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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT10-5
05

 いつもはアレックとアリサの指定席と化していた資料室の椅子。今日はそこに、二人の大佐が腰掛けていた。なにやら物々しい雰囲気に、文官たちは遠巻きに見てみぬ振りをしている。テーブルの上は乱雑に積まれた書籍やファイルの類に占拠されていた。
 トラキスという地名が約三百年前に使われていたものと判明し、そこからシールズとキールは三百年前の戦史資料を漁っていたのだ。
「なんだこりゃ」
 静まり返った空気の中、シールズの素っ頓狂な声が転がった。
「見つかりましたか」
 背後の本棚を検分していたアイラスが、本を手に苦い顔をしている上官に呼びかける。彼が目を通していたのは、国軍公認の戦史書籍だった。
「確かに三百年ほど前、「トラキス」という名のつく地域でライザとちょっとした戦闘が行われたようだ」
「シールズ、それ読んでみてくれ」
 分厚いファイルを見ていたキールが顔を上げた。
「聞いて哂うなよ」と本を手に取り、嘲り混じりの苦笑を一つ挟んで、シールズは文面に視を落とす。
「時代はアリタスノヴァス暦三十六年」
「……というと共暦で何年だ?」
「えっと……二二〇〇年ぐらい、か」
 途中まで計算しかけて、シールズは面倒くさくなって諦めた。そもそも「アリタスノヴァス元年」がいつか正確に覚えていない。「年表を探しましょうか」と動きかけたアリサを止めた。今の時点では、それがとても古い暦だという事さえ分かっていればいい。
「それも後で調べよう。かいつまんで言うと、ライザの国境に程近い、トラキス地域最西北のトラキス村が帝国の部隊に襲撃された。この部隊の目的は、アリタス侵攻に際しトラキスに拠点を敷く事にあったようだ」
 シールズが手にしている本によると、アリタス司令部は逃げ遅れ人質となった村民の救出、およびトラキス奪回と防衛のために先発隊含めて合計千五百の大隊を派遣した。
「ここからが笑えるぞ」
 シールズは苦笑と共に、本のページを捲る。
「トラキスにはトラキス・ダム湖と呼ばれる湖があり…ああ、ちなみにダムといっても人工ではないらしいな、ただ、湖の標高が村より高い事を利用して水路を敷き、水力活用や灌水などの手が入っている事からダムと名がついているようだが。で、そのダム湖周辺には水門と水力調整設備と開発中の水力発電設備があったのだが、戦いの折にライザがいずれもぶっこわしちまったために大洪水が発生、大量の水に押し流されてライザの大隊は自滅―だとさ」
 おざなりな仕草で本をテーブルに置き、シールズは肩を竦めた。
「なんですかそりゃ」
 背後から、シールズと全く同じ感想を洩らすランドの声。
「その自滅行為が「水攻め」なのですかあ?」
 三歩ほど離れた場所で地図を抱えて控えていたアレックが、素朴な疑問を投げかける。
「うーん…」
 笑い話にもならない歴史に、シールズはもう一度目を通して唸る。これが准将の口から仄めかされた「トラキスの水攻め」という事項であるなら、何故彼はこんな珍事を持ち出してきたのか。全く理解に苦しまれた。
 だがその時、
「いや…」
 低いキールの声が、シールズの疑念を遮る。
「准将が仰っていた「トラキスの水攻め」は……恐らくこっちだな」
 分厚いファイルを捲っていたキールの呟きに、「まだ笑い話があるのか」とシールズは丸椅子ごと動かして隣に移動した。二人の大尉も、上官達の背後に立ち戻った。
 キールが手にしていたのは、一冊の古ぼけたファイル。対外戦の記録を綴った非公開史料、そのうちの一冊だった。
「記入日、アリタスノヴァス暦三十六年」
「同じだな」
 綴じられた一枚を引き抜きながら、キールは文字を目で追う。それは、歴史書にも公式文書にもならない、味気のない報告書フォーマットに沿って書かれた書類。承認印も無い、無造作に保管された紙片に過ぎない紙だ。だが無味乾燥な書式とは裏腹に、手書きで隙間なく文字と図が埋め尽くされており、整然とした文字列から書き手の鬼気迫るような熱が感じられる。
