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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT10-9
09

 隣の棟へと繋がる長い廊下を、前にクラースとエルリオ、その後ろにジャスミンとミリアムが二列に並んで歩いた。「言われてみれば」とエルリオは隣の男を見上げる。
「確かにこれまで国の外の事なんて考えた事がなかったって、思った」
 エルリオの言う「これまで」はミリアムに出遭うまでを示していたが、それは口にしなかった。眼鏡の向こうでクラースの瞳が細まる。
「その若さで、自ずとそれに気がつくなんて、凄い事だと思います。私など、今でさえ、国の外を研究対象にしていますが、貴女ぐらいの頃は、そんな事、考えもつきませんでしたから」
「そういうものなのかな」
 急にクラースは饒舌になっている。エルリオは不思議そうに首をかしげながら、人が変わったように揚々としている男の様子を見上げていた。その後ろでは、ジャスミンとミリアムが顔を見合わせて、
「あの二人、実は結構気が合うんじゃないかしら」
「そうですね~、学者さんとお話が合わせられるなんて、エルリオさんすごいです」
 と小声を交わしている。特にミリアムは尊敬の眼差しをエルリオの背中に送っていた。
 クラースの変わり様もそうだが、ジャスミンの目にはエルリオの変化も鮮明に見て取れていた。初めてエルリオを目にした時から感じられた、大人全般に対しての敵愾心が、薄くなっているように思う。常に全身から針を出して、身を縮めて威嚇するハリネズミのような様子が、今は消えていた。それは、ヴィルに対しても同じだった。
「今も、昔も、私の研究内容は学界から見向きもされないもの、であったのですがそれでも、俄かに、一部で外に視を向ける動きが二十年前ほどからあったんです」
 背後を歩く二人の思いを他所に、クラースは弁を続ける。
「二十年前?」
「帝国との、大規模な戦が勃発する、か否か、が実しやかに囁かれ出した頃でした」
「でも、外の国と戦争するなんて事になったら普通、敵の国について知りたくなるんじゃないの?」
「もちろん、軍事的戦略レベルではそうなりました。お陰で、と言っては語弊がありますが、軍が私の研究に興味を向けてくれて、私は食いっぱぐれを免れたのですから」
 ある意味でこれも「軍需」なのだろうかと、エルリオはぼんやりと考えながら次を尋ねた。
「おじさんの研究って、具体的に何なの?」
「言語学からの歴史推察です」
「言語学?」
 聞きなれない単語にエルリオはクラースの言葉を鸚鵡返しにした。エルリオだけではない。ミリアムも形の良い眉を下げて首を傾げている。
「つまり、言葉、です。こうして私達が会話をしている時の、言葉、つまり言語です」
「国語のこと?それとは違うの?」
「理解しづらいのは無理もないです。我々はみな共通の言語を使っています。敵国ライザも我々と共通する言語を使っているのですから」
 話を聞き進めるうちに、エルリオの眉が徐々に顰められる。「うーん…??」と小さく唸りながら首を何度か傾げた。
「よく分からない。「言葉」は「言葉」であって、この世に一つしか無いものじゃないの?だって、例えば」
 言いながらエルリオは手にしていた地図を少し上に掲げた。
「これは「地図」という物で、それ以外に無いでしょ?違うの?」
 少女の問いに手ごたえを感じてか、クラースは表情を曇らせる事なく、応える。むしろ楽しそうだ。
「ええと、では「言葉遣い」や「方言」を例にとります。貴女ぐらいの若い世代と、私では、内容は同じ事を意味していても、言葉遣いが違いますね。それは、考え方や環境が違うから、貴女と私が違う人間だからです」
「うん……でも、通じるよ?」
「そうですね。でも、不思議だと思いませんか。ライザは、アリタスと気候、地形、髪の色、建造物の様式、食習慣、嗜好、何を是とし、非とするかの基準など、多くが、異なるというのに、統一の言葉を使い、会話を成立させる事ができます。これだけ環境が異なるのに、なぜ、アリタスの人間も、ライザの人間も、これを「ちず」という音で読み「地図」という文字で表すのか」
 クラースの長い台詞にエルリオは、随所で「うーん」と唸りながらかみ締めていた。
「……何となく…分かるような、分からないような」
 地図を手にしたまま両腕を組み、エルリオは視線を足下に落とした。自分の小さな足が踏み進める廊下の白い床を見ているうち、脳裏に白く巨大な紙が広がる映像が浮かんだ。
「でもそれは、同じ大陸だからじゃないの?神話では、もともと大陸には国境なんてなくて、一枚の面だったってあるし」
 エルリオの茶色の瞳が、再びクラースを見上げる。眼鏡の奥で、クラースはしっかりとその視線を受け止めていた。初めて出会った時には、目を合わせるどころか迂闊に近寄る事さえ避けようとしていた男とは別人のようだ。
「その通りです。統一された、言語が用いられている事から、もともと、この大陸は、一つの国であったのではないかと、私は思うのです。いえ、「国」という概念、自体が、そもそも、なかったのかもしれません」
