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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師 ACT10-3
03

 着席を待ってから、徐にソラリスはアンプルを指し示し話しはじめた。
「こちら、先日グレリオ・セントラルで起こりました元軍人殺害事件の、被害者以外の血液のみを抽出したものです。いずれもかなり水で薄まってしまっているので、純度がだいぶ落ちているのですが―」
「ちょっと待ってくれ、今なんと?」
 唐突に止めたのは、ライアンだった。ソラリスが質問の意図を測りかねていると、
「グレリオ・セントラルで元国軍人の他殺体が発見されたのです」
 キールが案件の概要を説明する。
「いつ起こったんだ」
 椅子から腰を浮かせたライアンの様子に視線を向ける面々は、皆一様に不思議そうな面持ちだ。シールズ、そしてもう一人、ライアンの隣に座るアーサー・ノーブルを除いて。
「つい三日前の事ですが」
 キールが答える。
「被害者の名は?」
「ラースル・ミドフィルド。元中尉です」
 それを聞いた准将の面持ちに、明らかな安堵が浮かんだのをシールズは見ていた。
「そうか……悪い、中断させて。その辺り出身の知り合いがいるものだからまさかと思ってな。事件の事、詳しく訊いてもいいか?」
 そう謝罪する准将にソラリスは微笑みと共に「いいえ」と頷き、特に彼の様子を訝しがることなく話を進める。現場の様子についてはキールが、遺体の損傷具合についてはソラリスがそれぞれ、詳細を語った。
「水攻め、電気、串刺しか。効果的だがエラいえげつないな……」
 最後の感想としてそんな呟きが、苦笑となってライアンの口から漏れていた。最後にまた「水……」という独語が二度繰り返される。
「さて」という言葉から、再びソラリスに会話の主導権が戻った。
「この血液、どの線から洗い出しましょう」
 ペンを回しながら、ソラリスが問う。軍が保有する膨大な血液サンプル数から、特定サンプルを洗い出すのは気が遠のく程の時間を要する。ある程度の目星と範囲を決定しなければならない。
「グレリオ・セントラル周辺の犯罪者リストは当然として」
 と言いながら考えて、キールは「被害者が退役する前の三年間に関わった可能性のある犯罪者」のほか、軍人同士のいざこざの可能性を考え「被害者が軍役中に関わった可能性のある全ての軍関係者」、「被害者が退役した時期の前後三年間に退役した人物」を指定した。退役軍人が犯罪の被害者となった場合は私怨の確率が高く、軍に関わりのあった人間が加害者である可能性も低くない。
「質問」
 隣からシールズが口を挟む。キールは無言で続きを促した。
「押印経験のある者、印保持者の線はどう思う?」
 これはキールから話を聞いた現場の様子からシールズが割り出した可能性だ。シールズの助言を受けたキールが、グレリオ・セントラル局の鑑識課から、証拠物を大急ぎでセントラルに運ばせた。その一つである血液が、ソラリスの手に渡ったのだ。
「それから、地の利を活かした犯行とあれば、グレリオ・セントラル出身の軍役経験者の線もある」
 ソラリスはシールズの言葉に一つ一つ、相槌を打ちながら手帳に記していった。後者は多少、アレックからのうけうりも含まれているが、シールズは黙っていることにした。当の本人も、何も気付いていないようでただ好奇心を丸出しにした目でその場の空気を楽しんでいる。
「そう、その事なのですが」と言葉を繋げ、ソラリスは手元のファイルを捲る。
「先ほどグレリオ・セントラル局の鑑識課から電話がありまして、被害者の体に印らしき痕があるとのこと」
「「らしき」とはどういう事だ」
 尋ねたのはキール。
「はい。箇所は左胸部。つまり心臓間際です。ただ、ポールで貫かれた部分がちょうど同じ場所で、印と思わしき描画模様の形状を完全に確認する事ができないようです」
 写真資料はまだ届いていない。僅かに残った描線を手掛かりにグレリオ・セントラル局の人間が検証したものの、印と特定する事ができなかったためにセントラル預かりとなった。写真資料が届けば、恐らくはラルフに回されるはずだ。
「ここで、もう一つの証拠物件についてご説明しなければなりません」
