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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT10-7
07

 乾きの街、シュトル・セントラル。暴走者により甚大な被害を受けた街は、市場通りを中心に街は瓦礫と砂に半分埋もれた状態となった。
だが二晩が明けた日の午前、半壊状態となった市場通りに再び、人の色が行き交うようになる。人々は、砂と石片の上にシートをひき、天蓋を立て、あり合わせの物を持ち寄り、再び市を開いた。
 その様子を、高台から見つめる目があった。薄汚れた砂色の中央でまばらに動く色を眺めて、投げ出した両足をぶらぶら動かす。
「すごい、逞しいね。もう市場が開かれようとしているよ」
 街を見つめる人影は二つ。俯瞰で景色を見渡せる高台に腰掛ける少女と、その後ろに立つのは大柄な体躯の男だ。
「そうだな。で、どうする?」
 黒や灰色、ベージュを基調としたモノクロームのいでたちの男は、大柄な体躯が伴いさながら壁か柱のよう。まっすぐ伸びた姿勢と短く刈られた頭髪が、精悍だ。「どうする」と問いかけられた少女も、黒い上下を基調としているが、少女らしい薄桃色の刺繍が施された、絣折りのカーディガンを羽織っていた。絶壁から放り出した細い足を引き上げると、その場に立ち上がる。
「レイノスが暴走させた精霊を止めたのが、私と同じ年恰好の女の子だって言うじゃない?」
 自分の倍はありそうな男を振り返って見上げる。
「だが、流石にもうこの地から去っているんじゃないか」
「やっぱりそうかな」
 男の推測に、少女は残念そうに眉を下げた。
「指名手配人だという自覚があれば、これだけの騒ぎを起こしたんだ、一刻たりとも一箇所に留まりたくないはずだ」
「なるほど、そうだね。谷が匿ってるっていうなら、また一揺さぶりかけて炙り出したいところだけど……」
「今となっては無駄だ」
 男の短い答えを受けて、少女は「ちぇ」と小さな唇を窄めた。黒がかった茶色い髪の毛が、砂混じりの風を受けて揺れる。目元にかかった髪の毛を指先で無造作に払って、少女はその手を前方に差し出した。
「翼よ、我が背に宿れ」
 小さく呟くと共に、差し出した右手の甲が輝いた。
「メア」
 そう男が呼びかける目の前で、少女の背に白い翼が現れる。背伸びをするように大きく空に向かい羽ばたくと、小柄な少女の体はいとも簡単に中空に浮き上がった。
「ちょっと街の様子を見に行くだけ。すぐ戻るよ」
「しかし」
「大丈夫、顔はちゃんと隠すから」
 非難の色を目元に浮かべる男に、メアと呼ばれた少女は悪びれない笑顔を向けてから更に高度を上げた。滑るように小さな体が遠い砂色の街へと吸い込まれていった。





 駅に佇む若い女は、それだけで絵になる。ドーム型の立派な高天井を構える駅構内、時計がすえられたモニュメントに背を預けて立つ黒髪の女がいる。長く真っ直ぐな髪を後ろで束ね、細くしなやかな肢体が野生の豹を彷彿とさせる。だが涼やかな両瞳は伏せられ、その物憂げな様子は道行く人々の関心を引いた。
 これから旅立つのか、それとも少し前に到着したばかりの列車に乗ってこの駅にたどり着いたのか、女の足元にはいくつかの鞄が置かれていた。
「こんな街に、旅行か?」
 誰かを待ち侘びた様子の女に、男が声をかけた。昼間から酒に酔っているのか、どこか虚ろな目をしている。
「……」
 細い両腕を胸元に組んだまま、女はそれを無視して顔を背けた。アルコール臭い息が不快だったからだ。男は女の反対側に回りこんで再び酒臭い息を吐きながら「こんなとこに来たって楽しい事はないぜ」と馴れ馴れしく話を続ける。
「貴方は、この街の人なの?」
 言いながら女はまた、息から顔を背けた。
「ああ。生まれた時からこの街さ。もっとも…すぐに出て行ってやるがな……だけど、なんなら隅々まで案内してやろうか?」
