このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師ACT11-4
04

 学匠の街の中央公園は、緑の他に白色が目立った。歩道のタイル、ベンチ、テーブル、モニュメントといった、植物以外のあらゆる無機物が全て白色で統一されているからだ。
 公園の一画に、噴水池が見渡せる広場がある。白い丸テーブルとベンチが等間隔を空けて並んでいるそこで、市民は思い思いの時を過ごしている。読書をする学生、編み物をする老女、お茶を楽しむ婦人達など。そんな中、テーブルを囲む少女二人と若い女がいる。
 テーブルの中央、開いたノートの上で白いぬいぐるみがエンピツを持って不規則な動きをしている。それを、三人は外から見えないように取り囲んで完全防壁を築いているのだ。だが明らかに周囲から浮いている。本人達は気がついていないが。
 ノートの紙面に、ぬいぐるみのキューが描き出した模様は、民族史概論に掲載されている太陽の紋章と酷似していた。完全一致でないのは、キューに覚えさせたそれが手書きによるものであったらしく、線に歪みが生じていたからだ。紋章の下に、走り書きの文字で「ヴェロニカの記憶」とある。
「……これだけじゃ何がなんだか」
 父親ワイヴァンの部屋にあった、書籍を始めとする紙という紙全てを覚えさせたので、恐らくこれも父の手による走り書きメモの一つなのだろう。紙を手に取りエルリオはそこに描かれたものを眺めるが、それで答えが出るはずもない。両脇から覗き込むミリアムとジャスミンは、先ほどから無言だ。
「あの~……何を、なさってるんですか?」
 と、少し離れた距離からクラースの声。縫いぐるみが動いているところを見られる訳にはいかないので、少し離れたテーブルでは、クラースがぽつねんと待たされていた。あまり健康そうだとはいえない青白い肌が、なんとも煌びやかな陽光に不釣合いだ。自覚があるらしく、いい年した学者は所在なさげに肩を縮めて少女達の様子を眺めていた。
「クラースさん、きて~」
 キューをポケットに詰め込み、ノートを閉じてエルリオはクラースを呼んだ。やれやれ、と小さく苦笑を溜息として洩らしながらクラースは少女達に歩み寄る。テーブルの上には、クラース名義で借り出したアリタス民族史概論が置かれていた。開かれているページは、ヴェロニカの項。
「さっきの学生さん、絶対にこれを見て顔色を変えてたと思うんだ」
 太陽の紋章を指差して、エルリオは後ろからやってきたクラースを見上げた。
「ヴェロニカ民の紋章ですか」
「何でだと思う?」
「うーん…」
 少女の素朴な疑問に、クラースは小さく唸ってと腕を組んだ。
「ヴェロニカは、非常に技術力に優れた民なんですよ」
 電力に頼らない動力の開発や、既存技術の応用や、鋲を一切使わないからくりの開発とか、得意にしていたようだと、クラースは説く。「技術力に優れ」とはあるが、そこまで具体的な解説は、本に記されていなかった。
「先ほどの、学生は、理学科でしたから、研究対象にでも、していたのかも、しれないですね」
 確かに一理あるが、それでは彼の行動を説明付ける事はできない。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
 遠慮がちにミリアムの声。白く細い指先が、本の一説を指し示した。
「このヴェロニカという民は、アリタス国軍により解体させられ、事実上滅んだとありますが、何故なのでしょうか?」
 史実上、国軍により解体を余儀なくされた民族は、ヴェロニカのみならず、少なからずや存在する。理由は明確で、約五百年前から急速に進められた国の軍国化政策が、防衛強化策として国内統一を敢行した為だ。国軍が提示した譲歩と条件を飲み、統一に賛同する民がいる一方で、徹底抗戦を断行する民もあった。だがいずれも、圧倒的武力差により制圧される結果となる。国軍の武力の前に生き残った反対勢力は無い。ヴェロニカもその一つだ。
 エルリオとミリアムはクラースの説明に、一つ一つ小さく頷く。ジャスミンは、平坦な面持ちのままだった。
「ヴェロニカ民は、他の少数民族と、少し毛色が異なっていて、特定の、棲地といいますか、聖地や故郷といいますか、そういうのを持たないんですよ、確か」
「遊牧……じゃないか、流浪民ってこと?違いがよく分からないけどさ」
 エルリオの返しにクラースは首を傾げる。
「どうなのでしょう。流浪民族は、他にもありますが、でも普通、そういう人々は、元々の故郷や、ルーツに纏わる地が存在し、何らかの理由でそこを離れた人々の事を指します」
 定義をよく知らずに言葉を使っていたので、エルリオはクラースの解説に大きく頷いた。
「なにぶん、既に滅んだ民族なので、資料が、存在しない可能性が高いのです。しかし、私が調べた限りでは、流浪民族のうち、その故郷に関する資料が、無いのは、おそらくこのヴェロニカぐらいではないかと」
「分布は?主な民族分布図でもあれば凡そのルーツが分かったりするんじゃないの?」
