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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT10-2
02

 精霊印研究局は、五棟から成る国軍の建物のうち、最も奥まった場所にある。諜報部や司令部のある中央棟からは、円を描くように内周廊下を歩き続けなければならない。広めの廊下を二人の大佐が肩を並べて歩き、その後ろにアイラス、ランド、更にまたその後ろに、物珍しそうに視線を泳がせる二人の下っ端が続く。
「そういえばグレリオ・セントラル、だったか?田舎町の殺人事件はどうなった」
「ああ」
 長い廊下の途中、シールズがキールの受け持つ案件について話を及ばせた。少し疲れているのか、キールの短い返事と共に溜息が挟まれる。
「遺体の身元は判明した。元士官だったがとうに退役した男だそうだ」
「名は?」
「ラースル・ミドフィルド。元中尉だ」
 シールズには聞き覚えの無い名だった。セントラル周辺ではありがちな平凡な姓名が、偽名のようにも聞こえる。
「検視の結果は出たのか?」
「血痕を調べさせているのだが、辺り一帯が水浸しだったせいで抽出に手こずっているみたいだ」
「水?」とシールズが繰り返す。
「ちなみに、降雨は無かった」
 疑問を先読みしてキールが答えた。
「消火栓が開けられていて、送電パネルが壊されていたそうだ。遺体の損傷具合を見ると、おそらく感電させられたと思われる」
 致命傷は刺し傷だが、とキールは付け加える。
「ほほう。どんな状況だとそうなるんだか」
 両腕を胸の前で組んだシールズは、どこか楽しそうに呟く。彼と似た反応を示しているのが、ランドとアレックだった。
「武器でもなく印でもなく、何だってそんな手間のかかるネズミ捕りをするんだかな」
 と話しかけてくるランドに、アイラスは「さあ」と聞き流すように頷くに留めたが、彼の言葉が真意を突いているのは感じられた。
 その更に後方を歩くアレックは、
「あらかじめ仕組んだ罠だったのかな。となると計画殺人ってやつ?即席にしては機転が利きすぎてるし。それならそれでかなり地の利があるってことだよね。とすると犯人は地元人!」
 と、最近よく読むジャンルの小説の影響をマトモに受けた発言をしている。
「変な本の読みすぎよ」
 アリサは呆れて苦笑しているが、それらを背中で聞いているキールの目は、笑っていなかった。

 半時計回りの方向にしばらく廊下を歩き続けると、ようやく「研究棟」の案内板が目に入るようになる。廊下を行き来する人々も、緑地の制服から白衣に変化していた。
 この周辺には、様々な研究局が集っており、先日アレックも谷から持ち帰った水草を知人に手渡すためにここに訪れていた。資源や素材研究・開発を行う化学研究局は手前にあるが、精霊印研究局は更に奥まった場所にある。
「………なあ、シールズ」
 心なしか、廊下を更に奥を目指して進むにつれ、すれ違う研究員の醸し出す雰囲気が異様になっていくような気がする。キールは不安に駆られて思わず隣を歩く同僚の名を呼んだ。
「なんだ?」
 シールズは何事もないように振り向く。
「いや…なんでも…」
「ない」と言いかけたキールの声にかぶさって背後から、
「今すれ違った白衣の人さあ、歩きながら一人で笑ってたね。脳みそがどうとか薬がどうとか呟いてたし」
「しっ!見ちゃダメよ」
 と新米下士官二人の小声が転がってくる。これから一体どのような場所に連れて行かれるのか、分かったものではない。キールはある程度の覚悟を決めることにした。
 間もなく、廊下の突き当たりに観音開きの鉄扉が姿を現した。他の研究室のドアは簡素な木造であるのに対し、固く重たいこの扉の姿は異様に映る。シールズが先頭に立ちノックの直後、返事を待たずに片側の扉を開けた。
「不味すぎる!」
「?」
 同時に、男の声によるクレームが室内から飛び出してきた。廊下と室内境界線上でシールズは驚き足を止める。
「人間の飲むものじゃないぞこの味は」
「問題は味よりも、飲んだ後のことじゃないのかね」
 入り口に立つシールズとキールの目の前に、二人分の背中があった。簡易会議室にあるような無駄に縦長のテーブルが扉と平行線を描いて置かれている。二人の背中はそのテーブルの前に隣同士で腰掛けていた。左側は白衣、そして右側は見慣れた緑地の軍服。見れば傍らに、軍帽が無造作に置かれている。入室してきたシールズ達を尻目に二人の男は、テーブルに置かれたいくつかのコップを中心に議論とも口論とも言えない会話を交わしていた。
 右側の男に、シールズは見覚えがあった。つい数日前に、大佐執務室に足を運んだ人物。
「グスタフ准将……?」
 その背中にシールズは声をかける。
「ん?」
 名を呼ばれて、右側の男はコップを片手に振り向いた。唇が真緑色に変色している。つられて振り向いた白衣の男、こちらは唇が鮮やかなピンク色に染まっていた。
「きゃっ!―っぁはははは」
 一番後ろにいたアリサが悲鳴をあげ、直後それが笑いに変わる。我に返って両手で口を押さえたが、とき既に遅かった。
「やあ、シールズ大佐、キール大佐もおそろいでどうした」
 緑の唇のまま笑顔で立ち上がるライアン・グスタフ。位は准将。男盛りの三十九歳。
「ええ…あの……」
 シールズとキールは、目の前の事態を指摘するべきか、見てみぬ振りをするべきかの葛藤を脳裏に廻らせている。机の上には、赤、青、緑、黄色、紫と、色とりどりの妖艶な原色光を放つ液体が注がれたコップが複数置かれており。
 まさかアレを飲んでいたのか?
