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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT10-4
04

 研究室を出た二人の三十九歳は、無言で廊下を歩いた。しばらくしてすれ違う人気が極端に少なくなった頃、
「ライアン」
 白衣のアーサーが先に声をかけた。
 その言葉遣いは、士官学校で同期だった頃のまま。第三者がいる前では決して見せない、心を砕いた物言いだ。
 軍部内において、位は絶対的な上下関係を示す。本来、少佐の地位にあるアーサーは、ライアンを「准将」と呼び敬う事を義務付けられている。だがライアンはそれを嫌い、業務外では位で呼ぶなと「厳命」していた。
「ん?」
 ライアンは足を止めて、振り返る。将官用コートの長い裾が、彼の動きに沿って小さく翻った。念のために周囲を確認した後、アーサーは口を開く。
「何故あそこでトラキスの話をした?」
「材料を提供しただけだ」
 尋ねられる事を想定していたので、ライアンの口からは即答が返る。
「キールから地点Bの説明を聞いたとき……ちょっと思い当たってな。奴らなら少し調べればすぐに俺の意図が分かるだろう。もしかしたらその先に何かを見つけてくれるかもしれない」
「なるほどな。だが気付くと思うか?はっきり口にしていたじゃないか。『まさか生身の人間が素手で銃と対峙する事はないだろうから』って」
 アーサーの言葉を聞いてライアンは小さく笑う。
「そういう類の馬鹿が本当に存在する事を知れば、また一つ勉強になるだろう。そしてそれを真似する馬鹿もな」
 顔を見合わせ、二人はしばし笑いあった。研究室内で堪えていた窃笑が今、込み上げてくる。今も、放笑しかけるのを耐えるのに必死なぐらいだ。
「しかし、その馬鹿を真似してのける馬鹿が退役して十年以上。完全に消息を絶って三年になるんだな」
 とアーサー。笑みが一段落したところで、息を整えながらライアンは廊下の窓の外を見やる。晴れきっていない靄の中で陽光が、砂金のように小さな瞬きを不規則に繰り返していた。
「目標はあくまでも、俺が最初に奴を見つけ出すことだ。だが俺一人で出来る事には限界があるからな……こう言っては悪いが、諜報部のミッションを利用させてもらう。あいつらだって、やたらと俺を監視して利用してくれてたんだからな」
 逆恨みであると自覚している上での発言だ。シールズの前任者も含め彼らはただ任務に忠実なだけで、自分は「親しい友人」という立場から重要参考人なのだから。だがこの三年間、完全に「彼」の消息が途絶えた事で、ライアンへの関心度も徐々に白へと転じつつあった。電話の盗聴捜査も打ち切られている。その動きを見計らい、准将昇格も相まって、ライアンは担当がシールズに変わったのを機に自ら諜報部へと接近をし始めた。
「狡賢いお前の得意技だものな。そういうの」
 アーサーの皮肉に、ライアンは笑った。
「手腕といってくれ」
 与えられた立場、権力は最大限に行使する。そして相手の面子を崩さず、相手にも利益を与えて尚且つ、相手の手持ち牌を最大限に利用させてもらう。一歩間違えばただの「権力にものを言わせる嫌な上官」だが、ライアンはこうした行動をごく自然に行う能力があった。優秀な管理職の特徴である。
「アーサー」
 そしてライアンはまた、「行使」に出る。
「今度は何だ」
 もう慣れたものとして、白衣の友人は拒む様子を見せなかった。
「また例の、頼む」
 ライアンは電話の受話器を耳に当てる仕草を見せる。
「了解」
 アーサーは同じ仕草で、それに応えた。


 諸々の旅支度を済ませた後、
「色々と寄り道をするが構わないか」
 と言ったグレンの最初の寄り道先は、見渡す限りの草原の真ん中だった。グレリオセントラルからは交通手段を使わずに徒歩でしばらく山沿いを歩き、一時間ほど歩いてようやくバスに乗った。終点まで乗って、また歩く。着いた先は、ただっ広い放牧地帯だった。
 岩肌が露出した、肥立ちの悪そうな剣山が連なり、波濤のように隆起する草原を囲んでいる。黄金色に変わりつつある草の波、岩肌の隙間から健気に茎を伸ばす山の花々が、そよぐ風に身を任せている。牧歌的な匂いが、イルトのいた村の空気を髣髴とさせた。
「あの茶色い屋根?」
 黄金の波濤の中に唯一建っている木造の家屋を、イルトは指差した。
「ああ」
 懐かしそうに、グレンの両瞳が細められる。突き抜ける青空の高いところで輝く陽光がまぶしそうだ。イルトが見渡せる景色の中に、白く塗られた木柵と、石を積み重ねた垣根が草原の中で、まるで白波のように緩やかな曲線を描いている。その中央に敷かれた獣道とも言えそうな歩道を、三人は歩き続けていた。
「………何やってんだ」
 背後が気になり振り返ると、背中にリュックを担いだ黒髪の少女、ミソラがしゃがみ込んでいた。道端に生えている草を手にとって眺めている。
「あ、すみません。家畜の牧草だから、栄養がある草なのかと思いまして」
 もはやこれは一種の職業病のようだ。
(栄養があるならなんでも材料にしようって話か……?)