「それは私も、疑問に思ったので、一応調べたのですが、ヴェロニカの分布は、アリタス全土に、拡散していて、規則性が、見出せませんでした。かなり古い歴史を持つ民族であるならいざしらず、しかしながら、史料でヴェロニカの名が初めて出たと思われるのは、せいぜい五百年強前ですし」
 四桁クラスにならないと、「古民」とは分類されないらしい。
「え~…」
 クラースの説明に違和感を覚えて、エルリオは眉根を顰めた。
「それってさあ、「民族」って言うのかな」
「……え?」
 顎下に手を添えて考え込む姿勢でそう呟かれたエルリオの言葉に、最初に反応したのはジャスミンだった。クラースが彼女の様子に視線を一瞥させたが、すぐにエルリオに戻される。
「思想団体か宗教団体みたいな感じがするね」
 史実のパターンとして、国の大規模改革案に反対勢力が生じるのは自然な事であり、ヴェロニカも軍事国家化政策に抵抗した結果の滅亡とあれば、そうあってもおかしくないのではないか、というのがエルリオの意見だ。
 ただ、それがどう湾曲して「滅亡民族」と史実に記されるようになったか、その構成員達が高い技術力を持つようになったのかの経緯推測を、エルリオに説く事はできない。専門外のことであるから、出来なくてもいいのだ。ただ思いついたことを口にしただけの事である。
「……面白い事を考えますね」
 だがエルリオの突飛な仮説は、この日陰学者の好奇心を大いに刺激したようだ。クラースは口の中で多くを呟きながら感心したように頷いている。
「軍により滅ぼされた民族の中で、最も長期に渡り抵抗を続け得たのは、ヴェロニカなのです。原因は、その高い技術力もそうですが、人数も、大きな要素だったようです。全国に分布した民の中には、軍内部にまで侵食している者もいたようですよ」
 軍の内部分裂も引き起こし、国軍は内外に痛手を負わされた。
「そこまで大きな存在ながら、民俗学上の実体が伴っていないのは、確かに不自然なこと、です」
 もはやクラースはエルリオを「幼い少女」と認識していないようで、己の専門分野を語り合う事のできる数少ない相手としている。声の張り、速度が再び興奮気味に上がっていた。
 片やエルリオの方も、純粋にクラースとの会話を楽しんでいた。
「すごいね、おじさん。歴史について何でも頭に入ってる感じ」
 打てば響く、生きた本のようなクラースは、エルリオの好奇心を刺激していた。学校の勉強は好きな方だったが、今ほど面白いと思った事はない。
 年の離れた少女に誉められて、クラースは顔を赤くして照れている。「いえいえ」を繰り返しつつ、満更でもない。
「………」
「………」
 二人のやりとりを眺めているジャスミンとミリアムは、お互いに顔を見合わせた。どちらからともなく、「やれやれ」という意味がこもった小さな苦笑が向かい合う。
「ヴェロニカについては、たまたま、個人的興味があって、調べただけなんです。そうでなければ、歴史は深すぎて、私なんぞでは、幾ら年月を費やしても知識を網羅させる事など、できませんよ」
 照れを隠すためか、クラースの口調は一層、早口になっている。
「個人的興味とは……何故?」
 そんな彼の言い訳を含んだ答えに反応を見せたのは、ジャスミンだった。ミリアムは密かに、彼女の様子を一瞥する。同じ質問をしたいと思っていたところであったので、ミリアムにとっては丁度よかった。
 谷での出来事を、ジャスミンの方は覚えていない。如何に成しえたか分からないが、リューシェの力によるものらしい。だから迂闊にミリアムがヴェロニカに興味を示している事を悟られてはならないのだ。
「ヴェロニカの工芸品を見たことがあるのです。その、素晴らしさに感激して、興味をもって」
 楽しそうに答えるクラースに、ジャスミンを訝しがる様子は微塵も見られなかった。むしろ意気揚々と、身振り手振りでその「工芸品」とやらの形を再現している。
「博物館とかで見られるの?」
 と尋ねたのはエルリオ。クラースは首を横に振る。「聞いてくださいよ」と、テンションがまた一段上がった。
「先ほどお話ししました、イーザー将軍です。将軍執務室に飾られていた置物の中に、見事なからくり細工の施された箱がいくつかありまして、それがヴェロニカの工芸品だというのです。何でも古いご親戚が古美術商から買ったとものだという事で、ほとんど現存していない非常に珍しいものでしたから、見せていただいたのです。その時に、ヴェロニカを始めとする滅亡した民族史の話になりまして―」
 そこからクラースの話は延々と続く。将軍と交わした歴史談議の内容、ヴェロニカのからくり技術が素晴らしかったか等を、ひたすら話し続ける。
「それホンモノなの?」
 眉唾だな~、と半ば冗談のつもりでエルリオが応えると、クラースはテーブルの上に広げられた本にある、太陽の紋章を指差した。
「ホンモノだと思いますよ。「ヴェロニカの記憶」と呼ばれるこの太陽の紋章がちゃんと細工に施されていましたし、箱に合う鍵にもちゃんと紋章が細工されていましたから」
(太陽の……鍵…?)