「記入者代理、ロス・グレリオ・サイファ。大尉」
 文書の項目を読み上げるキールの声が続く。
「ん?グレリオ?」
 妙な符合にシールズは思わず鸚鵡返しに呟いた。
「グレリオ周辺の出身者なのだろうか」
「そうだなあ」
 国軍には、セントラル出身者の他アリタス全域各地からも人材が集う。だがこれを偶然として片付けて良いものか、シールズは判断に迷った。キールは続きを読み進める。
「トラキス村襲撃の報を受け、国軍情報局視察部隊十五名、トラキス地域偵察を任命される。偵察部隊長はグレン・ノースクリフ少佐。敵はライザ辺境部隊による拠点確保目的の侵略と報告、急遽トラキス奪回の為の援軍を司令部に要請」
「グレンなぁ。ノースクリフ……いかにもセントラル出身者らしい姓名だが、あまり公式には聞いたことないな」
「グレン」もよくある名前だが、と付け足すキールに、シールズは生返事で頷いた。
「村の近辺にトラキス・ダムと呼ばれる湖がある事も、その本と同じく書いてある」
 記されている内容から、この書類は先ほどシールズが読み上げた公式戦史と同一の事象を表している可能性が高かった。
 口頭での読み上げを止め、キールは素早く文書を目で追う。そこから得られる情報を簡略化して言葉にする方に切り替えた。
「その頃の地図はあるのか?」
 シールズは背後にいるアレックを振り向く。
「はい、こちらが古地図です!」
 待ってましたとばかりの笑顔でアレックが地図を差し出す。あらかじめアリサに言われて用意しておいたものだ。
 トラキス・ダムは自然の湖だがかなりの水深があり、元々村落だった場所だが歴史的豪雨のために水没して出来上がった水溜りだ。それが「ダム」と称されるようになった所以の一つであると、三百年前の「トラキス」の地図を示しながらアレックが説明していく。
 二人の大佐は素直に頷いて、新米技術者の話を聞いていた。年功や位による序列に捕らわれがちな頭の固い軍人が少なくない中、この二人は柔軟な思考の持ち主だと言える。ことにキールは、紋切り型の一辺倒に見える外見とは裏腹に、意外と素直で応用の利く性格だ。だからこそランドやアレックのようなタイプの部下とも上手くやっていける。
「そして、次にこれが現在の地図です」
 言いながらアレックは二冊目の地図を広げる。
 一目で、シールズは異変に気がついた。
「湖の位置が変わっているな」
 その言葉通り、地図の座標と照合しても明らかにダムの位置がずれている。アレックは徐に地図を指差して説明を始めた。
「旧トラキス地方と呼ばれるこの辺り一帯は大昔、地盤が緩く岩盤移動による地震がかなり頻繁に起きていたらしいのです。結果的に激しく隆起した地形が多くなり、そのために、豪雨となれば小さなダムがいくつもできてしまうような条件が揃っているのです」
 ちなみに今現在は地盤も固まり、地震は滅多に起こらない。
「なるほどなあ」
「本来、トラキス地方は乾燥地帯で降雨量が少なかったのですが、トラキス・ダムができた時は異常気象であったようです。なので、その「水攻め」当時のトラキス村は、ダムの底から西部に移転させた後の事であったらしいのです」
 つまり、三百年前より更に歴史を遡ると、元々「トラキス村」は、トラキス・ダム湖の位置に拓かれていたのだ。
 アレックのその説明に、シールズはキールが手にしている紙に再び視線を落とした。西に村が移動したために帝国との国境に近づきすぎてしまい、拠点確保場所として目をつけられたのだろうと予想される。当時はまだ他国干渉が過酷になる前であった事から、ACCから遠のく辺境ほど国軍の政策局の手が薄く、地方の対外意識が低かったのかもしれない。用水路が引かれ、水門が築かれ、発電所が試運転中という事は、ライザが侵攻を企てたのは移転から十数年後といったところだろうか。
 国境に生まれた些細な綻びを狙っての行動に、帝国側が虎視眈々とアリタスを狙っていた様子が窺えた。
「という事はこの村民は、この数百年の間に二度も水没の憂き目に遭わされたって事だな」
 地図を凝視してシールズが呟く。現在の地図を見ると、彼の言う通り、今度は西に移転した村の位置が湖と化し、テストルスダム湖と名がついている。肝心の旧トラキス・ダムは枯渇した状態で再びそこに村落が拓かれる事もなく、現在は完全に無人の名も無き泥土地帯となっていた。