「そうだよね…でも、じゃあ今は何故こんなたくさんの国に分かれて、戦争までしてるの?同じ言葉を使っているのに、何で考え方が違って、反発しあうようになったの?」
 少女の疑問は、最も素朴な基点に戻る。
(………)
 後ろを歩いていたミリアムが、じっとエルリオの背中を見つめている。ジャスミンは少し高い位置から、神妙な面持ちの美しい少女の横顔を眺めていた。
 それは単純な、だが最も大切な事。エルリオがたどり着いたその答えに、クラースは満足そうに頷いた。
「そうした歴史を紐解くのが、私の研究です」
 自信がそうさせているのだろう、クラースの声と言葉には、一点の曇りも淀みもなく、自然だった。
「………凄い、大きくて難しい研究テーマだね」
 大きいのは研究内容だけではない。「はい」と答えるクラースの存在そのものも、大きくなっていくように感じられる。
「しかし私は、ここではすっかり日陰者、なのですが」
 自信たっぷりの肯定の後、照れが混在した苦笑と共に眼鏡の研究者は首の後ろを手持ち無沙汰に掻いている。
「でも、軍が認めてくれたのですよね」
 背後から、初めてジャスミンが言葉を挟む。クラースとエルリオが同時に振り返った。少女二人と接する時と違う、落ち着いた色を目許に宿したジャスミンが、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。
「素晴らしい研究だと思います。ですが正直言いますと、実学とは遠い貴方の研究を、実学を好む軍がよく認めたな…というのが私の印象です」
 ジャスミンは彼の研究内容を否定しているつもりはなく、単に己の経験値から事実を口にしただけである。クラースもそれをよく分かっているようで、否定はしなかった。「軍が認めた、というのは、ちょっと、大げさでして」と前置きする。
「私の研究内容に、興味を持ってくれた方が、一人、軍にいらっしゃったのです。仰るとおり、実学的ではない、私の研究は本来、軍部内でだって到底理解して、もらえるものではなかったと思い、ます」
 それ以前に、目に留められさえもしなかっただろう。
「ですが、その方は偶然、史学に精通しておられ、軍部内で影響力のある地位にいらした。私は、運が、良かっただけ、です」
 現存する有史説において、すでにジスノラン大陸は列強数カ国及び、多数の中小国に分かれていた。国が一つであったと唱えると、根拠は「世界は一枚の紙だった」と語る神話にまで飛躍してしまう。到底、学説とするには裏づけに弱すぎた。そんな話を受け入れる頭を持つ軍人がいる事に、ジャスミンのみならずエルリオも不可思議に感じる。
「へえ…軍人にもそういうのがいるんだ……」
 感想が思わず言葉になって漏れていた。
「では、士官学校の有期講師も、その方のご紹介で?」
 そう尋ねたのはジャスミン。クラースは頷いた。ちなみに士官学校有期講師とは、外部から期間限定で講師を招聘し、士官候補生らの視野を広める目的で設けられたカリキュラムだ。招聘には、国軍上層部の推薦か承認が必要となる。
「ちなみに、誰が推薦してくれたの?聞いても多分わからないけど」
 と問うエルリオの言葉は、裏切られる事になる。
「恐らく、皆さんご存知ですよ」
 誇らしげに、クラースは頷いた。
「イーザー将軍です」
「え」
 ハート・オブ・アリタスに佇む像が、エルリオの脳裏に甦る。何故だか最近、よく耳にする機会に恵まれる名だ。一方で実感が伴わなず無感慨な面持ちのミリアムの隣で、
「……零将軍、ですか?」
 ジャスミンがエルリオとは異なる驚きを目の色に表している。口許に手を当てて、零れ落ちそうな独語を飲み込んでいた。
「はい。対帝国大戦の英雄です、ね」
 と、クラースが補足する。言葉に宿る誇らしさとは裏腹に、瞳には影が落ちている。
(………?)
 その微弱な変化は、エルリオにも読み取れた。
「帝国」の単語に反応を示したのはミリアムも同様だが、エルリオは振り向かない。僅かに聞こえた、息を呑む音でそれが感じられたから。
「銅像になるような人が認めてくれたんでしょう?それって凄いんじゃないの?嬉しくないの?」
 訝しがるエルリオの視線が、クラースを覗き込む。
「そん、な、とんでも、ない!光栄な事、ですよ、もちろん」
 慌てたクラースの声が引っ繰り返る。また句読点の位置と回数が異常になっていた。動揺があまりに分かりやすく露見していて、精神と口が直結してしまっているようだ。
「ただ、その…」
 言いよどむクラースの指先は、ざんばらに切られている色素の薄い前髪を弄っている。
「この、私の、髪なのですが…」
「髪が?」
 改めて三人の視線がクラースの頭髪に向く。翳んだ稲穂色の髪の毛は、光の具合により金髪にも見える。金髪はアリタス国内で珍しい色でもない。だがクラースの場合、金色とは呼べない鈍色にくすんおり、僅かに混在している暖色が抜けたら、そのまま灰色へと変わってしまいそうな色だ。
「私には、ほんの僅かなのですが、ライザ民の血が、混ざっているのです。ですから、それと同程度、ほんの僅かですが、複雑な気持ちを拭いきれない、ただそれだけです」
 色素の薄い髪を絡めて抓んでいたクラース指先が、するりと抜けた。




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