音がするのだ。弾けたのはエキュレスというこの地に自生する植物の種袋で、こうして種を遠くへ飛ばすのだ。その瞬間を目の当たりにしたのは、初めてだった。
 植物園の一画。ミソラがいた場所は「ゆかいなしょくぶつたち」と看板が立てられた、親子連れ向けの企画広場だ。集客を目的としていないグレリオの植物園では見られない展示物が多い。休日のため、家族連れが多く見られた。
「お花はいかがですかー?」
 両親に連れられた子供がいる一方で、園内の大通りの隅で花を売る少女の姿もある。歩き過ぎ行く人波の中で、誰も少女の存在に視を向ける者はいない。来園者向けの花屋や売店が園内には点在しているため、ますます少女から花を買う客などいそうにない。
 ただ、自動的に言葉を発する人形のように、手に花束を抱えた少女は空虚に向かって「お花はいかがですかー」と呼びかけながら、園内を小さな歩幅で歩いていた。
「………花売り、かあ…」
 学費を密かに貯める為に薬草を売っていた日々が思い浮かび、懐かしさと寂しさを胸に覚えながら、ミソラは花売りの少女の方へと歩み寄った。
「お花、おいくらですか?」
「……………」
 声をかけられ、少女は不思議そうな面持ちでミソラを見上げた。腕の中いっぱいの桃色の花々からは、甘い匂いが漂ってくる。目に染みるほどに強い香りだ。
「あげる」
 少女は花束の中から一輪だけを取り出して、ミソラに差し出す。幼い声に合わない、子供らしからぬ平坦な口調だ。少女はミソラに半ば押し付ける形で花一輪を渡すと、また何事も無かったかのように「お花いかがですかー」と呟きながら歩き去っていった。
「おかしな子」
 そんな感想を抱きつつ貰った花に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。
「??」
 花の香りに、別の匂いが混在している。ミソラは薬草を使ったアロマや石鹸等も作り、売れるものは何でも売ってきた。調合作業時に培われた嗅覚が拾った、匂いの微粒子は、花独特の甘い香りとも違う人工的、加工物的な甘さだ。
「何の匂いだっけ…どこかで嗅いだような」
 薬のような匂いでもあり、ナッツやアーモンドといった香ばしさもある。
 頭を捻るミソラの視界の中で、中年の男が花売りの少女に声をかけた。風景に不釣合いな、少し薄汚れた色の上着を着た男は馴れ馴れしい様子で少女に話しかけているが、少女の方は無表情で数回頷き返しているのみ。そのうち、少女が足を一歩踏み出すのを皮切りに、二人そろって歩き始めた。
「親子…?」
 には見えない。
「……まさか…」
 考えたくは無いが、「幼女売春」という新聞でも目にした事のある言葉を思い出して、ミソラは慌てて二人の後を追随した。悪い予感が当たっているのなら、止めなければならない。だがミソラ一人で大の男を止められるだろうか。その不安も過ぎる。二人との間に適度な距離をおきつつ、ミソラは園内を見渡して庁舎職員の姿を探す。ここは公立なので、管理元は国を通じて庁舎が行っているのだ。
「あれ?」
 一瞬、二人から視線を離した瞬間に姿を見失いかけるが、巨大温室の裏手に入っていく大小の人影を見た気がした。裏は、温室へと水を送り込む貯水タンクとパイプが複雑に入り組んでおり、ゴウゴウと胸に響いてくる音が煩い。人気も全く無く、ミソラは不安を覚えつつもパイプに手を沿わせながら前へ進んだ。
 いた。
 複数あるタンクのうち、メインと思われる最も大きなタンクの影へと入っていく、二人の姿を見つける。太いパイプに身を隠しつつ、ミソラは耳をそばだてた。だが給水の音が邪魔をして、二人の会話を聞き取る事は出来ない。
(見つかったら、走って助けを呼べばいい)
そう思い切ってミソラは、タンクの向こう側に顔を覗かせた。
「!」
 その目の前に、重たい物が倒れこんできた。
「え??」
 ミソラの足元にまで転がってきたそれは、男。少女に声をかけてここまで連れ込んできた、あの男だ。額のど真中に孔を空け、口元から血を流し、木材のように地に倒れている。
