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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT11-2
02

 ある早朝。朝靄晴れぬうちの、まだ町全体が眠る時間。
 緑街と呼ばれるその町、キルギストックに、アリタス国軍セントラルから派遣された小隊が到着した。隊は十二人編成。とある一つの任務を背負っていた。対外戦争とは無縁の、国内取締りに関連したごく小さな任務だ。
 キルギストックは、ストック地方と呼ばれるアリタス北東部地域の中にある町の一つであり、他に「ストック」の名を持つ町は周辺に三つ存在する。国軍ストック局が敷かれているのは、その中でもっともセントラルに近い位置にあるエリストックの町であり、小隊は一旦このストック局を経由してキルギストックに入った。
「中尉」
 小隊が陣営として用意した廃屋寸前のアパートメント、その非常階段に腰掛けて煙草を吹かす人影に、女性下士官は声をかけた。
「………」
 返事が無い。男は三階から見える町の景色を無表情で眺めている。大柄な体躯の広い背中は部下の声に興味を示す様子が無かった。
「中尉?」
 再び呼ぶ。彼のことだ、必ず気が付いている筈なのである。
「………」
 だが返事が無い。
「中尉!」
 今度は少し強く呼ぶ。
「何だ」
 三回目に呼ばれて、ようやく男は反応を示した。膝上に乗せていた銃が小さな音を立てる。射抜くような鋭い視に振り向かれ、男を呼んだ若い女の下士官は僅かに怯んだ。色素の薄い男の茶髪は軒の狭間から差し込む朝陽を受けて、秋の稲穂のように金色に輝く。それがまるで、荒原に風を受けて佇む獣を彷彿とさせた。
「……あ、あの」
 一瞬見惚れた後、女下士官は上官からの伝言を言葉にした。
「大尉が、打ち合わせを行うので中尉にもご同席をと」
 彼女の言う大尉は今作戦執行部隊の隊長を指している。打ち合わせとは即ち、作戦会議を意味していた。男は再び下士官に背を向けた。
「作戦が決まったら後でまとめて教えてくれ。隊長の話は長くてかなわねぇ」
「で、でも」
 あまりにおざなりな先輩の返答に、なんとか下士官は食い下がる。今作戦の責任者である隊長から、必ず連れてくるようにと言い付かっていた。命令を無視し、独断で単独行動をとりがちなこの一匹狼に鎖をつけておかねばならないのだ。
「こう伝えろ。「作戦が決まったら短くまとめて報告してくれ。それが正しいと思えばその通りに動く」とな」
「でも……」
「俺がそう言っていたと言えばいい」
 これで後輩への咎めは無くなる。男は彼女の立場を十分理解していた。伝言を渋々受けて下士官はその場を立ち去る。
 気苦労の多い下士官の伝言を聞き、横倒しになっているテーブルに腰掛けている隊長は、側近らに苦笑を向ける。
「あの協調性の無さはどうにかならんのか」
 廃アパートの広い一室には、どうやらここが昔はオフィスとして使われていたと思わしき備品が数々転がっている。正方形に敷き詰められていたタイルはあちこちが剥げ、打ち放しコンクリートの壁は所々が虫食いのように崩れかけている。隊長を含む面々は荒んだ室内の様子を気にするでもなく、思い思いに打ち捨てられた備品の上に腰掛けるなどして自分の場所を確保していた。完全武装の出で立ちや床に置かれた武器らが醸し出す物々しさとは逆に、面々はリラックスした様子だ。
「彼は士官学校時代からああでしたから」と答えたのは側近の尉官。肩を竦めると、背負っていた小銃がホルダーと擦れ合い、無機質な音を立てた。男の事に話題が及ぶと、その場に集う隊の面々はいずれも良い反応を示さなかった。
「何故そんな人があの若さで中尉に?」
 苦しい伝言役をさせられた下士官が小さく毒づくが、総員が同意しているようで誰も咎めない。