 風に乗って遠くから、羊の声が木霊してくる。牧羊犬と思われる、犬の鳴き声も混在していた。ガラガラと、荒い作りのベル音も連なる。一心不乱に草を食む家畜の姿を想像して、イルトは一種の寒気を覚えた。家畜の堆肥で育ってきた牧草を薬の材料にされてはたまったものではない。
「今から寄るところって、誰の家なんだ?」
 気を取り直して、前方を歩くグレンに向けてイルトは素朴な疑問を口にした。
 ミソラが同行するにあたり、グレンは幾つかの事を彼女に確認した。
 一つ目は、ACCにたどり着くまでに寄り道が多い事。
 二つ目は、グレンやイルトについて他言しないと約束して欲しい事。
 そして三つ目は、何かあった時は自分を優先し、自分の都合を考えて行動して欲しい事。
 いずれの条件についても、即ミソラは首を縦に振った。試験日は数ヶ月先であるし、無理やり同行を願い出たのだから迷惑をかける事を極力避けたいと彼女も思っていたから。それに、小さな田舎町の外を知らない自分にとって、逆に寄り道は歓迎だった。
 だから最初の寄り道先は、ミソラにとっても興味のあるところ。
「私の家族、だよ」
「家族?」
 最初に思いついたのは、「妻」という単語。だが彼はグレリオ出身だと言っていたのを思い出す。
「ここがご実家ですか?」
 無意識に続いたミソラの問いは、イルトの思案を代弁していた。
「いや、実家という訳ではないんだが」
「ワンワンワンワン!」
 グレンの語尾を踏み荒らして犬の鳴き声が頭上から降って来た。次の瞬間、空を見上げた三人は、空中を飛ぶ巨大なモップを見た。
「何…わあああ」
 イルトは反射的にグレンとミソラの前に出た…までは良かったが、その上目掛け、巨大なモップが落下。無傷な二人の目の前で、損な役回りを運命付けられた青年はモップと共に地面に転がった。
「うひゃひゃっやめっきぼちわるっ」
 モップは巨大な牧羊犬だった。圧し掛かられたまま猛烈な勢いで顔を舐められ続けるイルトが、悶絶している。
「やめなさい、アール!」
 慌ててグレンが犬を制止する。犬は長い毛並みに隠れた顔を振り向かせた。
「あ、アールな訳がないな……じゃあヘクタールか?それともフィート?」
「それはもしかして犬の名前なのか?」
 唾でべたべたになった顔面を拭いながらイルトは起き上がる。モップ犬はグレンの足下にちょこんと座り、興奮気味に長いピンクの下を垂らしていた。
「ああ。元々は私が拾ってきた犬が始まりで、その子は「メートル」という名前だったんだ」
 人が涎まみれになっているというのに、悪気がなさそうな男は、イルトの質問に笑顔で答えた。
「メートルの子がアール、アールの子がキロメートル、その子がヘクタール、インチ、フィート…」
 全て、長さや面積の「単位」だ。その奇妙な命名センスにイルトは肩を落とす。世代を重ねているという事は、この犬は「マイル」とでも言うのだろうか。もしくはネタが尽きて「ピコメートル」や「ギガメートル」などになっていたら不幸だ。
 だがイルトの推測は外れる事となる。
「リットル~。リットル~?」
 風に乗って、女性の声が届いた。モップ犬は高らかに一声啼いて、声の方向へと走り出す。巨体に見合わない俊敏さだ。
「今度は体積の単位……ですか」
 イルトもミソラも、自分の名付け親が一般常識を持った人間であった事に心から感謝したのであった。
