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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT11-1
ACT11:廻る逢瀬II

01

 その光景と状況が、「今」起きている事ではないというのはすぐに分かった。
 だが不思議とそれが「夢」なのだという事には、目が覚める瞬間まで気がつかないものだ。
「貴様!」
 鋭い一喝と共に、己の顔面に向けられていた銃口が火を吹く。その瞬間、肩に鋭く熱い痛みが走った。これは過去に受けた痛みであって、今感じている痛みではないはず。だが必要以上に鮮明で、忌々しいほどの苦痛が体中を駆け巡った。
「―っく…」
 至近距離から撃たれ、衝撃の強さに体が後ろに傾ぐ。銃という物は、至近距離から発砲したからといって狙った的を打ち抜く事ができるとは限らない。使い手の腕が悪いと、発砲の衝撃で大きな手ブレを起こすのが常だ。
 もっとも、その時の自分はそれが幸いして命を取り留めたのだが。
 倒れながら、頭の隅でどこか冷静な自分がそんな事を考えていると、
「グレン!」
 と叫び背中を抱きとめる誰かがいた。
「うわっ」
 そのまま二人で尻餅をつくように床に落ちる。視線を肩越しに背後へやると、懐かしい顔が至近距離にあった。緑地の軍服を身に纏った、かつての親友だった。
「ロス………ぃっ…て…」
 思わず名を呟くと、己の呼吸と共に脈打つ傷が酷く痛んだ。焦点が定まらない様子の自分に慌てた親友は、後ろから羽交い絞めにするように背中を支えたまま焦った声を上げる。
「おい、生きてるか!致命傷じゃないよな!?」
「縁起でもないこと言うな…」
 耳元で大きな声を出されて、鼓膜まで痛むところが現実的過ぎる。これはもう何百年と前に起きたはずの出来事、記憶でしかないこの状況の、あまりの現実感に、グレンは僅かずつ己が動揺していることに気が付いた。
「中佐!」
 少し離れた後方から、懐かしい声が複数飛んできた。グレン直下の部下たちだ。
「ち…外したか」
 と前から聞こえるのは、憎憎しげに正面から吐き出される声。
(………この人は…)
 それはかつての上官だった。名はシェイン・ユーランド。位は大佐。五十を少し過ぎた、年相応の小太りした体型だが、頭部は白髪の少ないこげ茶色を保っていた。太い眉の下に並ぶ厚ぼったい両眼は、常に眠たそうな印象を与える人物だった。
(ああ、そうだ、この光景は…)
 徐々にグレンの目に、周囲の光景が明瞭となる。座り込んでいる床は硬いタイル張りで、壁はむき出しのコンクリート。これは辺境戦線付近に設営された指令部の、簡易建造物の一室だ。そして自分は中佐の肩章を身につけ、当時少佐であった親友ロス・グレリオ・サイファと同じ仕様の軍服を着用していた。
「大佐…どうか、お気をお鎮め下さい!」
 また、部下の声。間髪おかずに「黙れ!」とユーランドの一喝が空気をつんざき、再び銃口がグレンに向けられた。
 数歩はなれた場所にいる数人の部下達から、息を呑む声が聞こえる。
「トラキスの時といい…何故貴様はこうも私に恥をかかせる!」
 唾を飛ばす勢いで、ユーランドは怒気を含んだ言葉を捲くし立てる。銃を持つ手が震えているのは、収まりきらない彼の怒りを表していた。これまで幾度とこの上官を怒らせてきたグレンは、その度に何かしらの制裁を受けてきたが、この状況はその最たる時で、そして最後の時でもあった。
 この顛末を、グレンは知っている。「何故」と問う大佐に自分がどう答えたかも。そして、部下達がどう動いたかも。
「恥もなにも……」
 呟くように低い声が背中からした。過去の親友、ロスが発したこの言葉も、この後に起こす行動も、グレンは覚えている。
「トラキスの時も、それから今回も、大佐のご命令のままに動いていたら我々の隊は全滅しているところでした!」
 反論しながらロスは、グレンのを支えたまま、体を移動させ、自らが壁となる形で銃口に背を向けた。再び「黙れ!」という声が響く。
「ロス、いいんだ、どいてくれ」
