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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT11-6
06

 大量の血液を撒き散らした寮の玄関前広場は、管理人と警備員の手により手早く封鎖処置がされた。多くの寮生が出払っている時間帯も幸いし、大混乱にはならなかったようだ。
 エルリオ達は医務官により寮内の一室に通された。簡易のテーブルと椅子が置かれた応接室で、つまりこれは事情聴取なのだと、気付く。
「墜落死したのは、理学科の二期生ライフェル・ルスト。これで正しいかな」
 医務官は、ローランドが口にした言葉をそのまま繰り返した後、確認の相槌を挟んだ。だが対面に力なく腰掛けるローランドからは、気の抜けた応答しか無い。
 医務官はライフェルが自殺をしたという推測の元、飛び降りた瞬間の様子や、最後に会った時の様子をローランドから聞きだしている。「ノイローゼだったのかもしれないな」という独語と共に、医務官は聴取内容を手元のノートに書き写していった。
「………」
 どこか符に落ちない不愉快さを残しつつ、窓際に座っていたジャスミンは閉じられたカーテンの隙間から外を見た。
(?)
 外の光景に、ジャスミンは違和感を覚える。ライフェルが落下した場所、作業着の男が赤黒く汚れた地面に砂を被せて均している姿が見えるのだ。
(鑑識官が来た様子も無いのに…何故…)
 自殺であれ他殺であれ、人が一人不審な死を遂げたとあれば、警察局が関与してかならず鑑識課の検証が行われる筈である。思案していると、僅かに開いていたカーテンが完全に閉められた。
「あまり女性にはお見せできる光景ではありませんので」
 見上げると、テーブルの対面から腰を上げた医務官の姿があった。カーテンを閉め切って再び着席する。彼の態度にも不審を覚えつつ、ジャスミンはそれを表情に出さずに傍らに座る少女達を見やった。見ると、ミリアムの顔色が極端に悪い。
「大丈夫?気分悪いの?」
 エルリオも気がつき、細い肩を寄せ合ってミリアムの顔を覗きこんでいる。ミリアムは俯いたまま数度頷いた。
「お手洗いに行って来ても……いい?」
 言いながら既にエルリオはミリアムの片腕をとって立ち上がっている。駄目とも言えず、医務官は一瞬の躊躇の後、渋々といった口調で「いいでしょう」と答える。
「はあ…」
 部屋を出て扉を閉めたところで、ミリアムは壁に背をつけて大きく息を吐いた。
「吐きそう?歩ける?」
 少し慌てたエルリオに、ミリアムは青白い微笑みを向けた。
「大丈夫です……あの部屋にいると気分が悪くて…。違う空気を吸いたかっただけなんです」
「ちょっと分かる」
 人の心を読み取る力を持つミリアムには、ローランドの打ちひしがれた様子さえも毒になるのだろう。エルリオはそう解釈して閉じられた扉を見やった。
「玄関の方にいかない?外からの風が入ってくるから、気持ちいいかもよ」
 廊下はほの暗く、木造のために湿気た匂いがして薄気味悪い。二人は外の風を求めて玄関方面へと歩を進めた。
「―ええ、はい」
 前方から話し声が聞こえて、玄関へと続く折れ曲がった廊下の手前で、エルリオは足を止める。曲がり角の向こうを恐る恐る覗き込むと、玄関の管理人室前に設置された電話の前に立ち、話し込む作業服の男の背中があった。
「もう、粗方の始末はつきましたから。人はよこさなくてもいいですよ。聞き取りも終わりそうです」
 どうやら業務報告をしているようだ。
「ええ、それも終わりました。鑑識官もとっくにお帰りです。結局、自殺だそうです」
「??」
 男の言葉に、エルリオは不思議な印象を抱いた。
(ありゃ、鑑識官なんて、いつ来たんだろう?)