「な……」
 顔を上げると、桃色の花束を抱えて立つ少女の姿が、少し離れた場所に。花束の中から、白く細い煙がゆらりと立ち昇っていた。甘い香りにかき消されがちだが、それは紛れも無く火薬の匂い。煙の正体は、硝煙。恐らく銃声は、タンクの音と、サイレンサーにより消されていたのだろう。
 少女の無垢な瞳がミソラを向いた。
「あ……」
 まるで無心な獣の瞳。意を呑まれて金縛りのように体が動かなくなる。少女は未だ硝煙あがる花束をミソラに向けた。
―殺される
 そう思う間もなく背後に気配を感じ、振り向くと庁舎職員の制服姿の女がいた。
「どうしました?」
 園内で花壇の管理をしていた職員だ。
「職員さん、あ、あの子、人を…」
 焦燥したミソラの訴えを受けて、職員は「あらあら」と間延びした言葉を呟きながら、懐から小さなスプレーボトルを取り出す。
「あの」
 とミソラが言いかけたところで顔面に液体を噴射された。
「!!」
 甘く香ばしい匂い。ミソラは両手で顔を覆って体を翻す。逃げようと数歩駆け出しかけたが、膝から力が抜け落ちて前のめりに倒れこんだ。
(この匂い……そうだ…)
 徐々に意識が遠ざかる中で、ミソラの脳裏ではグレリオセントラルの植物園の光景が浮かび上がっていた。園の片隅に、二十四時間、井戸から汲み上げた清水を循環させている温室があった。細心な栽培が必要な植物が厳重に管理されており、立ち入りが禁止されている。硝子ドアで区切られた一画には、取締り対象の非合法な薬草がサンプルとして保管、栽培されていた。興味本位で忍び込んだ際にミソラが嗅いだものと同じ、香ばしい匂いが、今ミソラの意識を混濁させていく。
(麻薬の原料に…なる……薬草……の…)
 そして、完全に世界が暗転した。
「まったく……ぬかったわね」
 足元に倒れて動かなくなったミソラを見下ろして、女職員は深く溜息を放った。そして花束を持つ少女を睨目した。初めて感情らしい感情の微粒子を面持ちに表した少女は、小さな肩を震わせながら竦めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「まあ、いいとしましょう。よくやったわ。場合によってはこの娘、使えるかもしれない」
 女に誉められて、少女は安堵の微笑を口元に浮かべた。女も、少し首を傾げて微笑み返す。両者は、死体となって転がっている男の存在などすっかり眼中に無いようだ。
「さてと」と徐に、女はミソラの傍らに座り込む。
「どこの誰なのかしら、この娘」
 ミソラのコートのポケットを探る。硬い手ごたえを引き抜いてみると、そこにあったのはホテルのルームキー。ホテル名の入った大きいキーホルダーに鍵がぶら下がっている。
「旅行者かしら。都合がいいわね」
 ホルダーに彫られたホテル名を呟き、それが駅から程近い中堅ホテルだと思い出す。学生が一人旅で使うには、些か値段が張る。
「連れがいるか、または良い所のお嬢様か。それならば尚更付き人がいるはずね」
 いずれにしろ都合が良い。女はほくそ笑んでルームキーを自分の上着のポケットに突っ込んだ。そして少女にミソラを見張るよう言いつけて、自分は電話を探しにその場を後にした。



「私と倅の話はともかくとして」と前置きを述べながら、老将はテーブル上に出されたティーカップに手を伸ばした。
「用件は何だね。こうして私と茶を飲んで雑談する為に来たわけではなかろう?」
 ミソラが最悪の状況に陥っている事を知る由も無い二人。その内の一人は、元上官のそんな言葉に「人聞きの悪い」と控えめな苦笑を向けた。
「お言葉の通り、ご機嫌を御伺いしに来ました」
 グレンの言葉と同時に、老将の背後からノックの音が響いてきた。返事と同時に執事が入室する。手に、黒いボトルを携えていた。
「こちら、お客様からでございます」