 ソラリスから、次にラルフが会話を継ぐ。彼はテーブルの上に置かれた茶封筒を徐に開くと、中からビニールに密封された黒い物体を取り出した。それは一丁の銃。
「ただし、弾倉が抜かれています」
 念入りに現場を捜索させたが、結局見つからなかった。現場からは弾や薬莢も見つかっていない。
「まず考えられるのが、犯人が全て持ち去ったという可能性です。しかしキール大佐のご報告によると、事件当時、大量の放水が為されたにも関わらず、排水溝や水道管からも見つからなかったと。あまりに完全な隠滅で逆に不自然です。それに火薬反応もありません。となるとこの武器は、全く薬莢を残さない、弾丸を消費しない武器だという事になるのだと思います」
「そんな武器があるんですかぁ」
 背後からアレックの独語が、相槌がわりに流れてくる。ちょうどキールや二人の大尉達の内心を代弁していたので、誰も咎めようという様子は無かった。
「物質押印、の可能性があります。現在、研究局で研究開発が進められている技術です」
 ラルフの出した結論に、
「ありゃ、情報漏洩ですかぁ」
 と、またアレックの独語。今度は苦そうな面持ちが数人分、振り返った。隣でアリサが「バカッ!」と小声で小突く。ラルフも寸時、細めた視をアレックに一瞥させたが、すぐに面持ちを戻して物質押印された武器についての説明を続ける。「何せゼロからのやり直しでまだ数年ですので、不明な点が多く恐縮ですが」と前置きをして。
「概要をご説明するのは簡単です。要するに、人体に押印すると負担なら、無機質にしてしまえという事です」
 肩を竦めながらラルフは手袋をはめ、ビニール袋から銃を取り出した。グリップ部分を握り、中が空洞になっているのを面々に見せる。物質押印が施されていたとすれば、この失われた弾倉にあたる部分だ。
「これだけでは、威力の程や、どのような攻撃が行えるのか…まだわかりかねますが、しかし最低でも通常の銃と同様の威力があるのではないかと思います」
「そういう武器を携帯しているという事は、胸元の印らしきモノは、精霊の印じゃなかったという事かしら」
 とソラリス。
「どうでしょう。印であっても、攻撃手段を持たない種類のものかもしれませんし、この物質押印と何か連動しているものかもしれません。いずれにしろ、写真が来るまでは何とも言えませんが、不思議なのは加害者側の行動ですね」
 再び銃がビニールに仕舞われる。ラルフが最後の言葉でキールに同意を求めると、「そうだな」と相槌が戻ってきた。そのままキールが言葉を続ける。
「周辺住人の証言によると、銃声は確かに複数発あった。不意打ちであるとは考え難い。正面から対峙したのであれば…容疑者は他に攻撃手段を持っていなかったという事になる。武器を用いた痕跡がなく、印保持者や、容疑者も同じく物質押印された武器を持っていたのであるなら、あのような手口に出る必要もないはずなのに」
「意図的にあの形にしたという可能性はあるのでしょうか?」とラルフ。
「まさか印を持たない生身の人間が素手で銃と対峙しようなどという事はないだろうから、可能性はあるだろうが……そうなるとまた複雑だな…」
 キールは苦笑する。今はまだとにかく、判断材料が少ない。
「物質押印の線でも何か探れるな」
 これが、ここで得られた最大の有効情報だ。物質押印は、軍部内から外に漏洩した技術。その流出ルートを紐解く事も、大きなヒントになりえる。
「しかしそうなると、単なる田舎町殺人事件の範囲を越えそうな話だがな」
 そう苦笑するシールズの言葉は的を得ており、それが確証されればキール一人が責任を負うレベルの話ではなくなる。
「段々お話が大きくなっているようですが…」と呟きながら手帳に文字を書き込んでいくソラリス。血液サンプルの検査については、軍が現状保持しているデータの範囲内でとりあえずは取り掛かることで両大佐の了解を得た。
 会話に一区切りついたところで、シールズは端に腰掛けているライアンの様子に目が止まった。テーブルに肘をつき、思案に暮れているのか一点を見つめたまま動かない。「水」と独り言を漏らして以降、先ほどから一言も発していなかった。
(そういえば)
 シールズは思い出す。彼が何故この部屋にいたのか。自分がそれを尋ねるタイミングを失っていた事を。改めて問いかけようと息を吸いかけたところで、