 鑑識官が来たらライフェルの死について尋ねたい事があったのだが、エルリオは肩透かしを食わされてしまった気分で首を傾げた。
 ライフェルの墜落死から、ほぼ間を空けずに医務官が到着し、すぐに寮内の部屋に通されて間もない。あれから数十分と経っていないはずだ。外の方を覗き込んでみると、広範囲に散っていた赤黒い血痕が、白砂と共に綺麗に均されている。あの作業をするだけでも少なからずや時間を要するであろうに、男の言葉には矛盾が多かった。
 それに、まだ聴取中だというのに何故、自殺だと断言しているのだろうか。
(………)
 考え込んでいると突然、受話器を持ったまま男が振り向いた。
「っ!」
 必要以上に驚いたエルリオは、思わず曲がり角の手前に身を隠した。背後にいたミリアムも突然の事に驚いて後ろに転びかける。
「どうしたんだい、おじょうちゃんたち」
 受話器を置いた作業着の男が、角を曲がって姿を見せる。振り向いた瞬間の面持ちとうって変わって、好々爺のような人懐こい笑みを載せていた。
「あ…あの……お手洗いを、探していたのです」
 代わりにミリアムが答えた。「そうかそうか」と大きく二度頷いて、男は二人が元来た廊下の奥を指し示す。
「大変な現場に居合わせちゃったね。あんなことは早く忘れるといいよ」
 最後にそう柔らかい口調で同情を口にして、男は玄関方面へと踵を返していった。人好きのしそうな男の表情が、薄暗い廊下の中ではやけに恐ろしく感じられた。
 何かがおかしい。
 エルリオはそう思わざるを得なかった。
 一方でジャスミンも、外の光景を目にして一層、目の前の医務官に不審を抱いていた。淡々とした調子でローランドからの証言をとっている様子を見つめるうち、「さて」と今度はその視がジャスミンと、その隣に座るクラースに向いた。
「さて、次はお二人にお話をうかがいましょうか」
「あの…」
 クラースが戸惑いの声を発すると同時に、
「見たものに関しては、そこの彼が答えた内容と同じです」
 ジャスミンが横から畳み掛けた。クラースに余計な言葉を漏らさせてはいけないと、直感が働いたからだ。
「亡くなった彼があのような結果になるまでの経緯も、私達は知りません」
「貴方がたと、亡くなった学生とのご関係は?」
「………」
 ジャスミンはまた、医務官の言葉に異質感を覚える。医務官が検体に関わる質問以外に、警察局員紛いの質問を向けてくるのも、おかしな話なのだ。迂闊な反応を避けてジャスミンは、少し俯き唇を噛む事で、是にも非にも捉えられる面持ちを演じた。
「その本は?」
 ジャスミンへの質問を諦め、医務官はクラースに意識を切り替えた。クラースがずっと小脇に抱えていた本を指差す。
「ああ、その、私、歴史学専攻なものですから、研究資料用に借りていたもの、です」
 所属学科が記された胸元の身分証を見せつつ、クラースが答える。信憑性のある回答だが、医務官の表情は崩れなかった。手帳にペンを走らせながら「そうですか」とだけ相槌を打つ。そして一瞬だけ壁際に視線を泳がせ、すぐにまた正面に戻し、徐に手帳を閉じて席を立った。
「分かりました。今日は結構です」
 医務官が背中を向けているうちに、ジャスミンは彼が視線を泳がせた方向を見た。壁の上部に、時計が掛かっている。カーテンを開けてみると、既に地面は均されており、ライフェルが倒れていた地面周辺だけ不自然に白い砂が敷かれていた。作業をしていた男の姿は、もうなかった。


 まだ意識が半分遠くにあるローランドを伴い、エルリオ達は再び公園に戻ってきた。今度は人影が疎らな貯水池脇の休憩コーナーへとやって来る。人工的なタンクと水門を備えた貯水池周辺は、柳がしな垂れて薄暗く、湿っぽい。だが人影が無い分、空気が洗われている気がした。聞こえる音は、鳥の声だけだ。
「ライフェルが自殺だなんて、ありえない」
 ベンチに腰を下ろして、最初に言葉を発したのは意外やローランドだった。声に揺るぎはなく、思いのほか力強い。
「それは、何か確証があるの?」
 それが感情にまかせた言葉ではない事を、ジャスミンはローランドの声から感じ取っていた。
「あいつは苦労して育ってきたから、打たれ強くて滅多な事では沈まない奴だったんです。それが…あんな死に方をするはずがない」
「……」
 ローランドの答えに、ジャスミンは僅かに反応を見せた。
「苦労って……ご家族は?」
「ライフェルは、戦災孤児なんです」
 そこで、エルリオとミリアムもわずかに視線を寄せ合った。言わずともそれが対帝国大戦によるものだと、分かったからだ。
「生まれ故郷が防衛戦近辺だったという事で、村全体が焼け出されたとかで多くの孤児が出たようなんです。それからは、施設を転々として―」
