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北野ふゆ子
  • 北野ふゆ子
  • 昔は、ゲームやマンガの二次創作をしておりました。現在は主にオリジナルネット小説を執筆しています。得意は「シリアス」「アクション」「サスペンス」です。



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押印師ACT10-1
ACT10 廻る逢瀬


01

 巨大なデスクの向こう側でシールズが始末書に目を通している間、アレックは無言で身を縮めていた。
(あ~あ、蛇の前に差し出されたカエルみたいになっちゃって)
 今日もシールズ大佐の執務室で資料整理を任されているアリサは、影でアレックの様子を眺めていた。
「ふ……」
 十五分ほどの沈黙の後、シールズの口から漏れた声にアレックは大げさすぎるほど肩をびくつかせた。執務机に腰掛けて仕事を続けていたランドとアイラスがペンを動かす手を止めた。
「……ふはははははははははははは」
 溜息のように吐き出された声が、徐々に盛大な笑い声へとクレッシェンドしていく。左の手にしていた紙の束を、右手の甲で何度も叩きながら三十六歳の大佐は意図が読み取りにくい笑い声を上げ続けた。
「大佐、楽しそうだな」
「………」
 ペンの尻を指で振りながらランドが呟く。アイラスは視線を一瞥させてそれに応えて、また改めて上司を観察した。
 見守る部下達とアレックの前で、シールズはいい加減に疲れたか軽い咳と共に笑いを止めて、書類の束をデスクに置いた。
「ランド、誉めてやろう」
「は?」
 突然に話を振られて、ランドは不意を突かれる。不敵に笑う上司の視線が真っ直ぐランドを向いていた。
「シュトル・セントラルにお姫様達らしき人物がいたそうだ」
「マジっすか」
 安っぽいコメディのように、ランドは指先からペンを落とした。机上を転がる乾いた音が、静まり返った室内に虚しく響く。対面に座るアイラスは唖然とした顔で「へえ…」と感心したような声を漏らしている。
「お姫様?ですか?」
 状況を飲み込めていないアレックは目を丸くする。
「なんだお前。交付された手配書ぐらい目を通しておけよ」
「す、すみません」
 シールズに注意され、再びアレックは肩を窄めた。
(まったくもう)
 すかさず資料棚付近にいたアリサは、見開きにしたファイルをシールズに差し出した。軍部内に周知されている手配書ファイルだ。開かれたページには、隣り合ったファイルポケットにそれぞれ、幼い少女の手配書が挟まれている。
「おお、これこれ」とファイルを受け取り、シールズはそれをアレックの前に立てかけて見せる。
「あ、この子ですこの子」
 ファイルの中に描かれている美しい少女の似顔絵を指差して、アレックは声を上げた。砂漠の町で見かけた、あの娘だった。アレックは始末書という名の報告書の中に、「エルリオ」と「ミリアム」とお互いを呼び合っていた少女達がいた事実を書き記していたのである。エルリオについては、精霊の暴走を止めた謎の人物としての追記もある。
「綺麗な子だったなぁ……って、え、指名手配人だったんですか!」
 今頃になり大きな獲物を取り逃していた事実に気がつく。
「も、もも申し訳ありません!」
 椅子から立ち上がって深々と頭を下げる。アリサは閉じたファイルをシールズから受け取りながら、アレックが少し気の毒に思えて溜息をついた。
「いや、構わんさ。はじめからそのつもりでお前を派遣したわけではないしな。シュトル局の連中も、それどころじゃなかったろうし」
 シールズは特に気に留めている様子もなく、笑っている。彼の言うとおり、アレックは正式に指名手配人捕縛を任命されていた訳ではないのだから。
「だけどお前がここまで馬鹿やって掻き回さなければ、お姫さん達と遭遇する事もなかったわけだ。お手柄だぞ」
「えへ、ありがとうございます」
 照れ笑いを浮かべながら素直に喜んでいるアレックは、さりげなく「馬鹿」呼ばわりされている事に全く気がついていない。その場にいるアレック以外の人間は、「おめでたい奴だ」と内心で溜息をついていた。
「―ちょっと待ってください、という事は…」
 緩んでいたアレックの表情が、紐を引っ張ったように真顔に張り詰めた。二人の小さな指名手配人が、ヴィル・レストムと共に姿を現し親しそうに言葉を交わしていたのを思い出したからだ。
「レストム元中尉は……」
「竜翼谷当主、ヴィル・レストムは「黒」だってことだな」
「あ……そんな、でも」
 自分の行動が、元上司に容疑をかけてしまっていた―その事実がアレックに大きな動揺を与えた。アレックは椅子から腰を浮かした姿勢で、両手が挙動不審に宙を彷徨っている。
「いや、「黒」はちょっと誤解があったな」
 すぐにシールズは訂正する。
「別に彼がこの二人と何を企んでいるでもなし。どう考えても竜翼谷とこの両者の関係性は偶然の賜物としか思えんだろ。まあ匿ったのは事実なのだろうが、容疑というわけでもない」