 脱兎のごとく駆け出していった犬の後を視で追うと、その先に佇む人影があった。黄金の波の上に浮かぶ蜃気楼のように、現実感の無い光景だった。白い大判のショールを肩から羽織り、長いワンピースを身に纏った初老の女性がこちらを見つめている。家屋のドアが半分空けられている様子から、騒ぎを聞いて出てきたこの家の住人であろう。何より、グレンと女性の間で交わる視線の温度が、感じられる。リットルという名のモップ犬は、女性の足下に行儀良く座って相変わらず興奮気味に長い舌を垂らしていた。
「久しぶり」
 女性に歩み寄り、グレンは静かに会釈を向けた。
「ええ」と初老の女性は微笑んだ。グレンの背後にいるイルトとミソラを見て、
「今回は、ずいぶんと可愛らしいお連れ様なのね」
 穏やかな両瞳に微笑まれて、二人は遠慮がちに頭を下げた。女性は小さな子供に向けるような柔らかい声音で「こんにちは」と二人に頷き返した。薄い茶色の髪の毛が、陽光を受けて時々銀色に輝く。ところどころ白髪に変わりつつあるところを見ると、だいたいの年齢が窺えた。
 そしてまた、彼女はグレンに向き直る。ゆったりとした動きと、老熟した落ち着きを持つ微笑み。グレンと似ているなと、イルトは思った。
「お久しぶりです。兄さん」
 白いショールが風に揺れた。
 グレンも再び、頷いた。
 布がはためく音にかき消され、イルトは危うく二人の会話を聞き逃しそうになる。隣でミソラが「え?」という形に口を少し開いたまま、黒目がちの瞳を見開いていた。「どういうこと?」と問いかける視がイルトを振り向く。どうやら自分と同じ単語を聞き取っていたようだ。イルトも、「俺もわからない」と首をふってミソラに応えた。
「紹介しよう」とグレンが振り向く。
「彼女はソフィア。私の、妹だ」
 言葉を失う若い客人に、初老の女性は母親のそれに似た柔らかい笑みを湛えた。「ソフィア」とグレンは彼女の名を呼び向き直り、ミソラとイルトを交互に示した。
「彼女は、ミソラ。ミソラ・ラドキス。医者志望の学生だ」
 グレンによる紹介に、ソフィアは「まあ、素晴らしいわね」と微笑む。
「そして」と次にグレンが視線を向けたイルトにも、同じ微笑を手向けた。
「彼はイルト。ライズ・グレリオ・サイファのご子息だよ」
 それを聞き、ソフィアの品のいい口元から「まあ」と軽い驚嘆がこぼれる。ミソラに向けていたものとは違う、追憶が混在した眼差し。
 また、自分に父の姿を見出されていると、イルトは感じた。


 広くはないが、落ち着いたインテリアの色調が心地良いリビングには、仔犬や猫が放し飼いにされていた。ちなみに名前を確認したところ、やはり全て「単位」だった。長さや容積のみならず、ヘルツといった周波数や、ファゾムといった聞いたことの無いものまで揃っていた。そんな事情を全く知らない動物達は、幸せそうに午前の陽光を浴びながら各々の場所で寛いでいる。
 グレンを兄と呼んだ初老の女性の名は、ソフィア・レンブロー。旧姓、イーザー。夫は既に亡くなっている。この牧羊場と家屋は、母方の一族のものだった。
「良かったわ。兄さんが来てくれて。ずっと渡したい物があったの」
 奥の部屋に姿を消していたソフィアが、箱を手にしてリビングに戻ってきた。籐で編んだ籠の中に、開封済みの封筒の束がリボンで結ばれて置かれている。それをグレンが座るテーブルの前に置いた。
 リボンを解き、グレンは封筒の一つを手にとった。中の便箋を広げる。
「ここにあるお手紙、差出人は全部同じ人よ。最初に来た時はびっくりしちゃったわ」
 差出人はアーサー・ノーブルの名。