 最終的には学業成績が優秀だった為に、奨学制度を受け高等教育学校を経て大学校へ進学したという。
「立派な、方だったのですね…」
 ミリアムが呟いて、旨の前で小さな手を祈る形に組んだ。
「私……あの時もっと早く反応できてたら……」
 俯くエルリオは、右手で己の左手を包み込んで握る。地に叩きつけられる直前に、少しでも早く風を起こせていれば、彼を救えたかもしれない。風でなくてもいい、地の精霊を呼び落下地点の土質を泥土に変えられれば―など、思案すればするほど悔恨が連なる。
 じっとエルリオの言葉を聞いていたミリアムが、ゆるゆると首を横に振った。
「それが思考や感覚と直結するようになったら、とても侵食が進んで危ない状態である事になります。仕方の無い事なのです。リオさんのせいではありません」
 諭すように、ゆっくりとした口調でミリアムが語りかける。前半はリューシェから借りた知識だが、後半はミリアム自身の気持ちだ。ちなみに、先日以来、エルリオとミリアムは互いを「リオ」と「ミリー」と呼び合うようにしている。本名を悟られない為の用心でもあり、互いの距離が近くなった結果でもあった。
 少女達の様子を見やりつつ、
「戦災孤児…」
 その隣でジャスミンは両腕を組んで眉を顰める。形の良い胸元が、溜息の為に小さく上下した。一瞬、静寂がおりて、鳥の声が横切る。
「何、か、思い当たる事、でも?」
 神妙な反応を見せるジャスミンに、クラースがまた少し離れた場所からぽつりと声をかける。
「あるなら、聞かせてください」
 ローランドはベンチから腰をあげ、クラースとジャスミンに向きあった。そこにある僅かな希望に縋りつきたい、そんな切実さが感じられる。
「……」
 クラースに窘めるような視線を一瞥させてから、ジャスミンは静かにローランドに向き直った。背後から少女達二人の視線も感じられる。鳥の巣から顔を出して、親鳥を待つ雛のような顔をしているのだろう。
「駄目」
 短く答え、ジャスミンは首を横に振った。
「な、何故ですか!」
「お友達の遺言を忘れた?」
 絶対に関わるな。
 ライフェルが最期に言い遺した言葉だ。
「貴方はそれを守るべきだわ。だから、駄目」
「でも…っ」
 抗議の言葉を続けかけたローランドから視線を外して、ジャスミンはクラースに向き返った。
「貴方も。今すぐこの本を戻した方がいい」
 突然自分にも話を振られて、クラースは返事をする間もなくただ「え?え?」と呆然としている。納得のいかない様子の両者を、ジャスミンは低声と共に見据えた。
「私は、元国軍人です」
 黒曜の瞳が急に冷たい色をたたえ、まるで野の獣のような光を生み出す。いわば草食動物のような学者と学生は、ジャスミンの凄みに一瞬気後れした。
「警察局にいた時期もある。その私が忠告しているのだから……危険性を感じて欲しいの」
「貴方が…元軍人…」
 改めてクラースはジャスミンを見やる。ようやく、細身細腕ながら大の男一人を簡単に殴り飛ばしえたのが頷ける。一方、ローランドの方は「警察局」の言葉に顔色を変えていた。
「警察局がらみって…あいつがどんな危険な事に関わっていたというんですか」
 一介の学生でしかなかったはずの日常に、そんな片鱗はどこにもなかった。
「事実はどうあれ、彼があのような亡くなり方をした時点で、充分に異常でしょう?それに、あの医務官……不審すぎるのよ」
「え?」
 ジャスミンの言葉は予想外だったようで、ローランドとクラースは同時に呆けた反応を見せた。両者とも医務官の言動に疑問を抱いていなかったようだ。ジャスミンは、鑑識官の到着なしに現場が整備された事、それが警察局の手順に沿っていない事を説明する。学生と学者は感心したように複数回頷いている。
「あの…実はね」
 と、エルリオがミリアムと目撃した作業服の男の言動について説明した。ジャスミンは訝しげに目元を細めはしたものの、驚いた様子は見せなかった。
「組織がかっているという事ですか?ならやはり、あれは自殺ではない可能性が高いという事ですね」
 興奮気味に言葉を吐き出し、ローランドはその場から踵を返した。「待ちなさい!」とジャスミンが咄嗟にその腕をとる。
「どこへ行く気?」
「寮棟の、あいつの部屋に行きます」
「部屋?」
「あいつが落ちた窓は、あいつの部屋だったんです」
 自殺、他殺いずれにしろ、何かしらの手がかりがあるはずだとローランドは言う。
「これだから学者肌の人って……っ」
 苛立たしげな小さい舌打ちと共に、ジャスミンは空いた片手を振り上げた。




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