 女の言葉から、彼女が外の人間であると察しがつく。一方の男は、手にしている中型のボストンバッグと言い草から察するに、これから生まれ故郷を去ろうというところらしい。
 女は感情を乗せない冷ややかな視で男を一瞥した。
「レクティカは「品位高き学匠の街」と聞いていたのだけど」
 レクティカ・タウン。
 いくつもの専門大学校や膨大な蔵書数を誇る図書館、基調な学芸品を保有している美術館や博物館などを有する、「知的財産の街」とも称される、学匠の街(アカデミック・タウン)。アリタスには、ACCを中心に五芒星を描くように五つ、こうした「アカデミック・タウン」と呼ばれる学芸都市が存在した。
「品位だと?」
 男は赤らんだ顔を更に紅潮させた。
「俺がこの街の品位を落としてるって言いたいのか。だけどな、俺だって好きでこんな昼間から酒なんか飲んでるんじゃない」
 興味がない、とばかりに女は視線を反らして腕を組み替えた。だが目端で気付かれぬように男を観察してみると、確かに男は根っからの飲んだくれではないようで、乱れているものの身につけている白いシャツは、仕立ての良い物に見える。
「品がいい街だなんて気取っているがな、学閥闘争ほど頭が悪くて醜いものはない」
 管を巻く男の言葉を、女は視線を明後日の方向に向けたまま、聞かない振りをして聞いていた。男の方も、相手は誰でもよく、ただ吐き出した言葉を聞き流してくれる誰かを望んでいただけのようで、相槌一つ打たない女に気を悪くするでもなく、恨み言になりきれない愚痴を零している。
(……長い話)
 女がいい加減にうんざりとした面持ちとなってきた頃、同じレクティカ・タウンの駅構内で、二人の少女が地図を手に案内カウンターを後にした。
「すごい、うわさでは聞いていたけど、本当に街全体がキャンパスみたい」
 片方の少女が地図を広げ、感嘆の声を上げている。その隣から人形のように造詣の美しい少女が「キャンパス?」と問いかけた。
「えーっと、この街全体が一つの大きな学校みたい、という意味」
「学校の街ですか~。私、学校って行ったことがないので興味深いです」
「ああ…そっか……ん?」
 次に続ける言葉に迷った少女の瞳に、時計モニュメントの下で待つ黒髪の女の姿が入った。見知らぬ酔っ払いの男が、その隣で何やら喋り続けている。
「ジャスミンさんの隣にいるあの人、どなたでしょう?」
 美しい少女もそれに気付き、首を傾げた。「さあ」と左右対称に首を傾げる隣の少女。ナンパにしては、男が視線を明後日に向けて一人で喋り続けている印象がある。観察しているうち、黒髪の女、ジャスミンと少女達の視線がかち合う。途端、野性的だった黒い瞳に、親しげな笑みが浮かんだ。
「ごめんね、お待たせ~」
 そう声をあげて駆け寄る少女達は、エルリオと、ミリアムだ。
「ううん、それなりの暇つぶしはできたから大丈夫よ」
 足元の鞄を拾い上げながらジャスミンと呼ばれた女は、傍らの男を一瞥する。二人の少女の登場に、男はバツが悪そうに赤くなった鼻を小さく啜った。
「何だ、子持ちか」
 男は酔いと共に興味を消失させ、間の悪さを誤魔化すために小さく悪言を吐き出す。それが、命取りとなると気付かずに。
「…子持ち?」
 温度の低い笑みを浮かべたままのジャスミンの唇が、低く男の言葉を繰り返した。
「あ、ダメだよ」
 エルリオのポケットの中から発せられた声が言い終わらる間もなく、小さな金属音と共に微かな風が下から吹き上げた。男が瞬きのために瞼を閉じた瞬間に、顎の皮膚に冷たく硬い感触がした。
「私、こんな大きな子供が二人もいるように見えるのかしら……?」
 顎下に突きつけられたのが黒光りする銃口と知り、男の酔いは急激にマイナスへと転じた。紅潮していた面持ちが、今は青い。
「あ~あ」
「まあ」
