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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT11-3
03

「これから会いに行く元上官って…大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
 イルトの質問の意味を、グレンは肩越しに振り向いて尋ねる。
「どれくらいぶりに会うか知らないけどさ。その…外見のこととか」
 表現に迷うイルトと反対に、グレンは「ああ」と笑った後あっさりと「彼は大丈夫」と頷き返す。イルトとしては何がどう大丈夫なのか全く分かりかねるのだが。
「二十数年前、私がグレン・イーザーとして初めて市街戦の指揮を執ったのが、この街で」
 突然、背中を向けたまま歩き続けるグレンの話題が切り替わる。別の景色に気をとられかけていたイルトは大股でグレンの背後に追いついた。
「さっき話した、ブラックマーケットを仕切っていた集団の摘発、それが与えられた任務だった」
「難しそうだなあ」
 グレン本人が「初めて」かどうか別の話だが、表面上、一若年の軍人が初指揮を執る任務内容にしては複雑なように思える。
「私は当時まだ尉官で、この任務に限って、一人の佐官が顧問として充てられる事となった」
 つまり、グレンの直属の上官という事になる。
「それが、レイブリック元准将、当時の大佐。これから会いに行く人物だ」
「あれ、その名前…部下なんじゃ?」
 夢に出たという、過去の部下の名だった筈だと、イルトが指摘する。
「ああ、ごめん。そっちのレイブリックは三百年前の人間だ」
「三……」
 また当たり前のように提示される現実感の無い数字に、軽く呆れながらもイルトはそれが偶然の一致なのか、それとも別の可能性があるのかを尋ねが、
「これからお目にかかる方のレイブリック氏に会えば、分かってくるよ」
 そうもったいぶられたまま歩き続けること数十分、見えてきたのは白く大きな館へと続く門だった。プレートには流れるような古典字体で「レイブリック」と書かれている。建物の概観からだけでも、随分な名家と見受けられた。
 閑静な住宅街の中央に、その館は静かに聳えている。
「すごい家だな…」
 無意識に独語がイルトの口から漏れていた。
 門番の男とグレンが短く言葉を交わした後、正面玄関を避けて中庭へ続く門の方へと通される。それでもイルトが暮らしていたグレリオの館の正面玄関よりも大きかった。整然と手入れされた芝生の上に、背の低い垣が設けられており、花の姿は見られず、庭全体は緑で統一されている。
 中庭が見渡せるパノラマの窓を有した書斎。そこからこの館の現主は、来訪者を窓から見下ろしていた。書斎の中央に置かれたテーブルには、来客を迎えるために家の者に用意させた茶器一式が並べられている。
 主の名はジョルジオ・ジェイス・レイブリック。先年、国軍を退役した。レイブリック家は代々多くの軍人を輩出してきた名家だ。いずれも高い運動能力を持つ戦闘要員タイプが多く、数多くの武勲を立ててきている。現当主ジョルジオも例外ではない。
 中庭の緩やかな丘陵を登ると書斎への入り口がある。ジョルジオが見下ろす窓の向こうで、よく見覚えのある男が、こちらも見覚えのある顔をした青年を伴ってこちらへ歩いてくる。若い青年の方がジョルジオの姿に気がつき、後ろから男の肩をつついてそれを知らせる。
「…………」
 鳶色の瞳がジョルジオを見上げた。来訪の許可を取り付ける電報の送り主、グレン・イーザー。十数年前にジョルジオの部下だった男だ。その頃と全く変わらぬ外貌がそこにあり、こちらに気付いてゆっくりとした会釈を向けてくる。
 ジョルジオは感慨を現わさない面持ちのまま、中庭と書斎を繋ぐ扉を開けた。
「午前中の早い時間に申し訳ございません」
 先に言葉を発したのは、来訪者であるグレンの方だった。挨拶が謝罪であるところがこの男らしいと、ジョルジオは思う。
「悪い癖は十数年前から治っていないようだな」
 挨拶の代わりに不敵に笑い、レイブリック家の主は二人組を出迎える。年を重ねても変わらぬ、油断の無い鋭い瞳。それに似合う、低い声。だが敵愾心や刺々しさは感じられない。
「え?」
「そうやってすぐに謝るところがだ」
 手の動きで入室を促しジョルジオが先に書斎へと入っていく。
「『謝るよりは礼を言え。その方がお互い気まずくない』。誰かがそんな事を言っていただろう」
 ジョルジオ・レイブリックの言葉にグレンは一瞬ぽかんと目を丸くする。イルトの目にはそれが少し幼く映った。何だか珍しいものを見た気分だった。それに、
(普通に流されてるけど……いいのか…?)