 アイラスが隣を一瞥し、「だろうな」とランドも視線で応えた。
「口をお拭きになってからお話ししはじめてはいかがですか」
 テーブルの向こうから女の声。胸の前でトレイを抱えている。こちらも白衣を身につけていた。茶色が混在した長い黒髪を後ろで結わえており、理知的そうな双瞳の上に細い黒縁の眼鏡を着用していた。
「口?」
 言われてライアンは手で口を拭う。絵の具を塗ったかのような緑色に染まった手の甲を見て、片手にもったコップの中身と見比べて、ひどいなと笑った。
「一体なにを飲まされていたので?」
 尋ねながらコップの一つを手に取り、シールズは鼻を近づけて匂いを確かめる。キールもそれに倣った。異臭は無いが、視覚的に飲もうという気持に到底なれない色をしている。よく飲めたものだと、両大佐の背後に控えている両大尉は思った。
「迂闊に得体の知れない物を口にされないで下さい。万が一があったらどうするのですか」
 そう嗜めるシールズの言葉にすかさず、「得体の知れない物とは何ですか」と女研究員の抗議が続いた。
「お言葉ですが大佐。これまで私の調合した薬に、一度として間違いがございましたか?」
「無い無い。それは信用してる。だがな、お前もう少し色彩センスを養え。な。どうみてもこりゃ毒だぜ」
 と言うシールズが手にしたコップの中では、場末の娼婦でさえ今どき身につけないような原色の紫の液体が揺れている。
「紫だと、ちゃんと媚薬に見えるから良いじゃないですか」
「研究費使って何作ってんだバカモノ」
 ばい菌でも見るような目でシールズは恐る恐るコップをテーブルに戻す。理知的な容姿の女研究員は薄くルージュの引かれた唇を尖らせながら、コップをトレイに乗せていった。
「ピンクだと、何の薬なんだろうね」
「私は黄色が気になるわ」
 ドア付近に立っているアリサとアレックは、そんな事を小声で話している。その前に立つアイラスとランドも、さほど変わらない次元の会話をしていた。
「……シールズ」
 隣からキールに小突かれ、シールズはようやく本来の目的を思い出した。だがその前に、上官であるライアン・グスタフがこの場にいる理由を尋ねなければならない。
「ああ、俺は個人的な理由で遊びに来ていただけだ。気にしないで話を進めてくれ」
 ライアンがそう言うものの、やはりその理由をシールズが気にかけないでいるわけにはいかない。彼は、シールズが追う標的と最も近しい関係にある人間の一人として、少なからず重要参考人であるのだから。
「とりあえず、紹介しよう」
 目端にライアンの様子を見止めつつ、シールズは促されて本来の目的に入った。トレイに色水コップを乗せる女研究員をキールに示す。
「キール、こっちはソラリス・クリューガーだ。位は少佐にあたる。医者だ。鑑識課も兼任している」
 紹介を受けてキールは軽い会釈を、敬礼する女研究員に向けた。「それから」と続けてシールズは、ピンクの液体に唇を汚したままの研究員の男を示す。無頓着に伸びた髪が面持ちを隠しており、年齢が不詳だ。シールズの視線を受けて男は慌てて白衣の袖で口を拭った。
「こっちはアーサー・ノーブル。こちらも位は少佐にあたる。史学博士だ。士官学校の講師も兼任している」
 物語に登場する騎士のような名に似合わない、ピンク色に汚れた白衣の袖が敬礼する。キールもまた、軽い会釈を返した。そしてシールズは三人目の姿を探して室内を見渡す。
「ラルフはどうした?」
 シールズの問いを受けてソラリスが部屋の奥へと、首をもたげる。テーブルの手前にいる面々からは本棚が死角となっていて見えない。
「はい、ラルフなら……」
 答えかけたソラリスの脇に、小さな影が本棚の影から飛び出してきた。
「ママー!」
 声を上げながら、小さな人影はトレイを持ったままのソラリスの腰に抱きつく。それは幼い少女だった。
「なっ!」
 ソラリスは危うくトレイを落としかける。黒髪の小柄な少女が「ママー」を繰り返しながら白衣の女研究者にしがみ付く様子を、その場にいる野郎共は口を開けて見守っている。
「ソラリス、お前子供がいたのか。初耳だな」
 最初の口を開いたのはシールズ。
「違います!」と力いっぱい否定してからソラリスはトレイを傍らの台に置いて、腰に巻きつく少女を剥ぎ取ろうとする。
「あんたみたいなクソガキを生んだ覚えはないわよ!」
「ママ、ひどいよぅ」
 少女は一層、女医にまき付く両腕に力を込める。
「黙りなさい!ラルフ!」