 その様子を下から見上げるエルリオとミリアムは、顔を見合わせる。うまい具合に周囲から、銃の存在が隠されて見えていないようだ。
「と、とととととととんでもない…デス」
 男の声は完全に上ずっており、歯の根が合わずに酷くどもった。
「ダメだよおじさん、そういう時は『姉妹?』って言わないと」
 哀れなほどに萎縮してしまった男の目に、下から見上げてくるあどけない二人分の顔が映る。震えながらも男の視線が、エルリオ、ミリアムへと動き、そして最後に再びジャスミンに戻った。
「……よく見たら、ちっとも似てないんだな…じゃあ連れ子な―」
 その余計な一言第二弾が発せられた半秒後、哀れな男の体が宙を舞った。
「世間知らずは命取りになる良い見本だわ」
 完全に伸びてしまった男を尻目に、「これだから学問で頭が凝り固まった人は嫌いよ」と呟きながらジャスミンは、銃を素早く懐に仕舞いこむと足早に踵を返した。二人の少女達が慌ててそれを追随する。背後で野次馬が騒いでいる声が膨らんでいるが、振り返らないようにした。ただ、エルリオのポケットから顔を出したキューだけが、倒れた男に群がる野次馬達の様子を見守っている。
「何のお話しだったのですか?」
 駅構内を抜け出し、バスターミナルの上を掛かる歩道橋に差し掛かった頃、ようやくジャスミンは速度を緩めた。それを機にミリアムが問いかける。
「つまらない話よ。恐らく、学閥闘争にでも負けて街を出て行かざるを得ない状況だったんでしょう」
「学閥闘争?」
「ええ。真理が権力闘争の材料になる、醜い現象のこと」
 まんざらあの酔っ払いの言葉は間違っていないのだ。
 エルリオ、ミリアム、ジャスミンの三人が、シュトルを出た後最初に向かったのは「学匠の街」、レクティカだった。五つのアカデミック・タウンの中で最もセントラルに近い位置に存在している。
 エルリオが二箇所目の旅先としてここを選んだ理由は、蔵書数が豊富な資料館や図書館の数の多さだった。郊外のアカデミック・タウンには、セントラルで所蔵しきれなかった数多くの史料が移されていると聞く。それに、これまでの短い旅の中で得た数々の情報を整理する良い機会でもある。
「あ、あのぉお……」
 背後から、聞きなれない声がした。
「!?」
 それは柔らかいテノール。だが酷く震えていた。三人はほぼ同時に振り向き、ジャスミンは反射的に右手を銃を隠している腰の位置に移動させていた。その勢いに逆に驚いたか、眼鏡の奥で目を丸くした男がそこにいた。肩から羽織っている紺色の外套は、この街でよく見かける大学院所属研究生の制服だ。アリタスでは珍しい、色素が薄い稲穂色の頭髪が最初に目に入った。
 男がジャスミンに向けて差し出している手に、銀色の鎖が握られている。
「こ、こ、これ、あ、貴女が落とされ、たもの、ではない、ですか…?」
 その声は酷く上ずり、そして手をジャスミンに差し出しているものの、体は完全に逃げ腰で、背を丸めて不自然な体勢だった。頭髪の色の珍しさより、三人の意識はすっかり男の口調とへっぴり腰に向いていた。
「句読点が変だよ、おじさん」
 エルリオが呟く。
「あ……」
 男の手にあるものを目にしたジャスミンは、短く息を呑んで自らの胸元に手を当てる。首にかけていたはずの鎖が、ない。
「あ、あな、貴女がサルークを殴り、飛ばした辺りから、見ていたんです。あ、サ、サルークとは、あの、酔っ払いの名です。私は、本当は彼を見送りに来たのですが」
 完全に怯えながらも「どうぞ」と男は手にしている鎖を更に前に差し出した。どうやらジャスミンがあの男を殴った拍子に、落としたらしい。
 心底から安堵した面持ちでジャスミンは男に歩み寄り、
「ありがとうございます、大切な物だったのです」
 と男の手に自らの手を伸ばした。
「これ、は、とても珍しいもの、ですね」
「………」
