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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT10-8
08

 レクティカ・タウンの中心部は、巨大な菱形を描くような構造をしている。最南の頂点にレクティカ中央駅があり、東の頂点に庁舎、西の頂点に国軍のレクティカ局、そして北の頂点にレクティカ大学校が、聳えている。エルリオが駅の案内カウンターで貰ってきた地図では、その菱形を「レクティカ・ダイアモンド」と称していた。
「あれが、ダイアモンドのコアという事かしら」
 駅から真っ直ぐに北を目指す途中で、ふと足を止めたジャスミンが指差す先には、緑地公園の中央に建てられた、一体の巨大な像。
「知の神リブロですね」
 とミリアム。
「よく分かったね」
 レリーフの説明書きを見なくても、それがリブロだとエルリオにも分かった。だが学校に通った経験がなく、世間を知ることのできなかったミリアムが即答した事に、少なからず驚き、感心してしまう。
「読んでもらった絵本で、見たことがあります」
「『イタズラ賢者フーミ』ね?」
 と、今度はジャスミン。「そうそう」とエルリオが同調する。この国で育った子供が誰でも一度は耳にする童話だ。生まれ育った環境も、流れる血も全く異なる三人同士。だが「アリタス」という国に生を受け、育った、そのたった一つの大きな共通点がもたらした共感がこの瞬間、三人の心を繋げている。
「………」
 その奇妙な事実に気がついて、エルリオは胸の内に複雑な感情を覚えた。
 レクティカ大学校の本館は、まるで神殿のような造りをしている。横に広い階段を上がると、巨大な四本の柱が玄関屋根を支えており、神話に登場する元老院を模していた。これはこの街における「学問」の地位の象徴としているらしいが、傲慢だとの批判も出ている。
 身分証明書の所属先を頼りに、三人は広い構内を歩き回った。正面玄関を潜り抜けると、巨大な吹き抜けの中庭に出る構造になっており、市民が自由に出入りできるようになっていた。とにかく、広い。
「うわあ、一度来て見たかったんだ、ここ」
 高い場所に位置する四角く区切られた空を見上げながら、エルリオは呟く。アリタス国内で士官学校と並んで受験希望者が多いとされる高学の園。実学拠りな士官学校と対象的に、学問色が濃いのが特徴だ。
 散歩や図書館、資料館を利用しに来た一般市民に混じり、紺色の外套が特徴的な制服姿も多く見られる。
 大学校は、二つのセクションに区切られている。就学中の学生が属する「学部」と、国からも研究予算が与えられる「研究院」の二つ。後者は国軍研究局と毛色が似ており、国軍研究局間との人材のやり取りも多い。
 クラース・ベルトランが所属する研究院は、一般市民が立ち入り禁止とされている区間にあたる。研究員のものとは違う制服を身につけた警備員が、入り口に立っていた。エルリオは遠目から一瞬、躊躇したが、
「あれは国軍警察局の制服ではないわ。庁舎からの派遣ね」
 隣からのジャスミンの小声に、安堵して歩を進めた。見慣れぬ三人の人影に、警備員が警戒の視線を向ける。エルリオは胸ポケットからクラースの身分証明書を取り出した。
「クラース・ベルトランさんにお会いしたいのですが」
 手渡さず、カードの写真と名前が見えるよう、翳す。警備員は目を細めて凝視した。
「どこでこれを?」
 訝しがるのは、警備員として当然の責務だ。
「訪ねる時に、これを提示すれば分かるからと言われて」
 エルリオは嘘を吐いた。淀みない物言いに警備員の男は「ああ、そう」と呟きながら壁の案内図に目をやった。三人にその場で待つように言い残して、姿を消した警備員。大人しく待っていると、一人の研究員を伴って戻ってきた。クラース・ベルトランではない。
「ベルトランへの来客と聞きましたが、貴方達ですか?」
 事務的な印象が強い口調が、年長者のジャスミンにかけられる。そうだと肯定すると、研究員は無遠慮に三人を頭のてっぺんから爪先までを観察し始めた。
「失礼だが、ベルトランとのご関係は?」
「……私たち、ACCの学生なんです」
 これも、エルリオの口から出た嘘だ。男の態度に不快感を感じながらも、それを面持ちに出さないよう唇をじっとかむ。隣にいたミリアムはジャスミンの背中に半分隠れていた。
「ああ、そういえば奴は士官学校の有期講師だっけ」と苦々しく独語を挟んで男は、エルリオがクラースを訪ねてきた彼の教え子と一人合点したようだ。
「今、つれてきますのでもうしばしお待ちを」
 そして男はもと来た道を戻っていった。
(何よあの態度)
 わざわざ訪問者を確認しに来る理由も、男の態度にも奇異な印象を抱いたが、三人は口を噤んだままクラースの登場を待った。そのうち、廊下の角から「すみません」をどもりながら数度繰り返す声が聞こえてくる。
「あ………」
 推測通り、ようやく現れたのは、中央駅の歩道橋で出会った男。クラース・ベルトラン。エルリオら三人の姿を見とめるなり、怯えた動物のように体を強張らせた。
「あ、あの、一体……」
「これを」
 クラースが何かを言い出す前に、エルリオは手にしていた身分証明書を低い位置にかざす。視力の悪いクラースが凝視して目を細め、一歩を踏み出す。そのタイミングでエルリオも一歩下がった。そのやりとりを三度繰り返して、エルリオは警備員が立つ位置から距離を置いた。念のため、会話を聞かれる事を避けたかったからだ。