「キール大佐、銃声は何発聞こえたと?」
 視を一点に向けたままのライアンの口から言葉が発せられた。またシールズはタイミングを失い、口を閉じる。彼の質問に、興味があった。
「二分ほどの間隔を空けて、二発です」
 そうキールは答え、その数十分前に別の場所でも数発の銃声が聞かれており、そちらも同様に薬莢が見つからない事から同一人物達によるものだと推測される事を追言した。
「地点Aと地点Bの特徴を言ってくれ。特に地点Bの構造を詳しく、だ」
 更にライアンから問いが飛ぶ。この場合の地点AとBとは暗黙に、最初に銃声がした場所をAとし、後の遺体が発見された場所をBとしている。その場にいる全員がそれを理解していた。キールは地点Aが街の外へ続く裏通りの廃ロータリーである事、地点Bが市場通りの裏にあたる事、排水溝、消火栓、電源パネルの位置、三叉路の形状などを説明した。ライアンは無言で聞いている。視線は変わらず、虚空を見据えていた。
 そして呟く。
「トラキスの水攻めって………聞いた事あるか?」
 と、誰にともない問いかけがライアンから漏れた。
 記憶と合致しない単語だ。シールズとキールは顔を見合わせ、アイラスとランドも顔を見合わせ、お互いに答えを持っていない事を確かめ合う。無論、ソラリスやラルフにも聞き覚えが無く、始めから思案を諦めてライアンの答えを待っていた。
「おっと、お前は答えるなよ。歴史の先生に答えられたらつまらん」
 一同が返答に詰まる中で、ライアンは隣に座るアーサー・ノーブルに笑い半分に厳命する。無造作に伸びた髪に顔が隠れがちな男は、無言で頷いた。
 記憶に無い物は無い。後で調べれば良いと判断し、シールズは早い段階で思案を諦めた。それより肝心な問いをライアンに向ける。
「その、「トラキスの水攻め」が何か?」
「いや…分からないなら、いいんだ。ただの余談だから説明するまでもない」
 苦笑しつつライアンは席を立つ。アーサーに「ちょっと、いいか」と外廊下に続くドアを指し示す。促されてアーサーも席を立った。
「邪魔したな。その事件、また進捗聞かせてもらいに来る」
 片手を軽く上げて、若い将軍は白衣の友人をつれて外に出て行った。しばらく全員が、扉の方を見送る。
「准将は、何をしにここへいらっしゃったんだ?」
 誰にともなくシールズが問う。
 まさか色水を飲みに来た訳ではなかろう。
「よく分かりませんが。どうやらアーサーが呼んだらしいのです」
 答えたのはソラリスだった。
「准将と、アーサーはどういう仲なんだ」
 言いながらシールズは、アーサーがライアンと同年齢である事を思い出す。案の定、ソラリスからは「ああ見えて同い年なのですよ。あの二人」と同様の答えが返ってきた。
「片や司令部の将軍、片や歴史博士兼講師って、妙な組み合わせですけれども」
 そう追言したソラリスの言葉に、その場にいた面々は概ね同意見だった。そもそも知り合うきっかけがどこにあったというのか。
「うーーん……」
 そんな中で、後方に立っていたアレックの小さな唸り声が漏れてきた。
「聞いたことが……」
 全員がアレックを振り返る。
「何をだ」
 シールズが尋ねる。
「あ、トラキスについてです」
 組んでいた腕を解きながら、アレックは答えた。隣のアリサが面々を代弁する形で「本当に?」と問いかける。
「水攻め云々はわかりませんけど、トラキスは、古い地名です。今はテストルスとい名前に変わっています。ライザとの国境付近にある地域です」
「何でそれを早く言わなかったんだ」
 シールズの声に若干の批難が混在しており、アレックは眉を八の字に下げた。
「も、申し訳ありません……今ようやく思い出して……」
「まあいい。いつの時代に使われていた名だ?」
 その単語自体を知らなかった以上、偉そうに強い事は言えないと自覚していたから、シールズは声音を元に戻して尋ねた。
「えーっと……そこまでは……地層調査に行ったときに耳にしたのですが…でもだいぶ古いはずです」
「後で資料室にでもいくか」
 知らなかった事が悔しかったのか、隣でキールが静かに呟いた。
「そうだな」
 そこにシールズの同意が重なった。





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