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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT11-5
05

「まさか」という気持ちと、「もしや」という気持ち。それぞれが葛藤する中でミリアムはクラースの瞳を覗き込む。
(二十年も前の事……読み取れるかしら…)
 この時のミリアムは、クラースが口にした「二十年」という年月の嵩と、グレンの外貌とが不釣合いである事実に全く意識が無かった。記憶の奥に残っているであろう「将軍」の残像に手を伸ばそうとすると、突如体の奥底から急激に競りあがる意識を感じた。
「だめ!」
 と思った瞬間には既に、ミリアムの意識は体の奥底に押し込められていた。突然周囲の景色が消え、暗闇の中に取り残される。水底に漂うような浮遊感に包まれて、頭上を見上げると光が淡い色を発している。遠いところから、クラースやエルリオの声がした。
「え~、それじゃよくわかんない」と唇を尖らせるエルリオの声を聞きながら、クラースに微笑むのは、自分ではない。
『何故邪魔をするのですか!?』
 自分ではないもう一人、リューシェ。今自分の体を動かしている存在に向けて、ミリアムは精一杯の抗議の声を上げた。
『制御できないうちから力を濫用してはいけないと、言ったはず』
 意識の中に響くリューシェの声は、冷めていた。
『これ以上潜っていたら、相手にも気付かれるわ』
『でも…』
『黙りなさい』
 釈明の猶予もなく言葉を押さえ込まれた。
「写真とか残ってないの?雑誌とか新聞とか」
 リューシェの声の向こう側で、エルリオ達の声が聞こえる。物理的にすぐ隣にいるはずが、ひどく遠い。
「極端なマスコミ嫌いでも有名な方だったわね」
 これはジャスミンの声。それに「そうなんですよ」と頷くクラースの様子も見える、というよりも「感じ」られる。そして、彼らの輪に混じり、微笑で頷くミリアムの姿を借りたリューシェ。
『あの暴走者と同じになりたいの?』
 表情を崩す事なく、リューシェは内に閉じ込めたミリアムに問う。
『……暴走…』
「暴走」の言葉にミリアムの意識は萎縮した。乾きの街シュトル・セントラルで見た暴走者のおぞましい姿は、今でも写真を取り出すかのように鮮明に思い出される。膝を抱えて体を丸めて、ミリアムはせり上がる恐怖をやり過ごした。
『この印が暴走したら…とんでもない事になってよ』
 頭上から、変わらぬ冷たい色のリューシェの声が続く。
『……とんでもない、こと?』
 精神状態が直な感覚となって寒気となり、ミリアムの小さな両肩を撫でていく。身震いする肩をさらに縮めた。
『印の力に支配されてしまうと、意識せずとも頭の中に次々と人々の意識が流れ込んでくるようになる。耳を押さえても、どこに隠れていても、逃れられない。耳を潰しても、目を潰しても、無駄。最期は狂い死ぬしかないのよ』
「そんなの嫌です絶対イヤ!」
 リューシェの言葉を振り払うように、ミリアムは叫んだ。直後、自分の出した声で我に返る。
「ど、どうしたの?」
 目の前に、驚いてこちらを見ている面々の姿があった。一番近くにいたエルリオが、こちらに歩み寄って顔を覗きこんでくる。
「え、あ、私……」
 ミリアムは、自分を抱きしめるように胸の前で交差させた手に、力を込めてみた。己の体の感触がある。手の平に体温と鼓動を感じる。意識がまた、入れ替わったのだ。
「もしかして…リューシェと喧嘩してたの?」
 頬が触れるほどに顔を寄せて、エルリオが囁く。時おり唐突に言動が妖しくなるミリアムに、エルリオやジャスミンはすっかり慣れた様子だが、免疫の無いクラースは内心で首を傾げつつ、身を寄せ合う少女達の背中を眺めている。
「あの……」
 そのクラースへとかかる声があった。
「?」
 全員で一斉に振り向くと、
「先ほどは、大変失礼しました」
 図書館で取り乱していたライフェルという名の学生の、友人がいる。名はローランドといったはずだ。
「さっきの」と思わずエルリオの口から声が漏れる。
 四人で取り囲むようにしていた本が、さきほどライフェルが読んでいたものと分かり、ローランドは目を細める。
「我々に何、か…?」
 だいぶ年上であるクラースの方が、若い学生に恐る恐る尋ねる。ローランドは一度少女達を一瞥した後、クラースに真摯な面持ちで向き直った。
「あいつあの後、急に学校を辞めると言い出して…」
「さっきのご友人が?」
 言葉を確認するクラースの後ろで、エルリオとミリアム、そしてジャスミンは顔を見合わせた。
「なんで、どうして?」
 後ろから尋ねたのはエルリオ。
「……わかりません」とローランド。
「おかしいとは思っていたんです。それまで全く興味を示さなかった歴史の本を読み出したりして…でも、恥ずかしながら俺はそっち方面は全く…だから…」
