このブログに掲載されている「英雄の屍」の著作権は、管理人である北野ふゆ子に属しています。ブログはリンクフリーですが、無断転載、引用など、著作権侵害にあたるご行為はおやめ下さいますようお願い申し上げます。

Yahoo Messenger
お気軽にお声がけ下さい


others

北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



超・長編小説同盟に参加しています。

私はClubA&Cに加盟しています。よろしければご感想をお聞かせ下さい。私も貴方の作品の感想をお送りさせて頂きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このページの先頭へ
押印師ACT10-6
06

「しかしシールズ、准将は何故この事項を引き合いに出したと思う?」
 背中でまだアレックがランドも交えて何やら語っているが、それを聴覚からシャットアウトして、二人の大佐は目の前の課題に意識を戻した。キールの言葉を受けて、シールズは人差し指を立てる。
「共通する部分が多い事は分かった。地名と姓名の違いはあるが「グレリオ」、水、電気、地形、「グレン」という名…これはありふれた名だからどうかしらんが、それから、「素手と銃」だ」
「何だ「素手と銃」って」
 キールの細く神経質そうな眉が顰められる。シールズは不敵に微笑んだ。
「お前がさっき言ったじゃないか」
「私がか?」
「グレリオ・セントラル殺人事件の容疑者が、まさか素手で銃と対峙する事はないだろう、と」
 言われてみれば、身に覚えがある。キールは素直に肯定した。だがそれが、どうだというのか。シールズは笑みを崩さず「いいか」と言葉を繋げた。
「トラキスに侵入した帝国隊は恐らく三桁規模。少なくとも先発隊だけでも百人以上はいたと思う。村を占拠し、高所を制圧し、陣を敷くためには人手が要る」
「そうだな」
「対して、この紙にあるアリタスの視察隊は十五名だぞ」
 素手と銃。すなわち、少数対多数。圧倒的武力の差を表す揶揄とうわけだ。
「そんな出来すぎた暗喩があるのか」
 納得する一方でキールは、彼には珍しく辟易とした面持ちで大げさに肩を竦めた。少し声が高くなり、声量も増していた。
「事実、符合するのだから仕方ないではないか」
 拗ねた少年のように口をへの字に曲げたシールズ。我ながら屁理屈と同義だと自覚していた。だがこの無名の仕官による未承認報告書が、ライアン曰く「トラキスの水攻め」である事はほぼ間違い無いようだ。問題はその先で、この報告書内容の何から殺人事件を紐解けというのか。
「グスタフ准将も恐らくそこから先をご存知無いのでは」
 相変わらず平静なアイラスの声が、両大佐の会話が途切れかけたタイミングで差し込まれる。
「研究室でのご様子では、殺人事件について初耳のように見えたのですが」
 それは恐らくそうなのだろう。両大佐は否定しなかった。
 単に彼の頭に記憶されていた膨大な戦史記録の中から、凄まじい検索能力によって「トラキスの水攻め」が偶然値を超えた合致性をもって抽出された、それだけの事なのだ。言葉にすれば理屈は簡単だがそれが如何に非凡な事か、両大佐も二人の大尉も、知っている。
「この十五人、この後どうなったんだろうね~、アリサ」
 アレックは、まだ仕切りに感心顔を紅潮させていた。
「もし、こっちの紙の方が事実なら、何で国はこれを認めずあんな茶番みたいな作り話で取り繕ったと思う?」
 シールズは「茶番」戦史が記された本の表紙を指先でノックした。キールは書類に視線を向けたまま。
「武勲を立てたと言え、公の施設を破壊したのだ。この少佐も無事じゃないだろう」
 司法分野に知識が通じているキールが言う「無事じゃない」とは即ち、責任の所在と処罰の軽重を表している。全国軍人の処罰履歴を表した軍法会議か裁判記録でも漁れば、今件についての記載が見つかる可能性もあった。
「ま、確かにそうだよな。軍法会議の資料か……」
 だが業務の責任上、シールズにそこまで踏み込む必要性は、無い。今のシールズの思考は、個人的好奇心のレベルで動いていた。
 あまりに不本意な事なのでシールズ自身は気がついていないが、「破壊力のある好奇心」を持ち合わせている点で、彼も非常にアレックと似ていたのである。