 グレンはロスの体を押し返す。これもかつて発した台詞と同じだ。だが痛みのために力が入らず、逆に丸め込まれるように動きを封じられてしまった。
「ロス、本当にいいから…どいてくれ」
「いいわけないだろ」
 繰り返した言葉を、ロスは跳ね除けた。
「お前が死んだらどのみち俺達も死ぬんだ。同じ死ぬならこの方がマシだ」
 彼らしい台詞だ。これもはっきりと覚えている。肩の痛みに目を顰めながらも、グレンは思わず口元に苦笑を浮かべた。
「なら、お前を殺してから中佐を撃ち殺すまでだ」
 邂逅を踏みにじるユーランドの声が続く。毛根から血を噴出しかねないほど紅潮しているユーランドは、ロスの物言いに更に挑発されてトリガーに乗せた指に力を込め始める。これは本気だと、グレンは感じた。
「離せロス!」
 かつての自分も叫んだのと同じ台詞を、再び叫ぶ。無事だった右手で、懸命にロスの大柄な体躯を押し戻そうと試みた。だが彼はグレンを支える腕に力を込めることで頑なにそれを拒んだ。
「そうはさせません」
 新たな声が、別の方向からユーランドに向けられた。声だけではない。
「貴様……」
 銃をロスに向けたままユーランドが声の方に視をやると、銃を手にした若い上背のある男の姿があった。銃口は、真っ直ぐにユーランドの顔面に突きつけられている。
「レイブリック!」
 その人影の名を、ロスが呼ぶ。金に近い明るい茶色の頭髪を持つ男だ。狼のように鋭い眼光を持ち、仲間内では「狼傭兵」だの「斥候のレイブリック」だのとあだ名を付けられていた。フルネームはジェイス・レイブリック。位は大尉。グレンがノースクリフ姓だった時の、部下の一人だ。
「やめろ、銃を降ろすんだレイブリック!」
 グレンは声を荒げた。軍規上、上官に逆らうどころか武器を向けたとあれば、ただでは済まない事態となる。
「レイブリック!」
 銃を降ろそうとしない部下に、グレンは再び声をあげる。だが尚も、レイブリックはユーランドに向ける銃口を微動だにさせなかった。
「利口な不服従って言葉……ご存知ですか、中佐」
 代わりに出てきたのは、そんな言葉だった。
「…は?」
 グレンの口から思わず空気が抜けたような声が漏れる。それは軍用犬や盲導犬など、特殊訓練犬の指導マニュアルで使われている言葉だからだ。「野良犬め」とそれに応えたのは、グレンではなくユーランド。
「その後それをどうするつもりなんだ?貴様は」
 権力の笠の着かたをよく心得ていたユーランドは、銃口を向けられながらも余裕がうかがえる冷笑をレイブリックに向けた。それに対し一縷の動揺も見せず、レイブリックは鋭い両眼に、更に強い光を宿して答えた。
「大佐。理由はどうあれ、銃を使う目的は一つしか存在しません」
 言いながら、安全装置を親指でゆっくりと外す。
 管理職として長年、デスク前で踏ん反り返り続けていた身分とはいえ、ユーランドも軍人だ。同じ軍人が放つ独特の「気」を理解していた。「殺気」という名の、気を。
「わ、私を殺してどうなる」
 若い部下が本気と悟ったユーランドは、声を上ずらせた。助けを求めるように周囲を見渡すが、室内にいる下官達の中にユーランドを助勢しようという者はいなかった。一様に瞳に宿している光はむしろ、銃を構えるレイブリックのそれと同じに見える。
「………」
「この時」のグレンは、部下達の様子にただ、ロスに体を支えられた状態のまま、呆然とするしかなかった。対照的に、ユーランドの口数が増える。
「貴様だけじゃない、貴様らの家族や…こいつらも、ただではおかんぞ、銃殺だ、銃殺刑だぞ!」
「こいつらも」のところでユーランドの手は室内にいる別の若い仕官達を示していた。いずれもグレン直下の部下達。レイブリックにとっては同僚。トラキスの防衛戦を生き抜いた仲間達だ。
「………大佐」
 上官の脅しを受けて、レイブリックは鋭い瞳を僅かに伏せた。口元には失笑が浮かんでいる。
「既成事実なんて「俺達」の手でいくらでも作り上げることは可能なんですよ」
 レイブリックの声に、侮蔑を仄めかした色が混在していた。
 それが、アリタス国軍大佐シェイン・ユーランドが最期に耳にした言葉となるのだった。