 それを聞いてアレックの面持ちが、分かりやすいほどに和らぐ。シールズは苦笑してアレックの報告書を再び手に取った。
「安心しろ。国軍が彼をどうしようって事はないだろう。それ以前に俺は、この事を上に報告する気はない」
「え」と声を引っくり返したアレックの背後で、アイラスとランドも「おや」と小さな反応を見せていた。
「それは、嬉しいですけど…」
「何故ですか?」
 アレックの途切れかけた語尾を、アイラスが補う。シールズが手にした報告書はアリサに手渡され、速やかにファイルされる。
「竜騎兵軍を敵に回したくないからな。国にとって戦力欠減は痛手だ」
 大佐の椅子のウィールが軋んだ音を立てた。後で庶務課に油を差してもらう必要があるなと、アリサはファイルを棚に仕舞いながら思う。
「大戦時に国軍と軍事提携を承諾した当時の当主は既に故人で、今の若い当主に世代交代してからまだ三年しか経っていない。谷は精霊狩りに甚大な被害を受けた。諸々の建て直しを計っているこんな時に、軍からいらん問題を持ちかけられたら、心象悪いだろ」
 シュトル局の人員を増やしているのも、竜翼谷への機嫌取りも兼ねているらしい。谷やシュトル・セントラルで目の当たりにした様々な光景を思い出して、アレックは瞳を伏せる。
「それになあ~…」
 シールズは立ち上がり、空になったマグを手にしてデスクの右側の壁にあるカップボードに歩み寄る。横付けされた台にコーヒーメーカーが置いてあり、シールズは無造作に黒い液体をマグに注ぎ始めた。
「正直、今の国軍の基軸は大戦時と比べて脆弱だ。戦後から十三年は、長いようで短い。うちとて建て直しが必要なんだ。そんな時に、みすみす自ずと戦力を削ぐような真似だけは、どうしても避けたいはず」
 だからこそ三年もの間、軍はシールズに任務遂行の時間と予算を与えている。死亡の確証が無い限り、姿を消した「彼」を追い続けるのはシールズの使命だった。そして今は、唯一の手がかりであるミリアムを連れ戻す、それが彼に与えられた希でもある。
 軍に身柄を拘束されてから逃亡するまでの三年間、亡国の姫君は一度として口を割らなかった。むしろ彼女は何も知らないのが正解なのだろう、というのが三年かけて見出した軍の見解だ。如何な尋問でも口を割る事ができず、食事に自白を促す薬剤を混入する手荒な真似までした。それでも少女の口が真実を語る事はなかったのだから。
(だが、お姫さんは逃げ出した……何かしらの「目的」や「理由」のために)
 彼女は自ら「手がかり」の存在を知らしめた事になる。
 それが、「鍵」と呼ばれる謎の存在だった。
「大佐」
(シェファルトが死んだのは惜しかったな…、しかしよく二人して隠し通してたもんだ)
「大佐!」
「なんだ―っあっちぃ!」
 名前を叫ばれて我に返ると同時に、白湯気を上げる黒い液体がマグから溢れてシールズの左手を焼いた。左手が離したマグは台の上に転がり、熱液体で満たされたポットを持っていた右手も、持ち手を放してしまっていた。
「失礼」
 短い前置きと共に、アイラスは机の上に立てかけられた辞書を右手で引っ手繰った。椅子から立ち上がりざまに体を左に半周捻り、右手を振りぬく。
 高速で飛来する辞書はアレックの左側を通過し、シールズの右手から離れたポットに直撃した。
「なんだ?」
 とシールズが言い終わる頃には、辞書はポッドを巻き添えにして壁にぶつかり床に落ちていた。当然の如くガラスで出来たポッドは複数の破片と化し、黒い液体が窓下の壁に大きな汚れ華を描いていた。驚いて直後にシールズは無事な右手で己の体を撫でる。どこも濡れていなかった。あやうく大量の熱湯を体に浴びるところだったのだ。
「強引だがグッジョブ。君、濡らしたタオルと雑巾とか持ってきてくれる?」
 アイラスに短い拍手を送った後ランドはアリサに指示を送りながら、机上にあったグラスを手に取り立ち上がった。
「はい!」とアリサの返事。
「薬を貰って来ます」
 アイラスはそのまま踵を返してアリサと共に部屋を出て行った。
「悪い悪い。考え事に夢中になってた」
 シールズは赤くなった左手をハンカチで拭いている。
「最近多いすね」
 大きな氷とアイスコーヒーが入ったグラスを手に、ランドは中庭に面した窓に向かう。軍服のポケットから引っ張り出したハンカチをグラスの口に被せ、窓をあけて外に出す。
「何やってんだ」
 訝しげに眺める上司の前で、窓の外に出したグラスがひっくり返される。コーヒーはハンカチから染み出して下に零れ、氷だけが残る。それを包んで結び簡易な氷嚢として、ランドはシールズに手渡した。
「飲みかけだろ?きたねえな」
 文句を言いつつ、シールズは受け取った氷を左手に乗せた。脈動に合わせて痛んでいた皮膚に、心地よく冷気が染み渡る。呆れながらもこの際、有り難かった。
「まだ一口も飲んでませんて。近くの給湯室の氷、たったさっき俺が最後の使っちまったんで、多分残ってないと思うんですよね」
「……それでか」
 ランドの言葉通り、直後に、
「すみません、氷がありませんでした!」
 と水で濡らしたタオルを持ってアリサが駆け込んでくるのだった。