 柔らかい微笑みに勧められて、ようやくミソラはテーブルの焼き菓子に手を伸ばした。口に入れてみると、綿菓子のように舌の上で溶けた。香ばしさと甘さが口いっぱいに広がる。
「美味しい…」
 思わず呟いたところでソフィアと視線がかち合い、ミソラは「お、美味しいです」と慌てて言い直した。ソフィアから、また微笑みが戻る。
「私たちはね」と緩やかな速度で言葉を紡ぎながら、ソフィアは足下に顔を摺り寄せてきた子猫を拾い上げて、膝に乗せた。名前はボルト。由来は、背中に走る茶斑が稲妻に見えるからだ。
「旧聖地グレリオの村で生まれたの。母の故郷よ」
 多くの経験を超えてきた年月を感じさせる、少し痩せた指先がボルトの細い毛並みを撫でる。
「そう…なんだ」
 誰にともなくイルトは呟く。自分が生まれた同じ場所で、この男も生を受けた。同じ風景を見ていたのだと思うと、妙な感慨がした。
「私達、最初は三歳違いの兄妹として出遭ったの。幼い頃をグレリオで過ごした後、私が十一、兄が十四の時、元々ACC出身だった父と共に家族はACCに移住したのよ」
「だから、グレリオは私達の故郷でもあるわ」とソフィアは微笑んだ。
 イルト達の耳に「出遭った」という言葉が引っかかる。兄妹関係を表すのに、あまり使わない語彙のように思われたからだ。
「でも、私が二十六歳の時に、年齢が逆転してしまった」
「どういう、ことですか?」
 独語のようなミソラの問い。
「「精霊隠し」って聞いたことある?」
 逆にソフィアが問いかける。イルトは首をかしげたが、ミソラが少し前に乗り出した姿勢で「聞いたことがあります」と答える。
「地方によっては、「鬼隠し」や「神隠し」、「妖隠し」とも言われ方が色々あると本で読んだ事があります」
 ミソラの答えに「そうね」とソフィアが頷く。対照的に、イルトは首を捻った。
「俺はちょっとそういうの…わからないです」
 どのような類の本を読めばその類の事が書いてあるのか、文芸に疎いイルトには想像もつかなかった。ミソラの説明によると、ある日忽然と人が姿を消して行方不明になってしまう現象の事を言うらしい。二度と戻ってこない場合もあれば、数年後、あるいは数十年後、行方不明になった時のままの姿で、突然に再び戻ってくる場合もあるという。戻って来る場所は、行方が知れなくなった場所とは限らない。行方不明になる対象は、未成人の子供である場合が多く、行方不明になっている間の記憶が無いという。
(記憶が…?)
「……あの、ちょっと待ってください」
 話を聞くうち、イルトの脳裏に記憶が浮き上がってくる。漠然とするそれを懸命に掬い出そうとして、イルトは続きを話し出そうとするソフィアを引き留めた。
 そう、あれはグレンと初めて会った日に聞いた話。