 とイルトが戸惑うのは無理もなく、十数年ぶりの再会と自らも言っていたレイブリック家の主は、恐らくその頃と全く風貌が変わっていないであろうグレンについて、何も言及してこない。
「ひとまずは入りたまえ。そこのサイファに似た君も」
「え」
 突然、グレンを室内に誘う館の当主に名字を呼ばれ、イルトは返答に詰まった。唐突なことに儀礼を忘れて立ち尽くす青年を咎める様子もなく、ジョルジオ・レイブリックはさっさと書斎へと入っていった。我に返り、イルトも慌ててグレンに続いて書斎へと足を踏み入れた。
 入室してまず目に付くのが、四方の壁の高い位置に下げられた数々の額縁。いずれも軍の正装をした人々の肖像写真だった。
「………え…?」
 イルトはそれらを見上げたまま、入り口に佇む。
 ジョルジオは若い来客者の様子を一瞥するが、さほど気にする様子もなくグレンにソファへの着席をすすめた。グレンもイルトを呼ばず、ただ一つ頷いて促されるままにソファに腰を下ろした。それを見届けてジョルジオも自分の木椅子に腰掛ける。
「あ……その、これ…」
 椅子が軋む音でイルトが我に返る。だが視線は未だ壁の上に向いたままだった。森に迷った子供のように、首ごと視線が右往左往する。
「これらは代々の当家当主の肖像写真でな」
 声調の変わらないジョルジオの言葉がイルトに向く。
 フレームの下にそれぞれ生没年が掘られている。東側の壁から時計回りに年代順に並んでいた。生没年が被っているものもある。最も古いものは、三百年以上前に遡る。
 いずれその列に写真を飾ることになるのであろう、現レイブリック家当主は、机の上に立てかけられている額縁を指差した。
「あれが、私の写真だ。いずれあそこに並ぶ事になるがね」
 軽い自虐が含まれた冗談を口にしながらも、ジョルジオの面持ちが動くことはない。促されるままにイルトは、ジョルジオが示した机上の額縁を見る。そこには鋭い眼光の若い男が写っていた。ジョルジオが若年の頃に写したものなのだろう。
「後継者はすでにお決まりなのですか?」
 と尋ねるのはグレン。
「末の倅に印が現われてな」
 答えながらジョルジオは席を立った。机の隣に置かれたカップボードの前に歩み寄り、ガラス張りの引き戸を開けた。
「一昨年に士官学校を卒業したばかりのまだ若輩だが…いずれ奴に継がせるつもりでいる」
(印……?)