 恭しい一礼と共に執事はボトルを主人に見せ、そして背後の戸棚へ向かうとグラスの用意を始める。ラベルを一瞥した主人レイブリックは、低く短く笑った。アリタス随一を誇る最高級葡萄酒、しかも五十年以上寝かせたいわゆるビンテージというやつだ。
(いつの間に用意したんだ)
 イルトには酒の価値を知る由もないが、手際の良さに感心して小さく溜息を吐く。同時に目上の人間に頼みごとをする際の社交術というものを、一つ学んだ。
「相変わらず、小癪というか、抜け目が無いというか…」
 酒に目が無い主人は不敵に笑いつつも、悪い気はしていないようだ。もとより土産など無くとも、電報が届いた時から彼は、グレンの話を聞くつもりでいた。
「良いだろう。聞こうではないか」
 くれるというなら、快く貰っておこう。レイブリックは椅子に背中を預けて足を組んだ。彼の背後では執事の男がボトルの栓を抜いている。グレンはその様子を一瞥してから、徐にレイブリックに向き合った。
「教官は確か、退官後に一等軍事顧問となられたと記憶しておりますが」
「ああ、確かに」
 任期を満了し退役した軍人の中には、「顧問」としてその後も軍務に関わり続ける者も少なくない。そうした「顧問」は分野や階級ごとに分けられ、中でも「一等軍事顧問」は将官にまで登りつめた退役軍人に付けられる名誉ある肩書きの一つだ。
「それからご長男が確か、情報局に所属されていましたね」
「よく知っているな。グスタフからの情報か」
 レイブリックの口から親友の名が出るが、グレンはそこに触れずに、
「この三年間における、私の捜索任務の進捗を知りたいのです」
 本題を口にした。
「グスタフからは聞けないのかね」
「……」
 グレンは首を横に振る。
「ここで水面を不必要に泡立てたくありません」
 この三年間で軍の親友に対する懐疑は大分薄れているはず。その状況を利用しない手はない。事情を悟っているようでレイブリックは「そうだろうな」と独語を洩らした。
「知って、どうするのだ。引き続き軍を避け続ける為にか?それとも―」
「復職するつもりでいます」
 あっさりと答えを出したグレンに向けて、イルトが軽い驚きを載せた双眸を一瞥させたのをレイブリックは見た。
「ならばそんな事をせずとも、軍に電話一本でも入れればシールズあたりが飛んでくるのではないのかね」
 低く笑うレイブリックに、グレンも笑みを合わせた。
「私から折れるのは嫌なんです」
 笑みを維持したまま、グレンは言葉を続けた。
「『誰か』が仰っていましたね。「希望を通したい時はそれと反対の態度を示しておけ。ここは天邪鬼が多いからな」と」
 耳に覚えのあるフレーズだったようで、老将はまた豪快に笑う。
(その『誰か』って誰なんだ……?)
 この場所に訪問した時、最初に聞いた迷言も、どうやらその「誰か」と同一人物によるものであろう事は、流れる空気でイルトにも理解できた。
「その後、こうも言ったな」とレイブリックが続く。「「ただし相手が女の場合はその限りではない。気をつけろ」と」
「言われていましたね…」
 添えた手で口元から漏れた苦笑を隠すグレンは、だが少し楽しそうに見える。懐かしいからだろうか。イルトはじっとその様子を見つめる。戦争を憂いていた時の面持ちとは裏腹に、昔馴染んだ話に及ぶ時のグレンの様子は穏やかだ。
「サイファの倅」
「え、はい」
 唐突にレイブリックに振り向かれた。グレンが腰掛けるソファの傍らに立つイルトは不意を突かれてどもり気味に返事をした。「気を抜くな」と言われていた事を思い出す。
「君は総統閣下にお会いした事があるか」
 あるわけがない。実物を見た事さえないのに。
「…ありません」
 警戒を残しつつ、イルトは短く答える。
「なら今の話を覚えておくといい。いずれお会いする機会があるかもしれないからな」
「は」
「イーザーの側にいるという事は、そういう意味だ。今のうちに自覚しておけ」
 全く現実感の無い話に、イルトはただ空頷きを返すしかなかった。




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