 男の言葉に、一瞬ジャスミンの手が止まる。それは、谷を出立した時にヴィルがジャスミンに贈ったものだった。銀の鎖に、「竜の卵」と呼ばれる小さな石が吊り下げられている。列車の中でエルリオも見せてもらったが、石の表面に鱗のように細かく模様が刻まれている。
 男は、己の手の平に乗る宝石をしげしげと眺めた。たった先ほどまでジャスミンに怯えきった表情を見せていたのに、今は珍しい物に喜ぶ子供のように己の手の平を見つめて、微笑んでさえいる。
「この刻まれた模様によって石が、薄紅にも、薄緑にも見える。透明でもあり、濁っているようにも見えて、宝石とも硝子とも言えない不思議な物質、です」
 ジャスミンの瞳に訝しがる色が浮かんだ事に気がつき、男は「あ」と我に返る。宝石に向けていた視線を慌てて上げ、また怯えた表情で背中を丸くした。
「す、す、みません!へ、変な、変な詮索をするつもりは、ないのです。私の悪い癖で」
 そして再び「どうぞ」と手を差し出してくる。ペンダントは素直にジャスミンの手に収まった。
「で、で、では、私はこれ、で。先ほどは、知人が、失礼しましたぁあ」
 言いながら男の姿は既にその場から消えていた。脱兎のように駆け出した語尾が、ドップラー効果のように遠ざかる。遠くに、紺色のマントが歩道橋の下へと駆け下りていくのを、三人は呆然と見送った。
「あそこまで怯えなくてもいいのに」
 ペンダントを再び首にかけながら、ジャスミンが溜息をつく。
「この街の人って、コミュニケーション能力に少し問題があるんじゃない?」
 エルリオの意見に「大丈夫なのかしらね」とジャスミンが同調する。そんな中ミリアムは、男が走り去っていった方をぼんやりと見つめている。
「何か落ちてる」
 ポケットからキューの声。足下を見やると、タイル敷きの歩道橋に、一枚のカードが落ちていた。我に返ったミリアムがそれを拾い上げる。
「さっきの男の人のようです」
 写真つきの身分証明書だった。紺色の上着を身につけた眼鏡の男の顔写真と共に、所属組織名が記されている。人と対面する時はろくに目を合わさなかったのだが、写真の中の男は真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「レクティカ大学校研究院考古学科、助手。国軍研究局助手・有期講師兼任。クラース・ベルトラン」
 随分と長い肩書きだ。思わず読み流すところだったが、エルリオの目は「国軍」の文字で止まる。
「これ、お届けにうかがいませんか?」
 ぽつりと、ミリアムが呟く。
「『彼女』も…そう言っています」
 後に続いた言葉は、語尾が消えかけるほどにひそやかだった。
「彼女?リューシェが?」
 エルリオの問いかけに、ミリアムは平静な顔で頷く。その面持ちが「リューシェ」のものに変化した様子はない。頭痛に顔を顰める様子もなく、どうやら頭の中での共存に慣れてしまっているようだ。
「まあ、親切するに越したことはないけど」
 ミリアムの手からカードを受け取って、エルリオは改めてそこに書かれている文字を眺める。
「………」
 ミリアムは視線を斜め下に逸らした。どうやら『彼女』と対話しているようだ。小さな口の中で聞こえない程の独り言を呟いた後、「一期一会は大切になさい、だそうです」と顔を上げる。
 はぐらかされたような答えに、エルリオは肩透かしをくらう。自己主張が強いリューシェが表に出てこないところも勘繰りどころだ。何か意図があるのかもしれない。だがこの街の人間と接触を持つ好機であるとう点で、エルリオの意思はリューシェと一致する。
(あのひと句読点がちょっと耳障りだけど、害があるようにも見えないし)
 国軍に少なからずや関わりがありそうな肩書きに用心が必要だが、概ねエルリオの中で心は決まっている。
「これ、届けにいこっか」
 誰も異論を唱える者はいなかった。




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