― 一回目の時もそうだ。この時も、数年の記憶が剥ぎ取られている

 そう言っていたあの言葉は、これの事なのだろうか。
「あの話は……「一回目」って、この事なのか?」
 ソフィアの向こう側で手紙を読み続けているグレンに向けて、イルトは問いかける。手元に落としていた視線を上げて、
「ああ」
 微笑みと共にそう一言だけ発して、彼は再び視線を手紙に戻す。ソフィアに任せている、信頼しきっている、そんな安心感が伝わってきた。
「私が十一歳の時、当時十四歳だった兄さんは突然姿を消したの。共暦二五二九年、夏の事だったわ」
 今から四十二年も前の事である。
「いつものように学校に行ったまま、兄さんは帰ってこなかった」
「………」
 イルトの隣でミソラが片手を口元に当て、息を呑んだ様子が感じられた。反して、ソフィアの膝の上ではボルトが呑気な大あくびをしている。
「それから十五年が過ぎて…当然、兄さんは死んだものとして戸籍にも登録されたわ。でもある日……母の故郷である旧聖地グレリオの村から、長と名乗る人物から両親の元に連絡が入ったの」
「え…」
 当事の長。それはつまり、イルトの曾祖父の事だった。
「死んだと思っていた兄さんが、そこにいるって」
 話の流れから、グレンが行方不明になったのはACC。だが再び姿を表したのはグレリオの村。以前に聞いたグレンの話とも、イルトが初めて彼と遭遇した時と、条件が合致していた。
「十五年ぶりに帰って来た兄さんは、十四歳のままだった」
 ボルトを撫でていたソフィアの指が止まり、ニーと抗議の鳴き声が小さく挙がる。
「ホントに、精霊隠し…なのですね」
 口元に手を当てた姿勢のまま固まっていたミソラは、ずっと息を詰めていた事に気がつく。独語と共に小さく長い息をついた。黒い瞳をソフィアの向こうにいる男に向けるが、当の本人はまるで読書を楽しんでいるように寛いだ表情で手紙に視線を落としたまま。
「そんな、素直に信じられるものなのか?」
 目の前でその事象の断片を見たとはいえ、イルトは未だに違和感を抱き続けている。正直過ぎるほどにソフィアの言葉を受け止めるミソラに、イルトは内心で肩を竦めた。
「でも実際に、そういう事件はいくつか起こっているんですよ。新聞でも見たことあります。諸説は様々ですけど」
 弁解するようなミソラの面持ちは真剣だった。
「医者志望がそんな非現実的な事を素直に信じていいのか?」という心情を、イルトは口にはせずに飲み込んだ。あの大先生の娘である。怒らせたら実は怖いのかもしれない。
「イルトくんの気持ちは、よく分かるわ。私だってしばらく信じられなかったもの」
 租借しきれないイルトの面持ちに、ソフィアは同意の頷きを向ける。
「でもこういう時、親って凄いものよ。子供が戻ってきたというだけで無条件に喜ぶの。私なんて、頭の固い方だったし、結婚を控えた良いオトナだったから…」
 年老いた母親が十四歳の兄を抱きしめて泣いている。それを少し離れた場所から見つめている二十六歳の自分。今でもその光景を覚えている。ソフィアの瞳は追憶を映していた。
「あのう…そういう時って、社会復帰はどうされたんですか?戸籍上は既に死亡している事になっていたのですよね?」
 妙に現実的な質問が、ミソラの口から飛び出した。一瞬、目を丸くしたソフィアだが、直後には鈴を転がすように笑い出す。膝の上で午睡に落ちようとしていたボルトが迷惑そうに顔を上げた。
「ええ…?」
 これはイルトの口から思わず出た、言葉にならない声。「精霊隠し」という非現実的な言葉を真剣に受け止めて会話していたかと思えば、今度は急に現実に立ち返った事を言う。ソフィアも「頭が固い」と自らを評しながらも、ごく自然に全てを受容している。
 イルトはますます「女の心理」が分からなくなっていた。
「父が国軍公務局の人間だったから、戸籍管理課のツテで戸籍操作したんだ」
 ソフィアの後ろから、グレンが答えた。偽名金庫の件を聞いていたので、イルトはさほど驚かなかった。
「その時から私は兄さんの年の離れた「姉」になったの」
「個人情報管理法が厳正化されたから、父さんは苦労したと仰っていたっけ」
「そうよ、下手したら父さん、逮捕、免職だったのよ?」
 戸籍上「姉弟」の兄妹は、平和な顔して笑いあっている。
「………ちょっと……」
 イルトは絶句する。驚かなかった代わりに、この危険な話を事も無げに笑いあいながら言い交わす「違法上等」兄妹が空恐ろしい。
「もう、これだけでも十分おかしいでしょう?人として。でももっとおかしい事があるのよ、この人」
 絶句する若い二人に照れ笑いを向け、ソフィアは少し言葉を砕けさせた。その際に垣間見せた些細な表情が、グレンのそれを彷彿とさせるとイルトは思う。不思議と少しずつ、この兄にこの妹ありという気になってきた。