「陽動作戦に出るいい機会かもしれないな」
 火傷の手当てを終えて一段落ついたところで、シールズはぽつりと呟いた。
「仕掛けるという事ですか」
 アイラスが相槌を返す。
「例えば?」
 今度はランドが尋ねた。
「……考え中だ」
 少し不機嫌そうなシールズの即答が戻って来る。
「正攻法的に谷に人を派遣する訳にはいかんし……かといってスタインウェイが士官だと相手に知られたからには向こうもさっさと姿を消すだろうし…となると各局に……」
 自分の名前が出たところでアレックは、バツが悪そうに唇を窄める。
 またマグカップを持ったまま深い思考に沈みかけている上司を見て、アイラスとランドの部下二人組みは身構える。
「またご自分の世界に入ってらっしゃるな」
「お前今度はアレ投げてみろよ」
 小声のランドが指差す先は、ブロンズエンブレムがはめ込まれた盾。昔、シールズが何かしらの武勲を挙げた時に贈られた物なのだという自慢を聞いた事があった。詳細は忘れたが。
「人に提案する前に手本を示したらどうだ」
 部下のやり取りと重なって、背後から扉をノックする音が響いた。
「シールズ。入るぞ」
 聞きなれた声がシールズの思考を引き上げる。許可を待たずに開かれたドアの向こうから、本日も完全無欠のほつれ毛ゼロオールバック大佐が姿を現した。
「お、キールか。そういえば約束していたな」
 キールに向けて敬礼する部下達の間を抜けて、シールズは同僚に歩み寄った。
「何だ、邪魔だったか?」
 キール大佐は少々不本意そうに眉を顰めたが、コーヒーに汚れた壁とシールズの手をみて何となく事情を察した。
「いや、丁度良かった」
 昨晩の電話で、精霊の印研究局に連れて行くと約束していた事を思い出す。それに、獲物が押印師と天啓印持ちとあれば、研究員らに話を聞くことでヒントが得られるかもしれない。
「お前らも来い」
 シールズは、アイラスとランドの両部下のほか、アレックとアリサにも手招きする。「良いのか?」と目線で訝しがるキールに、
「何事も経験だしな」
 とシールズは付け加える。
「すごい、私はじめて」と喜ぶアリサが隣を見ると、満面の笑みを浮かべている幼なじみの姿がそこに。
「…………」
 ちょっと嫌な予感がするアリサであった。




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