 ちなみに現在は国境に国軍による防衛戦が引かれている為、村人達は住まいを東よりに移転させている。現テストルスダム湖より標高の高い場所を選んで危険を避け、且つ湖からの水力発電の恩恵を受けていた。ようやく平和的な場所に落ち着いたと言えよう。
「そうなんですね~。ダムの水がほとんど村に流れちゃって半分水没しちゃって、今度はそこがダムになっちゃったって事でしょうか」
 とアレック。シールズは違和感を覚えた。
「本当にそんな馬鹿な話がありえるのか」
「これが答えのようだぞ、シールズ」
「事実ならばな」と付け加え、しばし無言を保っていたキールが目の前に資料を差し出した。先ほどの、ロス・サイファ・グレリオという名の尉官による未公認報告書だ。
「ああそうだ、援軍を要請した後どうなったんだ」
 まるで物語の続きをねだる子供のように、胸の内が静かに興奮を覚えているのをシールズは感じていた。さすがに今回は口出すことが何も無い二人の大尉、アイラスとランドも、好奇心が押さえ込み切れない両視をキールの手にある書類に向けている。
「援軍は三百名からなるシェイン・ユーランド大佐率いる中隊。逃げ遅れ人質となったトラキス村民約五十名の救出を第一目的とした。更にノースクリフ少佐は後続隊として千二百名からなるトラキス国境線防衛部隊の進軍を要請していた」
「まあ、妥当な判断だな。それで?」
 村民の救出後、敵軍に拠点を張られる前に軍を展開させて防衛を計る。士官学校出身の佐官なら誰でも想定する、順当手段と言えよう。戦場の狭さと進軍の遅延を避ける事を考慮した上の数字だ。とにかくこの時点では、「速度」が求められていたであろうから。
「ユーランド隊が作戦開始と同時に、ノースクリフ隊はトラキス・ダム湖脇の水力供給施設と水力発電施設を制圧。村への水力と電力供給を塞き止め、ユーランド隊を援護」
「十五名で制圧か。そりゃすごいスね」
 長時間沈黙を続ける事に耐えられなかったか、ランドがそんな感嘆を洩らす。だが両大佐も概ねそれに賛成していた。
 報告書はその後、ユーランド隊は損害を出すも村民救出を成すが、作戦想定時間を大幅に越えた為に帝国の援軍が到着してしまい、撤退を余儀なくされ、結局再び村を軍に明け渡す事となる不手際を記していた。
 そして更に悪い事に、ユーランド隊側の連絡不行き届けによりアリタス側の援軍到着が大幅に遅延。ノースクリフ隊はダム湖近辺に孤立する事となる。
「あ~あ。ダメ上司を持つと部下が苦労する典型だな」
 とシールズ。
「………」「………」
 さすがに二人の大尉は安易な同意を避けた。だが、アレックは、
「そうですね~、大変なことになりましたね、このノースクリフ少佐」
「ばかっ!」
 凶悪な言葉を、全く悪気の無い様子で言ってのけて、アリサに頭を叩かれるのだった。
「痛いよアリサ……」
「なに肯定しちゃってるのよ。上司によっては今の発言で左遷よ左遷!辺境局に飛ばされちゃうんだから!」
「…………」
 新人特有の怖いもの知らずな発言を背中で聞きながら、二人の大佐は奥歯で苦虫を噛み潰すのであった。ちなみに二人の大尉は、聞いて聞かぬ振りを押し通していた。誤解を招きかねない発言だが、彼らは決して上司を侮蔑しているわけではない。
「で、どうなったんだ、その後。この報告者はその苦労人少佐の隊にいたんだろ」
 これを書いて提出しているという事は、生還したという事だろう。そうは思いながらも、シールズは続きを知る好奇心を抑えきれずにいた。
「ユーランド隊が撤退した直後、ノースクリフ隊は陽性行動に出ている。一度ダム湖から村に向けて隊を二つに分けて動かしている」
「何のために?」
「ダム湖方面に敵をおびき寄せる事が目的だったと書いてあるな」
 敵は援軍と合流した直後で浮き足立っており、同時にアリタスの援軍が到着する前に、高地の確保とダム湖からのエネルギー供給を再開させねばならないという焦りも伴っていた。上司に恵まれないこの少佐は、敵隊の統率が取りきれていないと判断し、まばらに高所と低所に散っていた敵の誘導作戦に出たという。
 話を聞き進めるうち、シールズの面持ちが僅かに変わり、続いて伝染したようにアイラスとランドも眉根を顰めた。そして最後に、
