このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師 ACT10-10
10

 髪の毛を抓むクラースの指先は、所々に黒インクの汚れが目立った。
「…ふうん」
 エルリオの口から出た言葉は、素っ気無いとも言える力の抜けたものだった。何故だかこんな時に、クラースの指先から視線と意識が吸着したまま離れないのだ。
「驚かないのですか?」
 むしろクラースの方が眼鏡の奥で瞳を丸くする。外面的に反応の薄い三人の女達だが、内心で各々に一応は驚いていたのだ。ただ、置かれている立場から、どうしてもそれを飲み込まざるを得ないだけで。
「驚いた……よ。なんていうの、驚きすぎて、絶句?実は少し気になってたんだ、その髪の色」
 とエルリオ。クラースの指先が、髪の毛から離れた。
「私自身は、生まれも、育ちも、アリタスです…し、親もそのまた親も、更に遡った先祖も、アリタスの国民です。ですが、何百年か前の先祖が、ライザからアリタスに来た、移民であったようで、稀にですが、何代かに一人、私のように先祖がえりな髪の色が、生まれてしまいます」
 アリタス人の平均的な茶の色素を含んだ、銀色になりきれない頭髪。角度や光の加減によっては、灰色にも見える。エルリオは隣から首を何度も傾げて角度を変えて、色を確認した。
「幼い頃は、何も気に留めていなかったのですが、やはり大戦直前頃から、風当たりが強くなりまして」
 エルリオの視線を、クラースは少しこそばゆそうに受け止めている。
「それでさっきの人の態度も悪いの?」
「仕方の、無い事です」
 あくまでも彼は同僚達を庇う。
「それが国民の平均的な感覚なのでしょうね」
 呼応したのは、ジャスミンの声。同僚を庇う事で彼はアリタス国民を擁護しているのだ。
「しかし、私のように、職と居場所を確保し続けられたのは幸運な方です。少なからずこの国に存在する、混血者の中にはもっと大変な思いをされた人もいると思います」
「そう、なんだ…。じゃあおじさんが今の研究を始めたのは、その、自分の血や髪がきっかけなの?ご先祖に興味をもったから?」
「はい。理由の一つではあります」
 他に存在する「理由」を問いだしてみたかったが、触れにくい過去に踏み込んでしまう事を恐れてエルリオは口を噤む。
(混血かあ……)
 代わりに思うのは、過去の自分の記憶。
(私の周りには、いたかな…?そういう人)
 短かった学校生活の記憶を思い浮かべ、数年ぶりに級友達の面影を一人一人思いだしてみる。学校特有の、いじめたり、いじめられたりの応酬は日常的に行われるものだが、それらは児戯を越えるものでもなく、深刻なものではなかったと記憶している。
(……学校……)
「ここです」
 靄に包まれたような、定かでない記憶を掻き分けていたエルリオの意識を、クラースの声が引き揚げた。木製の観音開きの扉が、一向を出迎える。金属の案内プレートには「史料館」と彫られている。
「一般の方も利用可となっていますので、かなり広いのです」
 と説明するクラースの言葉通り、開かれた扉の向こうに広がる光景は、まさに「本の世界」と表現しても良い。レクティカ中央駅の構内のように高い天井は開閉式サンルーフが取り付けられており、柔らかい陽光を広い室内に落としている。光に目が慣れてくるとまず、本の多さに圧倒される。壁一面が巨大な本棚で埋め尽くされている他、並べられたドミノのように講堂並みに広い室内の反面に、レール付きの可動本棚が並べられている。残りの半分は、閲覧用のテーブルと椅子が整然と並べられ、大学校の研究者のほか熱心な勉強好きの市民の姿も混じって本を読んでいる姿が見られる。
「うわ~…」
 エルリオの口から、感嘆が漏れた。
「本って、狭くて散らかった部屋に散乱するモノって印象しかなかったけど、こう整理されていると、むしろ綺麗なんだね」
 色とりどりの背表紙が、タイルアートみたいだ。
「アパートのお部屋、凄惨な状態でしたよね~…」
 背後でミリアムがぽつりと呟く。JN通りのアパートにあった、エルリオの部屋の事だ。生活感が全くないリビングと玄関に比べ、エルリオの私室は足の踏み場も無いほどに、本やその他紙類が散乱していた。片付けようとしたミリアムを、「どこに何があるか分からなくなるから!」と必死で止めた過日が思い出される。
「あ…あれはあれで、機能的なのっ」
 肩を落としてエルリオは、照れ笑いと共にミリアムから視線を反らした。二人の様子に小さく微笑みながら、クラースがミリアムに尋ねる。
「どういった本をお探しですか?」
「ええと」