「クラースさんなら原因がわかるかもしれない、と言うわけね」
 独語として呟かれたエルリオの言葉へ、ローランドの頷きが重なる。
「あの現場に居合わせていた、という理由もあります。あいつのあの様子だと、恐らくあまり他に知られては困る事じゃないかと思いまして」
「辞めるって、誰から訊いたの?本人から?」
 エルリオからの続けての問いに、ローランドは頷く。
「ならきっと、その人は引き留めて欲しいんじゃないかな」
 その言葉に顔を向けたのは、ローランドだけではなかった。
「本気で学校を辞めて姿を消そうというなら、こっそり行動を起こすと思うんだ」
 エルリオに、面々の視線が集まる。ジャスミンは、細いが筋肉質な両腕を胸の前で組み、視線を俯かせて一点をじっと見つめていた。深く思案している様子だ。一方のローランドも眉間に影を落とした神妙な面持ちで、じっとエルリオの言葉を聞いている。
「しかしながら、残念ですが……明確な原因は、私には、分かりません」
 申し訳なさそうに、クラースはそう答えるしかない。傍らのテーブルに置かれた本を手にとって、開かれたページをローランドに掲げる。
「恐らく、ご友人が見ていたページはここであろう事は濃厚なのですが」
 敢えて多く語らずクラースは紙面をローランドに見せて、彼の反応を待つ。だが本当に心当たりが無いようで、文字列を目で追いながら、彼はしきりに小さく首を傾げている。
 会話の流れが行き詰まり、無言による静寂が降りる。だがそれは一瞬で、
「迷っているか……または…」
 というジャスミンの呟きによって再び流れ出す。
「助けを求めているのかもしれない」
 低く吐き出された言葉と共に、ジャスミンの瞳が下からローランドを見据えた。黒く鋭い輝きをたたえる両眼は、彼女の想定する事態が深刻である事を表している。
「助けを……」
 それを受けてローランドはジャスミンと視線を突き合わせたまま、無言を挟んで思案する。ライフェルの様子を思い出しているようだ。そして突然、
「すみません…俺、戻ります」
 水を掛けられて目を覚ましたかのように息を飲んだ後、焦燥あらわに踵を返した。その勢いに公園内で憩を楽しむ人々が振り返る。
「私達も、行こう」
 続いて躊躇無く走り出したのはジャスミンだった。先を走るローランドの背中を指差す。
「え、ちょっと!」
 慌てて長い黒髪が尻尾のように揺れる背中を、エルリオとミリアムが追いかける。一瞬呆けてから、クラースも本を小脇に抱えなおして走り出した。
 ローランドに追い着くのは難しい事ではなかったが、ジャスミンは一定の距離をおいて彼の背中を追随した。肩越しに背後を一瞥すると、少女達も懸命についてくる。エルリオは、ポケットに無造作につっこんだキューが落ちないよう気を遣っているため、少し走りが不自然だ。
 公園を抜け、先ほどの図書館を逸れて大学校棟へ向かう。寮が隣接されており、ローランドは警備員が立つ門を走り抜けていった。咄嗟にエルリオ達はクラースを引っ張り込み、彼に警備員の相手をさせて自分達は何食わぬ顔で敷地内へと入っていく。寮の入り口は三箇所あって、ローランドはそのうちの一つの玄関先に向かっていた。寮棟は七階建てとなっており、鉤型に東西が折れている。入り口は建物の中央と左右の棟に一つずつあった。
 その時。東側の入り口へ駆けて行くローランドを追うジャスミンの背中を追っていたエルリオは、視界の端に白い影が揺れ動くのを見た。
「?」
 ジャスミンの背中から目を離し、走りながら建物の上階を見上げた。
「いやあ!」
「あ!」
 隣でミリアムが声を上げるとほぼ同時に、エルリオも叫び声を詰まらせた。二人の少女の視界の中で、建物の上階の窓から放り出されるように飛び出した影が、地に向かい落ちていったのである。
「!?」
 落ちてきた「それ」は、玄関の手前、ローランドの正面で地に叩きつけられて数回バウンドした。乾いた白い地面に赤い液体を撒き散らし、ローランドの足下で止まった。
「わ、わわあ!」
 少し離れた背後から、クラースの奇妙な声が上がる。
「それ」は、人間だった。
「ライフェル!」
 赤黒い水溜りの中央に転がる人物の名を叫び、ローランドは駆け寄る。数歩背後のエルリオ達も、その光景を見た。「ひっ」とミリアムが喉を引きつらせる声が聞こえる。辛うじて声を上げるのを堪えたエルリオも、血溜まりの中で動かない人間の体から目が離せないまま呆然とするしかない。
「まだ生きているわ」
 と、横からジャスミンの冷静な声。寸時に生死の状態を把握できたのは、軍役経験の賜物なのだろうか。
「た……助かるんですか?」