 その単語にイルトは顔を上げる。これまで長や姉以外に印保持者を見たことが無く、自分や父以外で、血統から血統へと受け継がれる形で印を保持している人間を見るのも、初めてだった。イルトの視界の中でジョルジュは、棚から小さな写真立てを取り出した。それを手に、再び椅子に戻る。
「レイブリック教官のご子息とあれば、さぞやご活躍の事でしょう」
 ジョルジオ・レイブリックの現役時代を知るグレンは、素直な感想を口にした。
「その呼び方はもうよせ。お互いに退役して長い。それに最終的には君の方が出世したのだからな」
 そうは言いながら息子を誉められれば、この老将といえど満更でもなさそうで、彼の口元には僅かに笑みが浮かんでいる。グレンはゆっくりと、息を吐いた。
「ご子息に、ぜひお目に掛かってみたいものです」
「………」
 少し長い沈黙が通り過ぎた。グレンとレイブリックの間に流れる空気に変化が生じたのが、イルトにも感じられる。
「ふっ…」と軽い咳のような低い笑いと共に、ジョルジオは棚から取り出した小さな写真立てを表返しにして、机の上に置いた。己の写真の、隣に。
「これがその倅だ」
 息子だとジョルジオが指差したのは、右の額縁。そして左側に、ジョルジオ本人の若き頃の写真。そこには、服装が異なる同じ顔が二つ、並んでいた。
「………」
 イルトは聞こえない溜息を吐いた。グレンに履歴書の写真を見せられた時の既視感が甦る。
(「大丈夫」って…これの事なのか…)
 まだ入り口で呆然と立ち尽くすイルトは、再び視線を壁に移した。
 部屋の壁を埋める額縁の写真に写る人々はいずれも、机の上に並ぶ二人の親子の写真と、ほぼ寸分違わぬ外貌で写っているのである。血族同士による容貌の類似とは、レベルが違った。この部屋に招き入れられた時、入り口で壁を見上げたままイルトが絶句した理由は、これだった。同一人物の写真が並べられているのかと思った直後、額縁に刻まれた生没年を見て愕然としたのだ。
「そんなに珍しいかね、君」
 老将の低い苦笑がイルトに向く。
「え……」
 それに応えようとイルトが壁に向けていた視線を下げたのと、ジョルジオがアームチェアに預けていた背を離したのは同時の出来事だった。彼の長い手がテーブルの上のシルバーを自然な動きで、だが凄まじい速さで掴み取る。指先で弾き逆手に持たれたシルバーは、最短の動線に乗って標的目がけて突き立てられようとしていた。ジョルジオの正面に座る、グレンの顔面へ。
「なっ…!」
 イルトの声と、木板を強く踏みつける音が室内に響いた。ほぼ同時に、小さな風が空気を薙ぐ。張り詰めた静寂が降りた一瞬後、
「………」
 ジョルジオ・レイブリックが突き出したシルバーは、グレンの顔面前に差し出されたイルトの手の平の直前で、止まった。書斎の入り口からテーブル脇までの距離を、ほぼダイブするかのように駆けたイルトは、右手をグレンの顔前に差し出し、左手でテーブルの角を掴んだ少し苦しい体勢のまま、固まっていた。
「な、な……」
 窒息しそうに大きく息を肩で吐き出しながら、イルトは混乱しそうになる頭でようやく事態を飲み込んだ。
「何…いきなり何すんだ!」
 ようやく発する事の出来た言葉は、儀礼も外聞も無いものだったのは、致し方の無い事だ。
「っははははは」
 イルトの怒声を受け、老将は豪快に笑う。
「ああ、懐かしいな。その生意気な物言い」
 語感に笑いを残しつつ、手にしていたシルバーをテーブルの上に戻した。元上官の突然の行動に微塵の動揺も見せないグレンは、「ありがとう、イルト」と脂汗をかいているイルトに微笑む。寸止めされる事を知っていたかのようだ。
「いや「ありがとう」じゃなくてさ…」
 再びアームチェアに背中を預けて悠に構える老将に、戸惑いつつもイルトは精一杯の警戒を向けた。そんな若者の様子を咎めるでもなくジョルジオは、毛を逆立たせて威嚇する動物のようなイルトの、顔から足元までを軽く一瞥した。
「流石に、サイファに劣らぬ反射神経だ」
 イルトの姓名でもあるサイファ、ここではつまりイルトの父親を示している。