 だが手紙の末尾にはこう書かれていた。
『彼の悪友 ライアン・グスタフより』
「グスタフ将軍といえば…新聞でも目にしたことのあるお名前だもの。そんな人が、マメに何通もお手紙を下さるのよ」
 全ての手紙の名義がアーサーによるもので、中身はライアンによるものだ。恐らく軍から監視を受けていた時期があったのだろうと推測される。
 手紙はすべてライアンがソフィアに宛てたもので、一通目の文面はグレンの消息を尋ねるものだった。回数を重ねるごとに、季節の挨拶や雑談が加わるようになっているのが分かる。手紙を出し続けるうち、田舎に便りを出しているような気分にでもなったのだろう。豪胆そうな容貌からしばし誤解されるが、彼はとても細やかな人間なのだ。
「私の名前だって何度か新聞に載ったと思うんだが」
 背もたれに体を深く預けたまま、グレンは無造作に放り出していた足を何気なく組んだ。
「兄妹の場合って、最初は珍しいのだけれど、回数を重ねると当たり前になってしまって飽きちゃうのよ」
「ひどいな。でも確かにそうかもしれない」
 ソフィアの皮肉を受けて笑いながら、グレンは手紙一つ一つを手に取り、目を通していた。籠の中に束ねられている封筒は、目視で数えて少なくとも五十通はありそうだ。イルトとミソラは、少し離れた場所、彼の横顔が見える位置に置かれた大きめの二人がけソファに腰掛けている。
 奇妙な兄妹が交わす、喧嘩とも言えない実にささやかな皮肉の押収。だがそこには「兄弟」の間に存在するごくありふれた温度が確かに存在している。アムリという姉がいたイルトには、それが感じられた。
「グスタフ将軍って……有名な方ですよね。聞いた事があります、私」
 僅かに口を耳に寄せて、ミソラが小声で呟いてきた。イルトはそれに「俺も」とやはり小声で答える。
 グレンは意識を手紙に没頭させている。手持ち無沙汰になってしまったイルト達の様子を見とめて、ソフィアはティーポットを手にテーブルから二人のソファの方に歩み寄った。二人が慌てて姿勢を正すと、少し中身が減ったカップにお茶を継ぎ足してくれた。ソファの前のテーブルには、手作りと思われる菓子が載った皿が置かれているが、手が付けられていない。複雑な緊張感に口が渇いてしまっていた。
「驚いたでしょう?」
 テーブルの下で丸くなって眠る、単位を表す名を持つ猫たち―確かアンペアとオングストロームと言っていた気がする―とは正反対に、凝固して肩を強張らせている二人と向き合う形で、ソフィアは一人がけの籐椅子に腰掛けた。
「私が彼の妹だなんて」
 言いながらソフィアがショールの羽織られた肩越しにグレンを見やると、小さく籐が軋む音が転がった。それに気がつき、グレンの視が手紙から離れてソフィアに向いた。
「私の名誉のために、おかしいのは兄さんの方だって、この子たちに説明してもいいかしら?」
 その言葉を受けてグレンの瞳が細められ、小さく笑い声が漏れる。「そうだな」とだけ答えて彼はまた意識を手紙に戻した。それを肯定と受け取り、ソフィアはまた二人の若い客人に向き直った。十八年の間に培ってきた常識を逸脱した会話に対して、経験値が足りない二人はただ視を泳がせているしかない。
「少し長いお話し、しましょうか」
 そんな二人を諭すように、ソフィアはティーカップからたつ湯気の向こうで、微笑んだ。




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