「す、すみません、わざわざ」
 ようやく証明書を手にしたクラースは、安堵しながらも、まだ怯えを残した瞳でエルリオを、そしてジャスミンを見やった。最後に、ジャスミンの背後に半分隠れる形で立っているミリアムを見て、
「………」
 視線を数秒の間、止める。老若男女を問わず、初めてミリアムを目にした人間は必ずと言って良いほどに、視線を留めるのだ。それほどに彼女の造詣は幾何学的と表現できるほどに整っているのだ。
「さっきの人、すごく態度悪いんだけど、ここの人ってみんなそうなの?」
 エルリオはひとまず、言いたい事を口にしてみた。レクティカ中央駅に下車してから、まともな人間に出会っていない気がする。
「いいえ、そんな、ことありませんよ。それはきっと、皆さんが私の、親戚か何かだと、思われたから…、かもしれません。不快にさせて、申し訳ありません」
 クラースはエルリオの言葉に弁解する。
「おじさん嫌われてるの?」
 相変わらず気になる句読点の打ち方をするが、人柄自体に問題はなさそうに見えるのだが。「またそんなストレートな」と、ジャスミンの背後からミリアムが慌ててフォローに回る。
「ええ、そう、なんです」
 眼鏡レンズの向こうでクラースの瞳が苦笑する。
「わた、しは…」
 そこまで言いかけて、クラースは背後の警備員の存在を、肩越しに気にかける。
「外、に出ません、か」
 手にした証明書で出口を指し示してクラースは先んじて歩み出す。「はーい」とエルリオは素直に従い、ミリアムとジャスミンは床に置いてあった鞄を拾い上げて後を追った。
「あの、改めて、ありがとう、ございました」
 廊下に出たところで、クラースが振り返る。三人が担いでいる荷物の大きさを見やった。
「御礼、といっては何ですが…どちらか、ご案内、しましょう…か?」
「この街で一番大きな図書館に、行きたいの」
 間髪いれずにエルリオは答えた。だがクラースの説明によると、一般的な図書館であれば庁舎内にあるが、より専門性を求めるとなれば分野ごとに建物が別れているようだ。
「ACCの学生、だとうかがいましたが、何か調べたい事があるのですか?」
 エルリオが広げる街の地図を隣から覗き込みながら、クラースが尋ねる。心なしか、口調が流暢になりつつあるように、エルリオには感じられた。少しばかり心を開いてくれているという事だろうか。
「ここ一年ぐらいの、地方紙含む新聞と、あと精霊の印についての文献が揃っているところに行きたいな」
「新聞の、縮刷版でしたら、庁舎内図書館が、豊富に揃っています。精霊、の印については…本当ならACCの、国軍、研究局内の資料館、が、一番なのですが」
(そうだろうなあ)
 クラースの答えを聞きながら、エルリオは心内で呟く。レクティカ内では、現在いる場所から少々移動した先の東別館にある資料館が良いとの事。「ご案内しましょう」とクラースが歩きかけたところで、
「あの、私、別行動してもいいですか?」
 とジャスミンの背後から声。ミリアムだった。
「私、歴史の本が…読みたいです」
「歴史?」
 何の歴史かとエルリオが問えば、「この国と…」と、小さな声が戻る。
「この国じゃない国のことも……」
「………」
 ライザ帝国の事だろう。エルリオやジャスミンが思いつくには容易な事だったが、口に出さなかった。
「珍しい、事ですね」
 足を踏み入れかけた静寂を押しのけたのは、クラースの声だった。幼い二人分の視線が、同時に気弱な男を見上げる。温度の低い面持ちを保ち続ける若い女の黒い瞳も、静かにクラースの横顔を向いた。
「貴女みたいに、若い人が、国の外に興味を持つというのは」
 そう続ける声に、徐々に明るさが生まれているのは気のせいだろうか。
「国の教育は、内へ、内へと、向かっていますから」
 最終的に、国に才能を奉仕する事が最大の美徳とするよう、初頭教育の頃から、教育システムが出来上がっていると、クラースは言う。だが一概にそれが悪とも言えず、現在の世界情勢とアリタスが置かれている状況から、国を守るために致し方ない事なのだとも、彼は言い加えた。
(でも確かに……そうかもしれない)
 改めてエルリオは、学校に通っていた頃の自分を思い浮かべる。士官学校を目指す事が子供達の間で最大の誉とされていた。何の疑問も、理由もなかった。
 エルリオが国の外を意識したのも、ミリアムと出会ってからだ。それまで、エルリオのような世代には帝国との戦争でさえ、記録でしかなく、何ら実感をもたらすものではない。それがごく一般的な子供なのだ。
 クラースにはそれが分かっていたのだろうか。
「おじさん」
 もっとこの男と話しをしてみる価値がありそうだ。エルリオはそう直感した。気弱だが人の良い男は「はい?」と、見上げてくる幼い視線を受け止める。
「歴史資料の豊富な図書館はどこにあるの?」
 エルリオは広げていた地図をクラースに向けた。
「時間はあるし、みんなで見て回ろうかなって」
「そうですか」
 手向けられた地図に、クラースは指を置いた。現在エルリオ達がいる場所からそう遠くない、隣の建物に「歴史資料館」の文字が記されている。
「私も、自国他国含めた、歴史を紐解く研究をしているので、ここは詳しいんです」
 男はそういって、微笑んだ。




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