「本当なら兄さんは今、五十六歳。いなくなった十七年間を差し引いたとしても、四十一歳のはずなの。なのに、そうは見えないでしょう?」
「羨ましいわ~」とソフィアは茶化した風に大きな溜息をついて肩を竦める。
「ええ??!」
 と、イルトとミソラからは甲高い声がひっくり返った。それを尻目にソフィアは「あらやだ、私の年齢もばれちゃったわ」と笑っている。
「私の父……が四十四歳…なのです…が…」
 ぎこちなく首をこちらに向けるミソラと、目が合う。ぱっと脳裏に大先生の白髪まじりの厳つい顔面がイルトの脳裏に思い出された。比較対象を挙げられてみると、如何にグレンの外貌が不自然か分かる。
 口に手を当てたままミソラは黒目がちの瞳を丸くして、それ以降の言葉をどこかに失くしてしまっていた。
「あの、イルト君…」
 視線をグレンの横顔に向けたまま、ミソラが小声で問いかけてきた。
「私……こんなお話を聞いてしまって、よかったのでしょうか?グレンさんて……何者なのですか?」
「えーと…」
 イルトに答えが出せるはずもなく、彼も恐る恐るとグレンに答えを求める視線を向けた。極力、軍には己についての情報をひた隠しにしてきた彼が、イルトの元同級生というだけで全くの第三者であるミソラに、ここまで様々を聞かせてしまうその意図が計りかねたからだ。もっとも、核心が隠されているままである点は同じだが。
「あら、ミソラさん、兄さんから何も聞いていないの?」
 ティーカップを手に首を傾げて、ソフィアがミソラに尋ねる。
「ダメよ、女の子が簡単に妖しい人について来ちゃ」
 温かく甘い湯気の中、ソフィアの柔らかい微笑みが悪戯っぽいそれに変わっていた。黄金の草原の中、儚げな空気を纏っていたように見えた彼女が今は、同級生の少女のようにも見える。
「ソフィアさーん」
 そんな時、外からの声がリビングを横切った。モップ犬、もといリットルの鳴き声も後を追う。警戒しているのではなく、遊んでくれとねだる時の声だ。
「郵便屋さんだわ。何かしら」
「ちょっと失礼」と言い残してソフィアは玄関に向かう。親しげな会話と犬の鳴き声が玄関から響いてくる間、リビングに残った三人、特にイルトとミソラは意味もなく息を潜めていた。玄関のソフィアの様子を気にかけていたグレンが、二人を振り向く。
「私の事については、おいおい説明するよ。悪かった」
 緊張感に縛られたままのミソラに小さく笑った。
「い、いいえ。イルト君と…何せあの父が信用した人ですから。妖しいだなんて思っていません」
 ミソラは慌てて顔の前で小さく両手を振る。フォロー、というには少々墓穴を掘ってしまった感はあるが、気持ちに嘘はなかった。どのような言葉で説得したのか聞かされていないが、断固として頑なに進学を反対し続けていた父親の心を溶かしてくれた事を、ミソラは心からの驚きをもって感謝している。
「兄さん」
 玄関からソフィアの声が近づく。リットルの声が再び遠ざかっていった。去っていく郵便屋を追いかけているのだろう。
「電報だったわ」
 リビングに戻ってきた彼女は、片手に白い封筒を持っていた。
「兄さんによ」
「私に?」
 グレンが立ち上がる。
「………」
 胸の奥で、イルトは心臓が一度だけ大きく打ち鳴らされるのを感じた。ありふれた白い封筒が、激動の運命への招待状のように見える。思えば、テイダスと再会し己の未来を決定付けたきっかけの一つであった小切手も、白い封筒に入れられていた。
 グレンは封筒を受け取り、中から白い少し厚手の紙を引き抜く。開いた直後、最初の一行を目にした瞬間に「ふっ…」と口から苦笑を漏らした。
「親愛なる大馬鹿者へ」
 出だしはそう書かれていた。
 本文は、ただ一行「連絡よこせ、馬鹿野郎」。
 そして文末はこう締めくくられている。
「悪友より」と。
 差出人名義は、アーサー・ノーブル。そして本文はライアン・グスタフによるものだ。軍の暗号送信システムを応用した電報は、リアルタイム性が高い。この放牧場から郵便局までの距離を考えると、この電報は少なくとも二時間以内に打たれた物と考えて良い。
「そのうち、な…」
 グレンは電報本文の向こうにいる友人に短く語りかけ、手にした紙をたたんだ。




ACT10-7⇒
スポンサーサイト

このページの先頭へ
| BLOG TOP |
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 英雄の屍 All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。