「だが、気を抜いてはいかんぞ。もし私が本気であれば、食器とはいえこのシルバーは君の手の平を刺し貫いていただろう」
 半ば呆然と立ったままのイルトは、突然始まった老将の講義に目を細める。テーブルの上に戻されたシルバーと、印が刻まれている己の手の平を交互に見やった。
「そうなったとしたら、その後はどうなると思う?」
「どうって……」
「貫いた君の手の平ごと、シルバーはイーザーの眉間に一刺し…または痛みの為に君が躊躇した一瞬の隙に、私の空いたもう片方の手が彼を仕留めていた。いずれにしろ、彼は死んでいただろう」
「………」
 ぞっとしない話だ。イルトはあからさまな嫌悪感を面持ちに表して沈黙する。
「こういう時は、手首だ」
 言いながらジョルジオはイルトの方に差し出した己の右手首を、左手で軽く叩く。
「手首を掴んで止める。腕は駄目だ。すり抜けてしまう。手首であれば、左右の骨の出っ張りに指が掛かりやすい。体術の上級者となれば、親指の付け根部分、急所の一つだが、手首を掴んだ際にそこを攻めて相手の動きを止める事ができる」
「急所、こんなところに…?」
 思わずイルトは自分の手首に指をあてて、感触を確かめた。寸時前までの敵愾心は好奇心に覆いかぶさられて消えてしまっている。お人好しとも言える素直な彼の様子を、二人の元軍人は微笑ましく眺めていた。
「君は本当によく似ている。ライズ・グレリオ・サイファに」
「………そりゃ、父子ですから…」
 射抜くような老将の鋭い瞳から、イルトは視線を逃がした。改めて感慨深げに言われると、無性にむず痒さを感じる。ソフィアといい、この元上官といい、グレンと近しい人間はいずれも父親のライズをよく知っている。彼らのイルトを見る瞳には、浅からぬ邂逅が見受けられる。あまり知る事のなかった父親の姿が、第三者を通じて少しずつ浮かび上がってくるようだ。
「教官が仰る「似ている」は、これと同じ事だよ」
 と、グレンは机上の写真立てに視をやって示す。
「姿形だけではなく、性格、体質、嗜好、能力が、印と共に受け継がれているように酷似する」
 グレンの言葉を継いだのはジョルジオ。
「この写真群を眺めていると、こう思うようになってくるのだ。我々は、別々の人間でありながら、実質上、印の力により一人の人間として存続させられているのではないかと、ね」
 実際は生没年が被っているために、正確に「一人の人間」と表現する事はできない。現に同じ印を受け継いだ父と子が同時に現存しているのだから。
「これは不動印保持者にはよくある現象のようだ。そう驚く事ではない。君の「それ」も同様なのだろうから」
 咄嗟にグレンの前に差し出されたイルトの手の平に、人の知己に届かぬ意思により刻まれた印が存在しているのを、ジョルジオは見ていた。それはイルトの父親であり、間接的にジョルジオの部下でもあったライズにも、同じ位置と場所に同じ形で現われていたもの。
「しかしね、二つだけ、この印をもってしても受け継がれないものがある。何だと思うかね」
 老将の問いはイルトに向けられている。答えが思い浮かばず、イルトは首を横に振った。
「それは、記憶と意思だ」
「記憶と意思……」
「それが、我々が別々の人間であるという事の証なのだ」
 イルトはジョルジオの言葉に思わず、視線だけでグレンを振り向いた。
 グレンはどうなのだろう。
 姿形は勿論、記憶も引き継いでいるという事は理屈上、「一人の人間」だと言えよう。世代を重ねて行くのか、一人の人間が転生を繰り返すのかという根本的な違いはあるが、印が一定の人間を媒介して存続するという点において、グレンの持つ印も不動印と位置づけられるのだろうか。
 考えるほど深みにはまって混乱しそうになる。
「だから私は、倅の事は倅に委ねようと思ってな」
 イルトに向いていたジョルジオの視が、そこでグレンに向き直った。
 真っ直ぐに視線を返す事でグレンは元上官の言葉に応えていた。





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