「レイブリック!」

 自分の叫び声で、グレンは目を覚ました。
「どうしたんだよいったい」
 真上から、幼い顔と共に若い声が降ってきた。かつての親友、ロス・グレリオ・サイファの血を引く十八才の青年が、上からグレンを覗き込んでくる。彼の背後では、窓の外から差す自然光がヴェールとなって、室内へと麗らかに降り注いでいた。
「夢でも見てたのか?そんなとこで寝るからだぞ」
 半ば呆れた顔で青年は離れていく。
「……夢」
 体を起こすと、グレンはようやく自分がソファの上で寝ていた事に気が付く。そしてここがホテルの一室で、そこにいるのはロスの子孫にあたるイルト・グレリオ・サイファであり、今の自分はノースクリフ姓ではなくてイーザー姓である事も、次第に寝ぼけた頭の中で明確になってきた。
 まがう事なき、これが「今」だ。
「……私はどのくらい、寝ていた?」
 額に手をやると、ひどく汗で濡れていた。
「三十分ぐらいかな」
 窓の外の西日を眩しそうに眺めていたイルトが、答える。
「そうか…」
 手の甲で汗を拭いながらグレンは呟く。
「とても懐かしい夢だった」
「楽しい夢じゃなさそうだな」
「まあね」とグレンの苦笑が挟まる。
「なぜあんな事がいまさら夢に出てきたんだろう……」
 サイドテーブルの上では、地図や本が無造作に重ねられている。気を紛らわそうと、グレンはその一つを何の気なしに手にとった。
「レイブリックって、誰?」
 とイルト。
「……昔の部下だ」
 盛大に部下の名前を寝言で叫んだ自覚は、はっきりとある。少しバツが悪い気がして、グレンは口端に苦笑の色を載せていた。
「ロスは?これも部下?」
イルトは質問を続ける。
「もしかして私は他にも何か言っていたのかな…?」
「いや、それだけ」
 振り返るイルトは笑っていた。窓から降り注ぐ陽光を半身に受けて、居心地良さそうな顔をしている。
「ロスは、幼馴染だった。グレリオの初等学校の時から、彼が軍で戦死するまで……ずっと一緒だった…な」
「もしかしてそれって」
 質問に答えたグレンの横顔に、イルトは己の右手の平を向けた。印が刻まれている肌を一瞥して、グレンは頷いた。
「防人が集団組織ではなく、今の形となった、その一人目だ」
「俺のご先祖ってわけか」
 さほど驚いた様子もなく、イルトは淡々とグレンの言葉を反芻している。
「不思議だな……」
 イルトの様子に小さく微笑んで、グレンはソファから立ち上がる。喉の渇きを覚えていたので、サイドテーブル上の水差しを手に取って備品のグラスに注いだ。
「その印を受け継ぐ人々は、みんな似ているんだ」
「え?」
「ソフィアが君を見て、少し驚いた顔をしていたろ?君は父親にそっくりだよ」
「ああ、そういえば…」
 放牧場の中央に佇む小さな家の、女主人がイルトに向けた懐古の眼差しを思い出す。
「一人目の防人であるロスも、君や君の父親と瓜二つだった」
 だからグレリオで初めてイルトを見た時に、宿命というものを感じずにはいられなかった。一目で「この子だ」と思った。
 グレンの言葉を受けて、イルトは両瞳を俯かせた。
「グレンや…ソフィアさんだけじゃないんだ。爺…長や、親戚、村のみんなもそう言う。でも…」
 イルトの周囲の大人たちは、彼を通して「ライズ・グレリオ・サイファ」という名の男を見ていた。邂逅の視に見つめられると、途方もない孤独を憶える。彼らが見ているのは自分ではなく、遠い幻なのだから。
「でも、俺は俺だからな」
 再び前方を見据えると、グレンの視とかち合った。
「ああ」
 悪夢から目覚めた彼の瞳は、「今」をしっかりと映している。
 イルトは安堵した。
「あーのー」
「!」
 西日に暖められた静寂の中、玄関から少女の平たい声が差し込まれた。必要以上に驚いたイルトが勢いよく振り向くと、紙袋を抱えたミソラが半分開いたドアの向こうから「もう入ってもいいですか?」とクールな視線を寄越してくる。
「い、いつから…」
「ついさっきですけど。でもとっても入りにくい雰囲気なので待ってたんです」
「またこのパターンかよ!…普通に入って来りゃいいじゃないか」
 イルトの軽い抗議を受け流しつつ入室してきたミソラは、相変わらず白のシャツに白のパンツを好んで着用し、今日はその上に茶色の薄手のコートを羽織っている。
「おかえり」とグレン。
「悪いね、遣いを頼んでしまって」
 そう微笑むグレンに、「いいえ、ついでですから」とミソラは紙袋から取り出した一枚の紙片を手渡した。それは、電報送信履歴票。渡された紙面にさっと目を通してグレンは満足そうに頷いた。
「あんな夢を見たのも…何かの導きかもしれない」
「え?」
 グレンの独語に、ミソラとイルトは同時に振り返る。
 だがグレンはそれに答えず、ただ僅かに目を細めて微笑むことで応えるだけだった。




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