 返答に迷うミリアムの語尾に重なり、けたたましい音が高い天井に響き渡った。
 張り詰めた糸の様な静寂が引きちぎられ、室内にいた面々がほぼ同時に書物から顔を上げた。
「?」
 音のした方を見ると、クラースと色違いの制服を着た青年がそこにいた。テーブルに両手をついて立ち上がったまま動きを止めている。見開いた両視は、テーブル上に広げられた本の紙面に縫いとめられていた。急に立ち上がったために椅子が倒れたのだろう。
「どうしたのかな。あの制服も学者さん?」
「大学校の学生ですね」
 エルリオの問いに答えてからクラースは学生の元に歩み寄った。
「どうしたのですか?」
 そう静かに声をかけたが、反応がない。学生はテーブルについた両腕を震わせている。顔色が悪く、室内の気温に不似合いな大量の汗をかいていた。
「……この本がどうか?」
 学生の胸元に付けられている身分証には「理学科二期生ライフェル・ルスト」と記されている。クラースが、彼の凝視し続ける本を覗き込もうとすると、
「な、何でも……」
 とようやく反応が戻って来た。学生ライフェル・ルストが顔を上げると同時に、弾みで本が足下に落下する。声をかけてきたのがクラースと知り、「ベル…トラ……」と口走りながら一歩、二歩と下がった。踵に、倒れた椅子がぶつかり、また音をたてる。クラースは学生に見覚えが無かったが、不の意味で大学校内にて名の知れていたクラースを、学生の方は認知していた。
「ライフェル?」
 近くの出入り口から、別の学生が姿を現す。震える学生の姿を見とめて、小走りに近づいてきた。ライフェルと呼ばれた学生は「ローランド」と友人の名を零し、振り向く。
「どうしたんだ」
 同じ「理学科二期生」の身分証をつけているローランドと呼ばれた学生は、ライフェルの側に立つクラースの姿に気がつくと、僅かに目を細めた。友人に事情を尋ねながら、彼がクラースに疑いをかけているのは傍からも分かる。無性にそれが腹立たしくなり、エルリオは二人の学生の元に大股で歩み寄った。
「この人が突然、立ち上がったから椅子が倒れただけです」
 多少の憤慨を声に表してエルリオは「この人」とライフェルを指し示す。
「驚かせてごめんなさい。そこの学生さんの気分が悪そうだったから、彼が声をかけたの。それだけですよ」
 視線で確認してくるローランドに、顔色を青くしているライフェルは二度頷く事で彼を宥めた。己の早合点に気がついたローランドは素直に謝罪を口にすると、顔色の悪い友人の面持ちを覗き込む。
「本が…」
 床の上、開いた紙面を下にして落ちたままの本が気の毒だ。ミリアムは背を屈めてテーブルの影に潜り込んだ。
 ヴェロニカ民。
「!」
 本を引っくり返したと同時に、その単語が目に飛び込んだ。ハードカバーの表紙を見返すと、タイトルは「アリタス民族史概論」。アリタス有史上に存在した民族系統について、仮説・真説を含んだ学説全般を解説している。ライフェルが読んでいたと思われる、開き癖がついたページは、かつてアリタスに存在したとされている今は亡き民族を取り上げた項目だった。その中に、ヴェロニカの名もある。
(この方は…何を見ていたのでしょうか……)
 見上げると、ライフェルと視線がかち合った。こちらが幼い少女だからと安心しているのか、落ちた本を眺めるミリアムの姿を見ても焦る反応を示さなかった。
『迂闊に人の心を読んでは駄目』
 頭の中にリューシェの声が響く。思っていた事を全て先読みされていた。
『奥深くに入りすぎると、あなたの事も読み取られる』
 能力は増幅しているようだが、制御力が伴っていない事をミリアムも自覚していた。ジャスミンの心の深層から浮上し得たのは、リューシェの力に拠るところが大きかった事も。
「なになに?」
 隣に、エルリオも膝をついて本を覗き込んできた。
「民族史概論……?」
 表紙を確認し、これがどうかしたのだろうか、と言いたげにエルリオは首を横に傾げる。だが、
「あれえ……」
 広げた紙面に目をやったエルリオは、そこで動きと視線を止めた。独り言を呟き、眉を顰める。
「どうしたのですか?」
 ミリアムが小声で問いかける。「これさあ」と言いながらエルリオの指先が示したのは、ヴェロニカの項目に挿絵として印刷されている、太陽の印。キャプションには「ヴェロニカの民章」とあった。
「どっかで見たことが……」
「どれ?」
 ジャスミンの細長い手が伸びてきて、本を拾い上げた。紙面に目をやった瞬間、黒曜石の瞳が揺れ動いたのを、テーブルの下からミリアムは見ていた。ジャスミンの異変にエルリオも気が付き、だが理由が分からず丸い瞳を僅かに細めるに留めた。
「民族史概論、ですか」