「お父上が大層な御仁でね。奴は厳粛な軍人一家の跡取り息子だそうだ」
「では七光りって事ですか?」
 と相槌をうつ下士官の言葉に、だが今度は全面的に同意する者は、いなかった。
「それも少しは関係しているかもしれんが…奴は印保持者なんだ」
 部下の疑問に隊長は答える。「印」の言葉に場が俄かにざわめいた。
「悔しいことに、奴の戦闘能力と俊足が使える事は確かだ」
 動かなくなった戦況に突破口を開ける突撃兵。
 奇襲の火蓋を切って落す斥候。
 時に闇に紛れ、時に爆風をものともせずに突進する弾丸。
 士官学校を卒業して数年の若さだが、男に対する一定の評価が既に軍部内で出来上がっていたのである。それが年齢に不相応な中尉という位が示していた。
 ただ、あまりに協調性が無い事から各指揮官が扱いに梃子摺っているのも事実。「狼」とも称される彼の渾名には、その揶揄も含まれている。まず「命令無視」が彼の基本なのだから。
「俺は何度か奴と組んだが、何故だか今回は特に機嫌が悪いんだよなあ」
 一通りの説明を終えたところで、隊長は溜息を挟んだ。「やはりそうですか」と頷く尉官に理由を求めると、
「キルギストックは奴の実家がある町なんだそうですよ」
 と興味深い答えが挙がった。
「父親とは不仲らしくて、もう数年と里帰りどころか連絡もしていないのだとか」
「不本意にも里帰りってわけか」
 書類を捲りながら苦笑する隊長は「ん?」と顔を上げる。
「じゃあこの町はレイブリック一族の本拠地ってわけか」
「そういう事になりますね」
 部下の相槌に隊長は肩を大げさに竦めた。
「参ったな。みっともないマネはできないぞ」
 予測よりも面倒くさそうな事態に、隊長は小さく舌打ちする。
 その頃、協調性が皆無な若い中尉は、未だ非常階段に座り込んで町を眺めていたのである。

 同じ日の午前。
 グレリオセントラルから夜行を挟んで移動を続けたグレン、イルトミソラの三人は、キルギストックの町に降り立っていた。昼前早々には駅前のホテルにチェックインし、所在をなくしているイルトを他所に、グレンは手早くスーツに身をかため始める。
「人に会いに行ってくる」
 慣れた手つきでカフスを填めながらグレンは、どこへ行くのかと問うイルトの質問に答えた。
「誰に?」
「昔の上官の方に」
 だからこの格好だ、とグレンはきっちりと折られたジャケットの襟を指先で抓んで笑った。
「旅支度でスーツ一式買いこんだのはこのためか」
 グレリオ・セントラルで旅支度をした時から、イルトがずっと不思議に思っていた疑問だった。畏まった仕立ての紺と黒のスーツを、堅苦しさを感じさせずに着ている。正装に慣れているのだと、感じられた。
「悪いが…ミソラは待っていてもらえるかな」
 ミソラの姿を探すと、彼女はバスルームから顔を出す。どうやら室内を吟味していたようだ。
「ここで休んでいても、自由に出かけても構わないから」
 グレンの頼みにミソラは「分かりました」と頷き返す。
「大丈夫です、時間はいくらでもつぶせそうですよ」
 彼女がそう言うのには理由がある。ここキルギストックは、緑と花が豊かな植物の街だ。案内地図を見ると、街の東西二箇所に巨大な植物園を有する自然公園が設けられているのが分かった。街の通りを歩いていると、やたらと花屋が軒を連ねているのが目立つのも納得がいく。アリタス全国各地にも植物を出荷しており、栽培を産業化する事で街の経済は潤されていた。
 つまり薬草マニアのミソラには美味しい事この上ない楽園なのだ。
「……俺は?」
 目を輝かせて街の案内地図を見ているミソラを横目に、イルトは恐る恐るグレンに尋ねた。
「私の元上官だという事は、君の父親の元上官だという事でもある……が」
 そこでグレンは言葉を止めて、ネクタイを締めながら視線をイルトに向けた。暗に「来るか?」と問うている。