 三人の視線の死角にいたミリアムは、クラースの言葉に瞠目した。
「この鍵もまた、面白いんですよ。銀製の宝飾品のように美しいフォルムは、我々が使っている物とは全く形状が異なって、一目ではそれが鍵とわからない複雑な―」
 そこから先のクラースの一人喋りは全く頭に入ってこなかった。ミリアムが知る「グレン」が持っていた太陽の首飾り、その形状はクラース曰くところの「ヴェロニカの記憶」と呼ばれる紋章に酷似している。その類似品を、ACCに像が立っているという程の高級軍人も持っているというのだ。しかもその人物も、「グレン」。
(嘘……)
 突然舞い込んできた、奇妙すぎる合致。だが一方で、それだけの要素で安易に仮定を結びつける事はできない。
「へ~、これ「ヴェロニカの記憶」っていうんだ」
 ミリアムの内心を全く知る由も無いエルリオは、また感心した声をあげてテーブル上の書籍に再び目をやる。本の中ではどこにもその記述がない。父親のメモにあった事をクラースが知っていたのは驚きに値した。やはり彼の知識量はかなりのものなのだろう。
「クラースさん」
 ヴェロニカ工芸品の芸術性にまで話を及ばせているクラースを、遠慮がちにミリアムの声が止める。
「その将軍って…どんな…方なのですか?」
 か細い声による質問に「どんな?」とクラースは首を傾げる。不審がられたかと、ミリアムは小さな焦りを覚える。
「わ、私、ACCの像を見たことがなくて、だから、どんな方なのだろうと思いまして。覚えて、いらっしゃいますか?」
 ミリアムの様子に少し不可思議さを感じながら、エルリオも、将軍の外貌には少し興味があった。ACCに立てられている像の顔面は、偉人を神格化してデザインしているために、どれも仮面を被ったように無特徴な作りをしているのだ。
「勿論ですよ。もう二十年近く前の事ですが、忘れる訳がありません」
 また少し自慢気に、クラースは目を細める。だが、それを受けたミリアムの面持ちは、笑っていなかった。眼鏡の向こうにあるクラースの両眼を、真っ直ぐに見詰める。人形のような顔に凝視され、クラースは一瞬、ある種の恐怖感さえ覚えた。
 だがそれもつかの間、
「………っ……」
 突然、灰色の両眼が瞑られ、ミリアムは美しい面立ちに僅かな苦痛を載せた。短く息吸って、俯くことで自らクラースから視を逸らす。
「?」
「どうしたのですか」と尋ねようとクラースが唇を開きかけた頃には、既にミリアムの面持ちには柔らかい笑みが浮かべられており、何かを言いかけたクラースに気がついて僅かに首を傾げて応える。
 改めてどうしたのかと尋ねるのも不自然な気がして、
「ええと、あの、そう、普通の方でしたよ。驚くほどに」
 クラースはそれに触れず、向けられた質問にだけ答えた。
「え~、それじゃよくわかんない」
 と唇を尖らせて抗議するエルリオは、その瞬間、リューシェがミリアムと入れ替わっていた事に全く気がついていなかった。
『何故邪魔をするのですか!?』
 頭の中で響くミリアムの声を無視して、リューシェは演技で固めた微笑を口元に浮かべ、クラースの話に相槌を打っていた。







ACT11-5⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。