「あはは、水攻めってまさか……」
 最後尾に立つアレックの口から苦笑が漏れた。
「そのまさかのようだ」
 そして最後に淡々としたキールの声が締めくくる。
「シールズ。公式文書では、発電所と水路を破壊したのは帝国側だと書いてあったな」
「ああ。完全な自滅だ」
「この紙によれば、それをやったのは帝国軍ではない」
 キールの手にある報告書には、ノースクリフ隊、ダム湖方面に敵が突出し始めたのを確認した直後に用水管と水門を破壊、とあった。
「その結果、大量の水が津波となりライザ大隊の鼻面と横っ腹に直撃、と」
「そんな作戦アリなんスか」
 ランドの独語を聞きつつ、キールは続ける。急激な水流の変化により、試運転状態だった発電所がオーバーワークでショート。それを見計らい隊は発電所を破壊、発電所内の帯電機器に蓄電されていた大量の電流が瞬発的に豪流へ放電。
「発電所に最も近づいていた敵の一隊が即死。更に渓流の形状が狭小だったために水流の勢いが衰えず、中腹以下に散っていた一隊も一掃。そのまま中腹から下腹にかけての一帯を巨大な水溜りへと変え、敵隊の分断に成功。敵の動きを抑えたところに、クルーリック少将率いる千二百の援軍が到着。残った敵隊を撤退させ、トラキス国境の防衛に成功、と」
「えげつねぇな」
 思わずシールズが苦笑と共に洩らした言葉は、研究室でライアンが口にしたものと同じだった。
 キールの手元にある紙には簡単な手書きの地図が描かれており、ダム湖から伸びる渓流は下腹部で急激に広がりを見せ、村を囲うように底辺が広がっている。このために水は下腹部に達するまで勢いが衰えず、水流を拡散させないそのままの水量をもって、標高の低い一帯を水底に沈めてしまった。
「帝国が発電所や水門を占拠しきれなかった時点で、勝敗は決まっていたのかもしれませんね」
 非現実感に思考が浮つきかけている中、沈黙を続けていたアイラスの平静な声。「そうだな」と同意に頷いてから、キールは古地図上のダム湖を指した。まず「司令拠点たりえる高地の占拠」というのは、これも士官学校就学経験のある者なら誰でも知っている基本セオリーだ。
「基本に準拠できなかったのが、敵にとっての致命傷だったな」
 しみじみと、紙面を眺めながらキールが呟く。
「このノースクリフ少佐隊十五名が無能集団だったら今頃、微妙に歴史が違っていたかもしれませんね」
 両大佐の頭の上から書類を覗き込む形で立っていたランドが、呟く。重要拠点たる水門や発電所を敵自ら破壊するとは、到底思えなかった。したがって、矛盾を多く含んでいるのは公式史料の方だという結論になる。だからといって、この未承認の紙切れが表す内容もあまりに荒唐無稽で、信憑性があると断言する事はできない。
「フラスコ状……か」
 呟いたのはシールズだった。地点Bの特徴を聞き出していた時のライアンが思い浮かぶ。奇しくもトラキス・ダム湖の中腹から下腹にかけて、村を取り囲む地形が描く線は、フラスコのそれに似ていない事もない。また一つ現われた、グレリオ・セントラルの殺人事件との奇妙な符合だ。
「それにしても、何だって准将はこんなマイナーもいいところな情報をご存知だったんでしょう」
 と、またアレックの素朴な疑問が流れてきた。「そうですよね」と相槌をうつアリサと、彼は首を傾げて顔を見合わせている。だが何かに合点したようで、レトロに手の平に拳を打ち付けた。
「さすが、相当な戦略マニアですね!いますよね~、極端に知識が偏っている方って。僕の先輩にも、ここ百年間のアリタス全土の天気を全て暗記してるのに、何回教えてもコーヒーメーカーの使い方を覚えない方がいらっしゃるんですよぉ」
 ぬけぬけと、何ら悪気の無い、むしろ尊敬さえこもっている言葉を嬉々として発している。
「そういう問題か?」
 すぐ前にいたランドが振り返った。
「………」「………」
 テーブルの前でアレックに背を向けている両大佐は、既に振り返る気力も失っていたのだった。同時に、今後アレックのことはウマが合いそうなランドに任せよう、そんな事を思いたっていた。




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