 まさか、と思いイルトはふと自分の身なりを見直す。汚れてはいないものの、お世辞にも正装から程遠いし、スーツなど用意していない。
「君はその格好でいい。その方がいい」
「え~、そうか?」
 スーツを着たいとは思わないが、グレンの服装との差異に気後れしてしまう。
「君はまだ軍と何も関係の無い人間だから。そう必要以上に軍人相手に畏まる必要はないよ」
 軍人相手の儀礼は士官学校に入ってから学べばいい、とグレンは付け加えて再度イルトの意思を尋ねる。
「―俺も行く」
 答えは自ずと決まっていた。
 イルトの答えに、グレンは満足そうに微笑んだ。
「では、私は早速いって参りますね」
 やれやれ、と軽く溜息をつきつつ、ミソラは二つあるルームキーのうち一つを手に取った。
「あ、ちょっと待ってくれ」
 地図を折りたたみ、コートのポケットに突っ込みながら部屋を後にしようとするミソラの背中を、グレンが呼び止める。
「君の事だからあまり心配はしていないが―」
 と前置きの後、グレンは口元に指の背をあてて次の言葉を考え込む。
「なるべく、遅くならないうちに戻ってきなさい。それと…もし花屋を見て回るなら、煙草や茶葉類を扱っている店には気をつけて」
「え?はい、わかりました」
 意表を突かれた指示に目を丸くするミソラだが、素直に頷く。
「かなり昔の情報だから、今はどうか分からない。けど、この街で一時期、未認可薬草の違法栽培が行われていて問題になった事があったんだ。軍による大規模な摘発が行われて、あまり治安がよくない時期があったから」
「み、未認可薬草の違法栽培…デスカ」
 ミソラはひきつりそうになる口元を辛うじて抑える。心臓が大量の汗をかきそうだ。何を隠そうミソラには、グレリオ・セントラルでの薬草ドロボウに留まらず、父親が開発した未認可薬草を隠れて栽培し続けていた前科がある。
「麻酔の原料になる薬草らしいのだが、分量を誤ると幻覚症状を引き起こす…つまり一種の麻薬だな」
 未認可煙草や麻薬性茶葉のブラックマーケットの取り締まりを続け、現在では軍部の医療機関や研究機関で一定の資格を持った人間でなければ取り扱う事ができなくなっている。
「麻薬……なるほど」
 思わず安堵してミソラはグレンの言葉を反芻した。彼女が扱っていたのはせいぜい傷や滋養強壮に効くハーブの一種でしか過ぎなかったからだ。
「そういえば君の部屋にも薬草が沢山あったね」
 話の締めくくりにグレンが微笑む。他意の無い笑みがミソラには一瞬、悪魔の微笑に見えた。
「い、いくら私でもそんな危ない物にまでは手をだしてませんから!」
 思わずムキに反論してしまう。
「え?」
「ん?」
 男二人の反応に己の完全なる墓穴掘りを悟り、ミソラは適当に言葉を濁して足早に部屋を出て行くのであった。
「あれ絶対、怪しげな未認可の薬草育ててたな」
 とイルト。笑うグレンはそれを否定しなかった。一つ残されたルームキーを手に取り「行こう」とイルトを促す。
「花が多くて綺麗な街だと思ったけど、結構物騒なんだな」
 ホテルのロビーから外に出ると、視界に駅が聳えて見えるロケーションながら、緑と色とりどりの花々が目立った。歩道に沿って断続的に置かれた石のプランターに、秋の花々が花弁を開き始めている。
「今はどうかな。さっきの話は少なくとも二十年以上前の事なんだ」
 前方を歩くスーツ姿の男グレンは、傍らに並ぶ花に視を向けている。向かいの歩道では、庁舎職員のネームプレートをつけた女性が、筆記用具を手に花壇の一つ一つを見て回っている。こうして街が徹底管理をしてこそ保たれている概観なのだ。
「………」
 イルトの目に見えるグレンの横顔は、昇りきらない朝陽の中で木と石造りの街並みを遠くに眺めていた。




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