 だがミリアムのこの問いに、ジャスミンは首を斜めに振った。「わからない」という事だろう。騒ぎを聞きつけてやってきた警備員は仰天し、医務官を呼んで来ると言い残して立ち去った。ぽつりぽつりと、寮の内外から学生達が姿を表し始める。この時間帯、多くの寮生が大学院に出向いているために、不幸中の幸いか、野次馬の数は少ない。
「何で…何でこんな…ライフェル!」
「動かしては駄目。まだ息があるわ」
 友人の傍らに膝をついたローランドを、背後からジャスミンが肩を掴んで止めた。ライフェルの体には触れず、ローランドが彼の耳元に顔を近づけて名前を数度呼ぶと、僅かに反応が戻った。血液に漬かって半分以上が赤に塗れている顔が、懸命に友人を見上げようと首をもたげるが、かなわぬようだ。その様子に「しっかりしろ」とローランドが繰り返す。
「すぐ医務官が来るからな」
 焦燥した声がローランドは励ましの言葉をかけ続ける。
「ダメ……だ」
 ようやくライフェルから反応らしい反応が戻る。
「絶対に……関わる……な」
「え…?何がだ…?」
とぎれとぎれの消え行きそうな呼吸と共に吐き出される単語。ローランドはそれを必死に聞き取ろうとしている。
「ヴェ…」
「離れて!」
 何かを言いかけたライフェルの声をかき消したのは、ジャスミンだった。傍らのローランドの肩を後ろに引き、自らも後方に飛びのいた。そして後方で呆然とする少女達に、
「見ちゃだめ!」
 と叫ぶ。
 水面で巨大な水泡がはじける、そんな音と共に、ジャスミンは露出している自分の腕が赤く汚れたのが見えた。それは、至近距離から飛び散った、血液。生温かった。
「!」
 ジャスミンの視界の中、正面の光景に向き合ったまま呆然としていた少女二人の面持ちが、大きく歪んだ。一拍の呼吸の後、「きゃあああ!」とミリアムが叫び顔を両手で覆い、エルリオは何が起こったのか理解していない様子で丸い瞳を見開いたまま動かない。一方で、ジャスミンに引き倒されたローランドは、体を起こすと同時に言葉にならない音を口から短く漏らしていた。それと似た反応を見せていたのはクラース。
「……遅かった……」
 後悔の言葉と共にジャスミンが肩越しに振り返ると、そこは一面の赤色だった。華麗に花弁を広げた菊のように、血が四方八方に飛び散り巨大な花を描いている。その中心にいたはずのライフェルの姿は、もうどこにも無かった。
「な…な…何が……何が起こったのですか…今…」
 顔を塞いで背中を丸めるミリアムから、呻き声のような小さな言葉が漏れてくる。それに応えられる者はない。
(えーっと………なんで…なんで…消えちゃった、の…?)
 巨大な血溜りの中心を見据えて、エルリオはショートしかけた思考で懸命に考えた。さっきまで、ローランドの側で苦しそうな呼吸に喘いでいたライフェルの姿が、何故忽然と消えてしまったのか。そして何故、自分や、ミリアム、クラース、ローランドやジャスミンの衣服や腕がそれぞれ、赤く汚れているのか。
 他人の血液で汚れた自分の腕を、エルリオは見つめた。赤黒い液体は、思ったよりも熱い。エルリオの肌に纏わりつくような粘着さがある。
「ライフェル……」
 絶望感しか無いローランドの声に、エルリオは我に返る。
 今ある状況を整理するまでもなく、推測するまでもなく、エルリオの目は見ていたのだ。
 それは「爆発」という現象だった。だが、そこに火薬による硝煙や、地が抉られた痕跡がない。乾きの地で見た、暴走者の顔面が弾丸により吹き飛ばされる瞬間とも違う。確かにライフェル自身の体が、中心から吹き飛んだのだ。
「何かあったのか?」
「なんだなんだ」
 徐々に遠巻きに他の学生達の声が、数を増やしつつあった。まばらな人波が、徐々にコロシアムのように円形の空間を作りつつある。その中央に、真っ赤な血の花。
「………」
 呆然とする少女二人とローランド、対照的に冷静な顔色を保つジャスミンは集まり始めた野次馬達を見渡す。
(まずい……目撃者が増えすぎる…)
 ジャスミンの思案に重なり、出口方面からまた新しい声が近づいてきた。
「騒ぎを大きくするんじゃないぞ」
 他と一線を画した沈着した声音。顔を向けるとそこには、白帽を被った一目で医療に携わる者と判別できる装いの男がいた。警備員が呼んできた医務官らしい。群がる学生達を「散った散った」とあしらいつつ、赤く染まった現場に厳しい視線を動かしている。
 厳しい視線がエルリオ達に向いた。何か言いかけて、だが先に片付けておくべき課題を思い出して、踵を返す。医務官は寮棟の玄関に向かい、中から出てきた管理人と言葉を交わす。頷く管理人は慌てた様子でまた寮内へと駆け込んでいく。それから再びエルリオ達の元に戻って来た。
「少しお話しを聞かせて頂きたい」
 事務的な言葉と共に、医務官の冷ややかな視線がエルリオ達に注がれた。




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