 最後の一吼えと共にソラリスは少女の体を引き剥がす。バランスを崩して後ろに転びかけた少女は、それまでの捨てられた小動物のような面持ちを一変させて「ち」と小さく毒づいた。
「ノリが悪いですよソラリス医師。余裕がないって思われたら損ですよ?」
 言いながら少女はワンピースの袖をまくり細い腕を露出させた。そこに描かれている印を乱暴に手の平で擦り、描かれた線を消す。印の消失に伴い、少女の姿は男の姿へと変わっていった。皮肉を言い終わる頃には、ピンク色のワンピースを身につけていた可憐な少女の姿が、白衣の三十路男へと完全に変態を遂げていた。
 ラルフ・イレイズ。研究局所属の押印師である。
「お騒がせしました。ラルフ・イレイズであります。位は大尉」
 シールズが紹介する前に、ラルフはキールに敬礼を向けた。
「あ、ああ…」
 気後れしたキールの相槌が、三秒遅れて戻ってきた。
「今のは、変態系の精霊印なんです。なかなかのレアで、扱うのが難しいんですよ。でも面白いでしょう?これを使いこなす人間がいれば、それこそ諜報活動お手のもの。あ、変態といっても「いかがわしい」方の意味ではありませんので悪しからずご了承下さい」
 腕を擦りながら得意げに述べるラルフの背中に、「どうだかしら」と女医の毒言がぶつけられる。
「かわいいピンクのワンピースの女の子なんかに変身しちゃって。まんまあなたのお好みなんじゃないの?ヘンタイ!」
「待ってくださいよ!それではまるで僕が幼女趣味みたいじゃないですか!」
 負けじと反論するが、彼は興奮すると顔が赤くなる癖があるために、苦しい言い訳のように見えてしまう。
「『諜報活動もお手のもの』なんてもっともらしい事言うなら、それっぽいものに変身すればいいじゃないの」
「場合によって男が女に変身する必要性がある場面だってあるじゃないですか。どうせ変身するなら可愛いものになったほうが楽し―」
「ほら見なさい!子供のいない独身男のくせに!変態変態!」
「何故そうやって僕の価値を堕とそうとするのですか!」
「自業自得よ!」
 アリタスの頭脳を集約させた機関の中で、最もレベルの低い言い争いが繰り広げられる。
 為すすべも無く見守るしかない面々は、小劇場を黙って眺めていた。喧嘩内容の低俗さに惑わされがちだが、その直前までのパフォーマンスから、男の押印技術が確かなものである事を理解するのには十分だったが。
「なあ、シールズ」
 だがキールはどうしても、これだけは言ってやる必要があった。
「お前にはまともな知り合いや部下がいないのか」
「ははははは」
 シールズは乾いた笑いでそれに応える。
「言われて見れば、お前も含めて、いね~な」
「私をあれの頭数に入れるな!」
 アイラス達の前で今度は上司同士の小さな小突き合いが発生する。肩を落して溜息をつく両大尉の後ろで、二人の新米下士官は顔を見合わせる。
「ねえアレック。研究局って、もっと陰湿な場所だと思ったけど、随分賑やかなのね」
「友達がいる素材開発研究室はこうじゃなかったんだけどな」
 アリサの疑問に答えるアレックは、さりげなく自分も「まともではない部下」の頭数に入れられている事に気がついていないのであった。
 そんな面々に前後を挟まれた形で椅子に腰掛けているライアンは、傍らに座るアーサーと共に口直しの水を飲みながら呑気に構えている。
「ああ、そうそう。こんな事している場合じゃないんです」
「ぶっ」
 身を乗り出してくるラルフの顔面を、ソラリスは大判のファイルで押し返した。
「ラルフ、あなたも頼まれていた物もってきているんでしょ」
「ああ、はい」と我に返りラルフは本棚脇のデスクの上から、大判の茶封筒を取り上げた。固い感触の膨らみがある。封筒を手に、「どちらからお話ししましょう?」とソラリスの意思を窺う。
「恐らくお話の順序として…」
 ソラリスはシールズとキールを一瞥して白衣のポケットから何かを取り出した。
「これから始めた方が良いと思いますので、始めさせて頂きます」
 それは、ビニールに入れられた二本のアンプルだった。中は薄紅の液体で満たされている。満足そうに微笑んで、ソラリスはそれをテーブルに置いた。ラルフの顔を叩いたファイルを開きながら、シールズとキールにも着席するよう促す。
 目端にライアンの存在を気にかけながら、二人の大佐は勧められた椅子に腰掛けた。
 両大佐が真顔に戻ったのをきっかけに、室内の面々の面持ちと場の空気も変わった。





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