 テーブルに置かれた本へクラースも目をやる。既読であったようで、一瞥しただけでタイトルを当てた。
「あの…すみません、体調を崩していて眩暈がしただけなんです」
 とライフェルは乱暴に本を閉じる。半ばひったくるように本を手元に引き寄せて、その場から離れようとクラースら一行に背を向けた。友人の行動にローランドは訝しげな色を浮かべるが、本当に顔色を青くしているライフェルの様子に「大丈夫なのか」と手を伸ばしかける。
「その本、戻すなら貸してください」
 立ち去ろうとするライフェルを呼び止めたのは、エルリオの声だった。肩越しにぎこちなく振り向くライフェルは、幽霊にでも出遭ったような脅えを瞳に乗せている。エルリオは彼の手に抱えられているハードカバーの本を指差した。
「……何故」
「え?別に。読みたいから」
 至極単純な答えを出すエルリオの瞳は、何故そんな質問を?と問いかけるような無垢な色だ。
「何を調べようと思ったの?」
 ジャスミンは何も知らぬ素振りでエルリオに尋ねた。ライフェルという学生にとって、これが意地の悪い扇動だという自覚はあった。本当に何も知らないエルリオは無垢に答える。小さな手先は、ライフェルの手の中にある本を示していた。
「そこに太陽みたいな絵が描いてあったでしょ?それが気になって」
「太陽……?」
 隣でミリアムも、大きくなりつつある鼓動を隠した素振りで、首を傾げた。目端に、動揺を隠し切れずにいるライフェルの様子をとらえながら。
「おい、一体なんの話なんだ?」
 会話の流れを全く読み取れないローランドは、軽い苛立ちを眉目に載せてライフェルに問いかけた。
「この本がなんだって?」
 その手から本を取り上げると、無造作にページを高速で捲る。内容にさほど興味が無いようで、一気に巻末までたどり着くと本を閉じた。無造作に再びライフェルに手渡す。
「君…は」
 本を受け取りながらも友人の問いかけには答えず、ライフェルはエルリオに向き直った。
「君、は…宿しているのか、記憶を」
「??」
 質問が含む意図が瞬時に頭に入ってこず、エルリオは思案のために寸時、動きを止めた。それを肯定と捉えたか、躊躇と捉えたか、ライフェルはこちらを探るように目を細めた。
 その一瞬、沈黙が面々の間を通り過ぎる。降りた静寂の幕をおざなりに撥ね退けたのは、「それ『ヴェロニカの記憶』かな」とエルリオのポケットから呟かれた無機質な声だった。
「え?何そ…」
「何それ」とポケットに向ける問いかけを言い終わらぬ内に、エルリオは前髪が風に煽られるのを感じた。目の前に迫る影を動体視力が確認し得る前に、
「やめてっ!」
 真後ろからジャスミンの厳しい声が頭上を通過した。同時に、彼女の細い指先がエルリオの目の前に迫った硬い物質を掴んで、塞き止めた。それは、ライフェルの手に握られていた硬いハードカバーの本。
「……ええっと……?」
 エルリオは呆然と、目の前の光景を眺めた。危うく本で顔面を強打される寸前だったと気が付く。戸惑いに塗られていたライフェルの表情が、白磁器のように硬く冷たいものに変わっていた。
「おい……ライフェル!」
 隣で友人が驚愕を声にする。
「――っ…」
 友人ローランドの叱責にたたき起こされたように、ライフェルの面持ちは再び、喉を引きつらせて息を呑む声とともに、青い戸惑いと恐怖に戻る。
「俺……」
 ジャスミンが手を離すと、ライフェルの手から本が落ちた。床に角が当たり不自然な角度でバウンドする。本の行方を見守らないまま、ライフェルはその場から踵を返すと最も近いドアから外へと駆け出した。「おい!」と訳が分からないままローランドも後を追う。
「何?いったい」
「さあ…」
 更に訳が分からないエルリオと、そして同じくクラースは、頭上に多くのクエスチョンマークを浮かばせつつ、学生二人が飛び出していった扉を見つめていた。
「この本、借りられます?」
 隣のテーブルにまで転がった本を拾ったのは、ジャスミンだった。少し歪んでしまった背表紙の本を、クラースに差し出す。勢いのままそれを受け取ったクラースは背表紙を捲って中を確認した。貸し出し管理カードが貼り付けられている。
「ええ、私の名前で借りる事ができますけれど」
「すみません、それ、借りてきてください」
 間髪いれずにジャスミンが言う。ほぼ、命令に近い声調を帯びていた。
「は、はあ…」
 断る理由もなく、クラースは弱々しく頷いた。
 図書室内からざわめきが完全に消え去るまで、それから数分の時間を要した。





ACT11-1⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。